The 5th/バック・on・トピック(一方その頃)
第25話 仮面名士と奇妙な2人
タマモとバコタールの怪獣大決戦が行われた日より時は少し遡る。
「なっ……なっ……何が後を任したよッ! ふざけんじゃないわよこのろくでなしーーー!」
朝日に向かって消えゆく蒸気自動車に向かってあらん限りの罵詈雑言を叫んでいてたマーガレットだったが、そんな程度で車は止まってくれず、逆にマーガレットの喉が限界を迎えた。
「ゴホッゴホッ……あーちきしょう。あのアメリカ一の無責任男が……」
マーガレットは痛めた喉で席こみつつ、チラリを背後を振り返った。そこにあったはずのウィンチェスターの屋敷および牧場は木っ端みじんに粉砕されており、町一番の名士が築き上げた栄光もまた荒野の風に乗って消えていった。
(……いや、私にどうしろってんのよこれ)
こんなもの一介の町娘である自分に何とか出来る話ではい。それを言ったら一介の保安官であるジョンの手に負えるかも疑問だが、ペットの躾は飼い主の責任と言うものだろう。
(まぁ、そのペットが人知の及ばない力を持っていたって話なんだけど……)
あの倉庫での銃撃戦で力の一端は垣間見えたが、あんなものは小指の爪の先程度のものだったと、マーガレットは思考を半ば放棄して空白になったウィンチェスター屋敷跡地を呆然と眺め続ける。
そんなマーガレットの耳に、大勢の足音が聞こえて来た。
町外れの屋敷とはいっても、所詮は狭い田舎町。そんな近くでこれほどの大規模破壊が生じたのだ。
(そりゃ、様子の一つも見に来るわよねー)
さて、なんと説明しようかと、マーガレットは頭を悩ませる。正直に言えばいいだけの話かと言えばそうでもない。
ジョンの所に押しかけたタマモがやっていたことと言えば、基本的に保安官事務所で新聞などを読み知識を蓄え続けていたのだ。
人形のように整った顔をした物静かで不思議な身元不明な謎の少女。
それが町人たちが彼女に抱いているイメージだろう。
その正体が『ジョンと口付けをかわす事で不思議パワーを吸収し、目もくらむようなグラマラスな美女に変身することが出来る海の向こうから来た精霊で』挙句のはてにこの破壊劇を巻き起こした。
そんな事を急に言い出しても気がふれたとしか思ってはくれないだろう。
焦りと諦めが交互に襲い掛かるマーガレットをよそに、足音はどんどん近づいて来て――
「おっ! おい! いったいどうなってるんだ⁉」
ついに町民たちがウィンチェスター屋敷跡地に到着し、彼らは唖然とした表情でキョロキョロと周囲を見渡した。
ワラワラと集まってくる町民たちに、マーガレットはトボトボと肩を落として近づいて――
「ひっ! ひぃいいいい! ばっ化け物だ! ばっ化け物がッ⁉」
(……あれ?)
マーガレットの視線の先に、腰を抜かしながらバタバタと助けを求める人間が現れたのだ。
(誰だろ……)
マーガレットが目を凝らして見るよりも、その人物の近くにいた町民の声の方が早かった。
「こっこれは⁉ 一体何があったってんだウィンチェスターさん⁉」
(……え?)
★
悪運が高いと言うべきか。
あの時タマモは後ろから急に抱き着いて来た
その時の衝撃波によってこの破壊がもたらされたのだが、その前にウィンチェスターは腰を抜かして地面に這いつくばっていたのだ。
ウィンチェスターは、頭上を吹き抜ける莫大な衝撃波に巻き込まれて遥か彼方へと吹き飛びはしたが、直撃して粉微塵になる事は避けることが出来たのだ。
「だから本当なんだ! 化け物! いや悪魔か⁉ 何でもいい! 兎に角いたんだ! あの時! あそこに!」
屋敷跡地に集まった町民たちに介抱されつつも、ウィンチェスターは狂乱状態でしゃべり続けた。
そのあまりの取り乱しように、町民たちは『余りのショックに気が振れた』のか『本当にその化け物とやらが存在したのか』と議論を空転させた。
その輪から離れて、1人冷や汗を流していたのはマーガレットである。
(いやー。たぶんどっちもだわー)
事前にタマモと言う少女っぽい生き物が人外のものであると知っていた自分でさえかなりのショックを受けたのだ。
それが、何の事前情報もなしに、あれだけの力を目のあたりにすれば、錯乱するのもやむなしと言った所だろう。
マーガレットは加速度的に話を切り出しにくくなっていく現状に胃の辺りから鈍痛が響いて来た。
それでも第一発見者として、ダンマリを決め込むよりは何か言っといたほうがいいだろうと、集団にトボトボ近づいていったマーガレットは何か硬質なものがカツンと足に当たる。
「いたっ。なんだろう」
思考放棄状態の彼女がその金属塊を拾い上げ――
「…………ん?」
「そっそれは私のだ! 返してくれッ!」
「きゃッ⁉」
マーガレットが拾い上げた金属塊を確認しようとした瞬間、それは目を血走らせたウィンチェスターによって強引に奪われた。
「すっすまない、ああちょっと、これは特別な物なのだ」
「あっいっいえ。なんか、私もすみません」
第一発見者の証言よりも生き証人の方が遥かに価値はあると判断したのか、挙動不審で理解不能な言動を繰り返す被害者のケアが第一と判断したのか。
ともかく、マーガレットは町民たちから詰問責めに
★
「やっやめろ! 来るなッ! 来るなッ!」
タマモの悪夢にうなされたウィンチェスターは、自分の叫び声で目を覚ました。
今まで町の発展に尽くしてくれたお礼、という事で、彼は今町の宿屋に無料で泊まらせてもらっていた。
「ちくしょうッ! くそったれがッ!」
自分は南北戦争で功績を上げた英雄だ。
その後、
その金と
「だが……これだけは残った」
ウィンチェスターは枕の下に隠してあった金属塊を取り出した。それには白頭鷲が描かれた長方形の金属塊であった。
★
マーガレットは自室のベッドに横になりぼんやりと思考を巡らせる。いや、考えるべきことが大きすぎてぼんやりとしか思考できないと言うべきか。
「そういや……」
と、一番大きな問題から目をそらすように、マーガレットはあの時拾った金属塊の事を思い出す。
(直ぐに奪われたからチラッとしか見えなかったけど……)
元々アレはウィンチェスターのモノであり、奪われたも何も持ち主の元へ返ったという事なのだが。
(あれ……100ドルって書いてなかった?)
★
「これさえ無事ならば、まだ巻き返せる」
ウィンチェスターが握りしめているのは偽100ドル札の原版であった。
彼は、敷地内にある牧場倉庫の内部に偽札工場を建造していたのだ。
(インディアン如きに私の栄光への道は閉ざされた……2階級特進? おためごかしの口止め料? 馬鹿馬鹿しい! 私はその程度で止まるものか! 私はもっと上に行くのだ!)
栄光への再起を図るための準備を台無しにされた。
タマモによってウィンチェスターに植え付けられた恐怖は、タマモに対する憎悪で上書きされた。
「許さん、絶対に許さんぞ」
ブツブツと怨嗟の声を呟くウィンチェスターにドアをノックする音が聞こえ、彼は慌てて原版を枕の下に隠しなおす。
「あっ……ああ、どなたかな?」
ウィンチェスターは町の名士と言う仮面をかぶり、同情を引き出しやすいように少し疲れた笑みを浮かべながらドアを開けた。
そこには、少し困惑した顔をする宿屋の主人と――
「ニーハオ、アナタがミスタ・ウィンチェスター、アルネ?」
でっぷりと太った体に上質なスーツを身にまとい、シルクハットと丸いサングラスをかけた中国人と思しき中年男と――
「お初にお目りかかりますウインチェスター殿、
太幅プリーツの赤いスカートに純白の奇妙なシャツを着た、意志の強そうな目をした1人の少女の姿だった。
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