The 4th/ナインテール・meet・ゴッド(九尾、創造神に出会うの巻)

第23話 神降ろし

『頃合いを見計らって乱戦から抜け出し、適当な場所から馬を2頭盗み出し、いい感じのタイミングで町の裏口に連れてこい』

 と言うタマモのダイナミックな指令を完璧にこなしたハカンによって最低限の目標である移動の足を手に出来た。

 その後ジョンたちは『やはり優先すべきはわらわの力を取り戻す事じゃ』と言う鶴の一声ならぬ狐の一声によって、ハカンが世話になっていたと言う、とあるインディアン部族の居留地に向けて出発した。


 大地と共に生きていたインディアンであるハカンと、父親からレンジャー訓練を仕込まれていたジョンの尽力で、何とか目当ての場所についた一行だったのだが。



 ★



「……ん? ここで間違いないのじゃろうな?」


 そこは人っ子一人いない不毛の大地であった。


「あ……あぁ、タマモ様……確かにこの場所で間違っていない」


 ハカンは嫌な予感を大きな背中に感じつつ、キョロキョロと周囲を見渡した。

 この場所で何が起こったのか、固まって調査するのは効率が悪いという事で、3人バラバラになって探索を行う事になったのだが……。


「……はぁぁぁぁぁ」


 2人の影が見えなくなった場所まで来たところで、ジョンは大地に座り込み盛大なため息を吐いた。


「ライアットには絶対勘づかれたよなー」


 1万ドルの懸賞金を家に送ると言われてとっさの言い訳が出なかったため全力で逃げ出してきたのだが、あの対応で『何もない』と思う馬鹿は居ないだろう。

 かと言って、あそこでスマートな対応が出来るような人間だったら、そもそもナスカッツの町から逃げ出してはいない。


 ジョンはもう一度大きなため息を吐き、本格的にさぼろうと、ごろりと大地に横なりカウボーイハットを深々とかぶる。


「あーでも、1万ドルかー」


 庶民にはどうやっても手の届かない金額を掴みかけていただけに、気の落ちようはひとしおである。

 その後もグチグチと不平不満を呟いていたジョンにさっと影が覆った。


「よう兄弟。どうしたこんな所で、ジャーキーにでもなるつもりか?」

「……ん?」


 うたた寝しちまったかな? とジョンがカウボーイハットを被りなおして声の主を見てみると、そこには馬にまたがったままこちらに声をかける1人のどこにでもいそうな騎兵隊員の姿があった。


「あーまー、気分的にはそんな感じ。もーやることなす事上手くいかなくてねー」


 寝っ転がったまま、だらだらとそう言うジョンに、そのどこにでも居そうな騎兵隊員は笑いながらこう言った。


「ははっ。まぁ人生山あり谷ありってね、そのうち良いカードが配られる日が来るさ」

「そんなもんかねー」


 今の自分には特大のジョーカーが付いている、しかもこのカードはどんな役にも使えない不良品だ。

 と、タマモの姿が頭によぎったので、もののついでとばかりに、そのどこにでも居そうな騎兵隊員にたずねてみる事にした。


「そういや、ちょっと聞きたいんだけどさ」


 よっこらせと、体を起こしたジョンがここにあったはずのインディアンの居留地について聞いてみると。


「ん? ああ、あったみたいだな」

「あった、みたい?」

「ああ、俺は赴任してきたばかりだからよく知らないが、何かの都合で別の場所に輸送されたそうだぜ」

「……え? マジで?」


 ジョンがそう尋ねなおすと、そのどこにでも居そうな騎兵隊員は困ったような顔をして肩をすくめる。


「えっちょちょ。マジで? あーっとじゃじゃあ! そいつらがどこに輸送されたのか聞かされてねぇ?」

「すまんね、俺は何も聞かされてない」

「えーーー。マジかーーーー」

「ははっ、すまんね兄弟。生憎と力になれなかったようだな。それじゃ俺はちょっと用事があるからな」

「あっちょちょっとま――ってもう行っちまったよ」


 見る間に遠くなっていくその陰に『そういやアイツはなんの用事でこんな所に来てたんだ? サボリか?』と我が身を棚に上げつつ考えて――


「はー。気は進まねぇが、何時までもここに居たって仕方ねぇしな」


 と、どこにでも居そうな騎兵隊員から聞いた話を、タマモ達に報告するために立ち上がった。



 ★



「なんじゃと? 既に移動したじゃと?」

「んっ。そーらしい」


 荒野のど真ん中で2人して何かを話し合っていたタマモとハカンを見つけたジョンは先ほど聞いた話を報告する。


「で? どーする、これから。ちなみにどこに行ったかは分からねーってさ」


 そう肩をすくめるジョンに、タマモはいぶかし気な視線を向けた後、こう言った。


「移動……移動の」

「なっなんだよ。俺も聞いた話だからホントかウソかなんてしらねーぞ?」

「いや、移動したのは間違いあるまい。ただし、その移動先とやらがこの現世うつしよに在るか否かは分からんがな」

「……は?」


 タマモの不穏な発言に、小首をかしげるジョンに、タマモは鋭い目つきでこう言った。


「貴様には分らんか下僕1号。この大地に漂う血の匂いと怨嗟と恐怖の声が」

「なっ……なん……だよ」


 タマモの奇妙な迫力にジリと後ずさるジョンに対して、タマモの隣にいたハカンが血がにじむ程に拳を握りこみながら呟いた。


「またか……またしてもこの国はオレたちから奪うのか」

「おっ……おい……お前……」

「すまない友よ、少し1人にさせてくれないか」


 そう言って立ち去るインディアンハカンの背に投げかける言葉をジョンは持ち得ていなかった。



 ★



 パチパチと焚き木が鳴る音が、夜の荒野に吸い込まれていく。

 無言のまま食事を済ませた3人の遥か上空を流れ星が音もなく通り過ぎる。


「うむ。決めたぞ」


 じっと目をつぶり何か考え事をしていたタマモは、パチリと目を見開いてそう言った。


「え? 何がだよ」

「用意せい、下僕1号。わらわはここで神降ろしの儀式を行う!」


 そう宣言したタマモに、ジョンは目をパチクリさせる。


「は? お前の話だと、インディアンの儀式に介入して神様とやらにコンタクトを取るんじゃなかったか?」

「はっ。そんな昔の話は忘れたわ!

 今! この場には、数多の祈りと残念が留まっておる!

 わらわはそれを軸にこの大地の神と交信を行う!」

「え? できるのそんな事?」

「あっっったりまえじゃ! わらわを誰と心得る! わらわは数多の王朝を滅ぼし傾国の大妖! 金毛白面九尾の狐なるぞっ!」


 あっけにとられるジョンをよそに、たまもはそう呵々大笑する。そして、そんなタマモの隣で、ハカンは静かに膝をついた。


「オレからも頼む、タマモ様。この場所で何があったのか、もし大いなる精霊が居れば知っているはずだ」


 ハカンの血がにじむ様な言葉に、タマモは小さな胸を大きく張り『任せよっ!』とだけ言ったのだった。



 ★



 ジョンとハカンはタマモに言われた通りにかがり火によって四角いフィールドを作り、その中心に大きなやぐらを組む、その間タマモはフィールドの中に奇妙な文様を描き続けた。


「よし、これで良いじゃろう」


 出来に満足したのか、文様を描いていた棒切れを放り捨てたタマモは満足げにそう言った。


「それでは、わらわはこれより神降ろしの儀に入る。貴様らは邪魔じゃ、とっとと結界より立ち去るがよい」


 そう言って四角いフィールドから2人を追い出したタマモは、炎を前に舞い始めた。


「これは……タマモ様がいらした国のサンダンス(注)?」

「さーてねぇ。俺にはサンダンスも神降ろしとやらも分かんねーが」


 月夜の元、炎を前に舞い続ける1人の少女がそこにあった。

 月の色と同じ金色の髪が玉のような汗と共に風に溶ける。

 炎と同じ赤い瞳は静かに見開かれゆらりと炎を映し続ける。

 果たして、タマモが舞い始めてどの位の時間が経っただろうか。

 1時間だったかもしれないし、もしかすれば1週間だったかもしれない。

 タマモの舞いに時間が釣られてしまったかのような不思議な間隔が、それから目を話すことのできない2人を包み込み――


「うおッ⁉」

「なッ⁉」


 突如襲ってきた地震に、2人は思わず膝をつく。


「なっ……大丈夫か! たま……?」


 何があったかと、タマモの方に視線を向けたジョンの目に映ったのは――

 

 ドロリと、中央のやぐらから立ち上っていた赤い炎が、みるみるうちにどす黒く変色していく光景だった。


「え? 何これ? 大丈夫?」


 ジョンはそう言って隣にいるハカンの陰に隠れるが、そのハカンと言えば、漆黒の炎を見上げたまま固まってしまっていた。


「おっ! おい! お前まで! 大丈夫かよッ⁉」


 ジョンに揺さぶられたことで正気に戻ったのか、ハカンはビクリと体を震わせた後祈るように跪く。


「なっ! なんなんだよ! 俺に分かるように説明してくぶべッ⁉」


 半泣きになってそう叫ぶジョンに、小柄な影がぶつかってきて、ジョンは思わず舌を噛む。


「なっなっ⁉」


 口から血を流しながら、何がぶつかって来たのか確認したジョンの目に映ったのは、晴れやかな顔をしたタマモだった。


「いやーすまんすまん。ちょっと失敗したわわらわ

「しっぱいしたわ、じゃねーんだよ! なんなんだよあれ?」

「ん? いやな? 神降ろし自体は成功したんじゃよ? じゃけどそ奴がどーーーーーにも器が小さい奴での?

わらわの力となることを許す、喜ぶがいい』

 とわらわが懇切丁寧にお願いしておるのに、あの通りのブチ切れじゃ」


 タマモはそう言ってやれやれと肩をすくめる。


「アホかーーーーー⁉ そんなもん俺でもブチ切れるわーーーーー‼」


 耳元で怒鳴られたタマモは鬱陶しそうに一瞬顔をしかめたが、問答無用とばかりにジョンの頭を押さえつつ――


「そー言う訳じゃ。ちょっとどちらが上か分からせてやるゆえ――力を捧げよ」


 ――ジョンと口づけをかわした。



 ★



 月夜の荒野に炎が2つ燃え盛る。

 1つは夜の闇を凝縮したような黒い炎。

 1つは月の光を凝縮したような金の炎。


「かかか。ちと分からせてやる、来やれや? 田舎の創造神?」

『ーーーーーーーーーーーー』


 黒い炎は鷹のような勢いで蛇のようにタマモへと襲い掛かってくる。


「しゃらくさいッ!」


 一閃。牙をむき出しにしたタマモは、その爪を振るい真正面から黒い炎を叩き潰す。

 黒い炎は、岩にぶつかってはじけ飛ぶ大波の様に四方八方に枝分かれし、8本の槍になってあらゆる角度からタマモを襲う。


「その程度てかッ!」


 ぐるりとその場で一回りしたタマモの尾から黒い槍を迎え撃つように金の槍が飛び出した。

 金の槍で粉砕された黒い槍は、今度は無数の虫になりタマモの肉に食らいつかんと襲い掛かる。


「かかか! 飛んで火にいる何とやらじゃッ!」


 タマモがそう叫ぶと、彼女の背後に9つの火の玉が浮かび上がり、それぞれが虫たちの中心で爆発を起こした。



 ★



「ひッ! ひぃいいいい⁉」


 人知の及ばない怪獣大決戦に、ジョンは泣きながら地面にしゃがみこむ。

 テンションマックスのタマモが大はしゃぎしている最中にも地面は絶え間なく揺れ続け、逃げ出そうにも逃げ出せないありさまだった。


「あれ……は……もしかして、バコタール……様?」

「なっ! なんなんだよそのバコ何とかって⁉」

「バコタール様は、オレたちユマ族に伝わる創造神だ。この大地の下で眠るバコタール様が暴れるたびに、地震や噴火が起こる……と」

「なんだよそのはた迷惑な神様はーーーー⁉」


 泣き叫ぶジョンの前の地面がパカリとひび割れる、そしてそこから炎の鳥が羽ばたいた。


「いーーーやーーーー‼ もうお家帰るーーーーーー⁉」



 ★



「かかかッ!」


 タマモは歯を食いしばりながらもそう笑う。

 現状では、いい勝負は出来ている。

 だが、それはあくまでも現状だ。

 龍脈の力をまともに使えないタマモにとって、今の戦いとはフルマラソンを全力疾走で行っているようなものだ。


(何時まで……何時までじゃ)


 全盛期の力があればこの程度と思うも詮無きこと。これはその力を取り戻すための戦いなのだ。


(じゃが……こやつ……)


 と、タマモは違和感に眉をひそめる。

 確かに自分の現状は全盛期からは程遠い。だが、その程度の自分といい勝負をしている相手とは何なのか?

 確かに根っこである創造神に繋がったと言う感触はある。

 だが、天地開闢たる創造神とも在ろうものが、そこら凡百のあやかし程度の力しかない現在の自分と互角なのはどういうことだ?


「っが⁉ しまッ⁉」


 思考が散漫になった隙をつかれて、黒蛇がタマモの右足へと食らいつく。


「この不敬者がッ!」


 ブンと尾を振り回しそれを断ち切った所に、溶岩の牛が突撃してきてタマモは大きく吹き飛ばされた。

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