第22話 悪党の末路
決勝戦の前日、自分の負けを認めたライアットは、何故自分がタマモ以外の存在を悟れなかったのかをたずねた。
『かかか。それは
その問いかけに、タマモはそう言って奇妙な文字が書かれた一枚の紙を懐から取り出した。
『これは
まぁ、
と、最後の方はぶつくさとした文句に変わっていったためライアットには聞き取れなかったが、これで部屋の中の気配を探り間違えたことに彼は納得し、それを使った作戦を思いつく。
『ふむふむ。要は貴様に隠形の術をかけて、会場に忍びこませろ、と?』
『ああ、レディ・フォックス。恐らくは、否、確実にあのお嬢ちゃんの狙いは奴にばれている。
お嬢ちゃんが、どんな手段で奴に復讐を果たすつもりなのかは知らないが、第三者の俺から見てもお嬢ちゃんの並々ならぬ殺気は良く分かる』
『まぁの。あ奴はまだ小娘じゃ、牙をむくのは獲物を捕らえる瞬間だという事が分かっておらぬ』
『そこでだ、決勝戦において俺が八百長で負けるのはいい。
だが、負けるのは俺の案山子だ、俺は決勝戦が行われている間に、そのマジックを使って会場に先入りする』
『ふむ。そして、表彰台に上がり返り討ちに合いそうなあの小娘に助け舟を出すとな?』
『そう言うことだ』
そう言って、ライアットは部屋の隅に置いてあった自分のカバンから一枚の紙きれを出す。
『奴は立派な賞金首だ、それにお嬢ちゃんと言う立派な証言者もいる。本来は下見のつもりだったが――』
『かかか。この機会を逃すほど気は長くないとな?』
タマモの言葉に、ワイアットはニヤリと頬をゆがめた。
★
「くそったれ! 何がどうなってる⁉」
モーゼルは、
いくらライアットが腕の立つガンマンでも多勢に無勢、だが、万が一と言う事もある。取り上げ今は屋敷に帰り体制を整えて――
頭の中で何通りものシミュレーションを行いながら裏口への通路を急ぐモーゼルの目に留まったのは、薄暗い通路の先にポツリと佇む、オリエンタルな衣服を身にまとった一人の金髪の少女の姿だった。
(なん……だ?)
ここは演劇ホールであり、ある意味ではその少女の存在はここにそぐしているかもしれない。
だが今日行われるのは早撃ち大会の表彰式であり、異国の少女が出演する演劇ではない。
薄暗い通路の奥にて、その奇妙な少女は幼い風貌にそぐわない悪辣かつ妖艶な笑みを浮かべ――
「賞金首げっとぉおおおおお!」
「なッ⁉」
モーゼルが品のない叫びと共に上半身が縄で縛られた挙句床に転がされるまでは一瞬の事だった。
★
『ふむ、しかしそれでは足りぬな、いくら貴様の腕が立とうとも、貴様1人が加勢に加わった所で多勢に無勢というものじゃろう?』
タマモのニヤニヤとしたセリフに、ライアットは両手を上げながらこう言った。
『ああもちろん、そこで俺から君たちに協力を願いたい。
先ずは、先ほどレディ・フォックスが言ったように、俺一人では奴の手下やその他もろもろは押さえきれない』
『うむ、ならば
タマモの命令に、ハカンは無言でうなずいた。
『それは重畳。実際にこの目でその活躍を見たわけじゃないが、彼の活躍は町中そこらで聞こえていた』
ライアットはチラリとハカンに目をやった後こう続ける。
『だが、それだけでは確実に奴を取り逃がす。奴は逃げ足の速い男だ、そこで――』
ライアットはそう言ってジョンに視線を向ける。
『奇遇なことに、俺は逃げ足の達人が知り合いに居てね、彼なら奴の先回りが出来ると思うのだが?』
『……え? は? 俺?』
のほほんと、2人の会話を聞いていたジョンは、突然の指名に目をキョロキョロさせる。
『かかか。いいじゃろう、下僕1号もさしだそう。で? 見返りは?』
『勿論これさ』
ライアットが示した手配書には賞金1万ドル(注)と書かれていた。
★
隠形の術で物陰に壁に張り付く様に隠れていたジョンは、
「ひゃっひゃっひゃ! これで俺も1万ドルの男だぜッ!」
ドカリとモーゼルの上に腰かけそう笑うジョンに、
「くそッ! どけッ! 誰だ貴様はッ!」
「ひゃーっひゃっひゃ! 負け犬の遠吠えは心地いいねぇッ!」
「まっまて! 唯とは言わん! 1万だ? 2万でも3万でもくれてやるッ! だから俺を解放しろ!」
「ばーか、その手に乗るかってんだ。
いいかよく聞け? 俺が素直に話を聞くのは美少女限定なんだよッ! なんで脂ぎった中年男の命令を聞かなきゃいけねーんだッ!」
「いいから俺の言うことを聞け! 金でも女でも好きなだけ用意してやるッ!」
「ふっ、ふざけんな。俺に言うことを聞かせたかったら美少女に生まれ変わってくることだな!」
『大体てめーが用意する女って、この町にうじゃうじゃ居る年増ばかりだろ?』と、言いかけたジョンは、こっちを見ているタマモと視線が合う。
そして1秒にも満たない時間で外道主従は視線で会話を交わす。
「かかか。よいよい。そこまでにしてやれや」
コツコツと大物ぶった足音を響かせながらやって来たタマモは、地面に組み伏せられているモーゼルと視線を合わせてこう言った。
「かかか。
「なっなにを……」
「かかか。何ゆえに、ライアットが会場に忍び込めたと思う? この狭い通路のどこにそ奴が隠れていたと思う?」
「そ……それは……」
「かかか。分からんじゃろ? ああ、貴様ら白人に分かろうはずがない。それは
「東洋の……神秘?」
「さよう。その術に優れた
欲におぼれた烏合の衆と、意思統一された50の兵。どちらに軍配が上がるか子供でも分かる話じゃぞ?」
「ご……じゅう……」
その数字はタマモのはったりでしかないのだが、いち早く逃げ出したモーゼルにそれを確認する術はない。
疑心暗鬼に陥るモーゼルに、タマモはささやく様にこう言った。
「よいよい。
タマモの鈴が鳴る様な声は、するりするりとモーゼルの心にしみ込んでいく。
「よいよい。
タマモはそう言って美麗な顔を悲し気にゆがめる。
「みっ、味方です。私は、貴方の味方になりますッ!」
「かかか、それは心強い。じゃが、言葉だけではちと物足りぬのう」
「なっ何を、何をすれば」
「かかか。容易い事よ、誠意を見せてくれればよい。そうじゃの、貴様の屋敷には金庫はあるかえ」
「え……えぇ……ございます……が」
「その暗証番号を誠意のしるしとすればよい」
「………………」
口を紡ぐ、モーゼルに、ジョンは飽き飽きした様子でこう言った。
「いや、もういいっしょ? どうせ口から出まかせに決まってるし、それにここで待ってれば、ライアットの野郎が直ぐ来るんだ、わざわざそんな危ない橋をわたる必要ありませんって?」
「……」
「か・か・か。そこな下僕の言う通りじゃ
「わっ分かりました! 言います! 言いますからッ!」
そう言って、モーゼルは金庫の暗証番号を口にする。
「その言葉相違ないな? もし出まかせを言ったならば」
そう言ってニヤリと頬をゆがめるタマモに、モーゼルは地面に転がったままコクコクと何度も首を縦に振――
「よし、用済みじゃ。もうよいぞ」
「はいよッ!」
タマモの合図が早いか、ジョンは即座にモーゼルの口に猿ぐつわを噛ませて、通路の隅に転がした。
「よし! 行くぞ下僕1号! ここからはスピード勝負じゃっ!」
「あいあいさー!」
ジョンはそう言って、タマモを脇に抱えて猛スピードで裏口を目指した。
★
乱闘やモーゼルの手下を何とかかわしたヘレンは、息を荒げながら薄暗い通路をひた走っていた。
「もう直ぐ……もう直ぐッ!」
毎晩のように見る悪夢。
父の仇、それがこの奥にいる。
ここで逃がしてしまえば自分にはもう手の届かない場所に行ってしまうかもしれない。
期待と不安が小さな胸を大きく鳴らしていく。
「きゃ⁉」
通路を駆け抜けていたヘレンは床に置きっぱなしになっていた何かにつまずきそうになり小さな悲鳴を上げる。
慌てて飛び越したそれは、もぞもぞと動きながら何かもがもがと喋っていて――
「って⁉」
ヘレンはそれが何なのか気付き、駆け出そうとしていた足をピタリと止める。
「き……きさ……」
それは『ご自由にお使いください』と書いた紙が貼られた、前身をロープで拘束された父の仇だった。
自分は確かにこの男を殺すために、今まで血の滲むような努力をしてきた。
だが、この無様な芋虫の脳天を撃ち抜いて良いものか? それで自分の気はすむのか?
ヘレンは逡巡の果てに、モーゼルの額に銃口を突きつけ――
「止めときな、幾らそいつが悪党でも、その引き金を引いた瞬間にお嬢ちゃんもその男の仲間入りだ」
「⁉」
掛けられた声に、ヘレンが振り向くと、そこには乱戦の後が残るライアットの姿があった。
「うっ! うるさい! 貴方に何が分かるの!」
「分からんさ、お嬢ちゃんの気持ちなんてな」
「だったら!」
「だが俺は保安官だ、いくらそいつが肥溜め以下の外道でも、目の前の殺人を見過ごすわけにはいかない」
「うるさい! 私は! 私はこのために! このために!」
泣き叫ぶヘレンに、ライアットはゆっくりと近づき、地面に転がる
「これをしたのが誰かわかるかいお嬢ちゃん? これはお嬢ちゃんが先生と呼んでいた男の仕業だよ」
「……え?」
「ジョン君らしい心遣いだ、彼は君にこの男の生殺与奪の権利を与えた。
だがそれは、決して君がこいつと同じ殺人者になって欲しかったわけじゃない」
「な……なんで、そんなこと……」
「分かるさ。俺は君の心情を慮ることは出来ないが、彼の心情なら良く分かる」
「……どうして?」
「簡単さ、彼は俺と同じ保安官だからさ。
俺を信じろとは言わない、だが、君が先生と呼んだ男の事は信じてやってくれないか?」
そう言ってライアットはヘレンの手から優しくデリンジャーを抜き取った。
「あ……あぁああああああああ」
床にくずれ落ち滂沱の涙を流す少女に、ライアットはポンと肩に手を置き「約束だ、この男は俺が必ず豚箱に叩き込む」と言ったのだった。
★
「はよう! はようせんか貴様!」
「わーってる! そうせかすな!」
混乱する町中を突っ走り、何とかモーゼルの屋敷に侵入した2人は、右往左往しつつも金庫を見つけその開錠に取り掛かった。
「たのむぜー。開いてくれよー」
「わ……
きちんと魅了出来ていたはず、タマモは不安を押し殺しながら、ジョンの背中越しに金庫を睨みつける。
そして――
カチリと、小さな音が鳴り、分厚い金庫の扉は開いた。
「「やッ!」」
外道主従はガシリと抱き合い、札束が溢れた金庫を見て――
「ふうっ、手間が省けた、流石はジョン君だ」
「「…………え?」」
外道主従はギチギチと首をきしませながら2人同時に背後を振り返った。
コツコツと硬質な足音を鳴らしながら近づいてくる男は、ニヤリと頬をゆがめてこう言った。
「人間あまり欲の皮を張らせるものじゃない。なぁそうだろ?」
「あっえっへっへっ」
奇妙なニヤケ顔をしながらそーーっと金庫の扉を閉めようとするジョンに、タマモはガシリとその肩を掴み、顔と顔を突きつけ合わすようにして小声で叫ぶ。
「なーにやっとるんじゃ! 諦める⁉ ここまで来て諦めるというのか貴様⁉」
「アホか! 相手はライアットだぞ⁉ 撃ち合いじゃ万に一つも勝機はねぇよ!
それともなにか⁉ お前が
馬鹿言うな! 奴なら1秒あれば
「ぬ……ぎぎぎ……」
額を突きつけ合わせたまま固まる2人を見て、ライアットは苦笑いを浮かべてこう言った。
「過ぎたるは猶及ばざるが如しってことさ。まっ今回はアイツにかけられた懸賞金で我慢しておくんだな、その金は被害者救済としてしっかりと使わせてもらうさ」
「えっへっへっもっ勿論俺もそのつもりで――」
「あっそうだ、懸賞金と言えば送り先は実家で良いんだよな?」
「―――――――」
「ん? どうかしたか? ジョン君? もしかして君、家を持ったのか?」
「―――――――」
「ん? ジョン君?」
ピタリとフリーズしてしまったジョンに、ライアットが不審な目を向け――。
「あっはいその通りですなんかもー好きにやってくださいじゃあさようなら」
早口でそう言い残し、タマモを小脇に抱えてあっという間走り去ったジョンのを眺めて、ワイアットは「相変わらずだな」とため息を吐いたのだった。
注:1万ドル=当時の日本円で約2~3億円らしいです。
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