第21話 決勝戦

 町中を巻き込んだ大騒ぎも、結局は収まるところに収まった。

 無様に逃げ回ったチキンは、ついに狩人に追い詰められ発砲の瞬間に無駄なあがきと回避行動を取ったのが仇となり、胸の中心を撃たれて死んだ。


 終わってみれば勝つべき者が勝っただけ、ギャラリーたちは次々に興味をなくして立ち去って行った。



 ★



 これも勝負の常、ガンマンの定めだ。と、ライアットは、有象無象からかけられる勝算の声をすべて無視して宿へと戻る。

 そして、ノブに手をかけた時だった。


(誰か……いる……気配は……1人か?)


 西部一のガンマンのカンが、誰もいない筈の自室に誰かの気配があることを察知した。


 ライアットは、静かに銃を抜き――

 素早くドアを開け銃を突き出し部屋へと突入し――


「――なッ?」


 ライアットの目に映ったのは――部屋の奥、ドアの正面に不敵な笑みを浮かべて立つ、オリエンタルな衣装をした小柄な金髪の少女だった。

 その場違いな存在に、一瞬、彼の意識が空白になったその時だった。


「ほい、アンタの負けね」

「なッ⁉」


 自分の右肩に、何かがこつんと当たった事を感じ、ライアットはとっさにそちらへ銃を向けようとする、そこには右手に持った銃をこちらへ向け、左手に持った銃弾を自分の右肩に当てていた先ほど自分が殺したはずの男ジョンの姿があった。


「……な」


 言葉を失うライアットを見て、ジョンは意地の悪い笑みをこう言った。


「この町の町長は用心深い狐かもしれねーが、こっちにも腹黒な狐がついてるんでね」

「ふぅ。まったく肝を冷やしたが、流石はタマモ様だな」

「なにッ⁉」


 さらに逆方向から聞こえて来た声に、ライアットは慌ててそちらへ振り向くと、そこには6.5フィート(約200㎝)はある傷だらけのインディアンの姿があったのだ。

 ガンマンとして、そして保安官として数々の修羅場をくぐってきた自分が、これだけの人数が部屋で待ち構えていることを見逃すはずはない。


「な……な……」


 理解不能な事の連続に、ライアットが平常心を失いかけた頃に、正面の少女から声が発せられる。それは少女特有の鈴の様な声質でありつつも奇妙なほどに艶やかな物だった。


「か・か・か。聞くにあたり、貴様たちの勝負とやらは『先に銃弾を相手に当てた方が勝ち』と言うことじゃったな?」


 その言葉に、ライアットは失いかけていた平常心を取り戻す。

 自分の右側には自分の右肩に手でつまんだ銃弾を押し当てるジョン。

 左側には体中にあざを作りながらも、今にもこちらを拘束しようと身構える巨大なインディアン。

 ライアットは薄っすらと笑みを浮かべつつ、手にした銃を床に落とし。


「オーライ。リザインだ、負けを認めよう」


 と両手を上げたのだった。



 ★



「で? マジックの種明かしはしてもらえるのかな?」


 銃を取り上げられたライアットは、背中にインディアンの警戒心を感じつつも、机の向こう側に座る謎の少女へとそう問いかけた。

 その問いに、少女は少し悩んだように小首をかしげた後に眉根を寄せつつこう言った。


「んー。まぁ貴様ら白人には説明が難しいが……要は東洋のまじないじゃ」

まじない?」

「うむ。わらわジョンこのバカの身代わりをこしらえてな。貴様が撃ったのはその案山子よ」

「案山子?」

「うむ。じゃが畑に突っ立っておる案山子と違い、それはわらわが意のままに動かすことが出来るし――」

「血を噴き出すことも出来る……と」

「さよう。貴様、白人の癖になかなか呑み込みが早いのう」


 そう言ってカラカラと笑う怪しげな少女に、ライアットは困ったような笑みを浮かべながらチラリと少女の背後に立つジョンに視線を向ける。


「あーうん。言って見りゃそれだけの話だ。まぁ、俺も具体的に何をやったのかは理解できねぇが、俺がタイミングを見計らってこいつに指示を出したんだ」

「なるほど、どうりで」


 自分が狙ったのはジョンの右腕だ、だが、案山子とやらは完璧なタイミングで弾丸が胸の中心に行くような奇妙な回避行動を取った事が気にかかっていた。

 東洋のまじないとやらの正体は理解不能だが、今自分が置かれている状況は理解できた。


(なるほどね、俺が銃を抜くタイミング、そして狙い。その全てが彼の手のひらの上だったという事か)


 ライアットは自分の完璧なる敗北を改めて認めて苦笑いをした。

 もっとも、当の本人は『自分が真表に立たなくてラッキーだった、ガチでやったら100%負けてた』としか思っていなかったのだが。


「それで? あのお嬢ちゃんが勝つように八百長しろと?」

「まぁそうじゃの。わらわの望みはあ奴が本懐を遂げる様に手助けしてやる事じゃて」


 怪しげな少女は、そう言って大仰に頷いた。そのあからさま態度に不信感を抱きつつも、ライアットはあえて気が付かないふりをして話を進める。


「なるほどね、敵討ちか。西部では極々ありふれた話だ。だが、返り討ちに合うってのもありがちな話でね。そこのジョン君には話したが……お嬢ちゃんがアイツに牙をむいた瞬間、お嬢ちゃんはこの世からおさらばするぜ?」

「……なぬ?」

「君たちの狙いが何かは知らないが、要するに君たちがやっていることはうら若き少女を彼女の亡父の元へ送る手助けをしてるってことさ」


 ライアットの話を聞いたタマモは、背後に立つジョンをじろりと睨みつけ――


「たわけがッ! 貴様は何故そんな重要な事をわらわに報告せぬッ!」

「そんな暇は一瞬たりともなかっただろうがッ⁉」


 ぎゃぎゃー騒ぎ続ける2人を興味深げに眺めていたライアットだが、ふととある事を思い出し、タマモへ声をかける。


「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるのだが――」



 ★



 そして翌日の昼、今日も今日とてどこまでも晴れ渡った荒野の町の中心に2人のガンマンの姿があった。

 片方はまったく危なげない試合ぶりで決勝まで勝ち進んでいったサングラスのガンマン、シューティングスター・ライアット・ホープバート・ランカスター

 もう片方は、燃えような執念で勝ちを拾ってきた異色の少女ガンマン、プッシーキャット・ヘレン・ストーン。


「負けないわ……私には勝たなきゃいけない理由があるの」


 殺気に燃える瞳を20ヤード(約18m)先の男に向けるヘレンだったが、男はいつも通り涼し気な顔をしたまま黙して語らず。

 やがて、試合開始の合図を告げる、大時計の鐘の音が鳴り――


 ―ダン―


 同時に鳴り響く銃声。

 それは荒野の町にしばしの静寂を持ち運ぶも――


「うぉおおおおお! 番狂わせ! ジャイアントキリングだッ!」

「なんてこった! プッシーキャットが勝ちやがったッ!」


 硝煙くもる銃を片手に相手を睨みつけるヘレンと、腕から血を流し膝をつくライアットバートの姿に、ギャラリーたちの歓声は鳴りやむことを知らなかった。


「ぷはッ」


 と、ヘレンは肺にたまっていた息を今更思い出したように吐き出す。そして目に涙を浮かべながらギャラリーの方へと振り向いた。

 そこには、したり顔の笑みを浮かべるタマモとニカリと笑ってVサインを出すジョンの姿があった。


「タマモさん! 先生!」

「かかか。ようやった見事じゃったぞヘレンよ」

「あ……ああ、流石は俺が見込んだ女だっ!」


 万感の思いを胸に泣きじゃくりながら2人に抱き着くヘレンには、タマモはともかくジョンのセリフがギクシャクしていることに気が付きはしなかったし、タマモがジョンを『もっと上手く演技せんかこのタワケ』と睨みつけていることにも気が付かなかった。


 そして、負傷したライアットバートがその場を立ち去ってからしばらく、町の演劇ホールにて、表彰式が行われる事となった。

 会場の入り口では入念なボディチェックが行われ、武器の類は全て取り上げられる。

 それは表彰を受けるヘレンも同様で、彼女は緊張によって胸が張り詰めていくことを感じながらも、表面上は何事もないように平静を保った。

 下調べに置いて、表彰式でボディチェックが行われることは知っている、故に彼女は手のひら大の小型デリンジャーを用意し、そっとブーツの底に仕込んでいたのだ。


 ヘレンの祈りが通じたのか、流石に靴を脱げとまでは言われずに、彼女は堂々とした足取りで会場内に入ることが出来、トイレに行くふりをしてデリンジャーを取り出した。


「ふぅ。何とか暴発はせずにすんだわね」


 ヘレンは苦笑いをしつつ、取り出したデリンジャーを袖口に隠す。

 後は、表彰状を受け取るタイミングで、憎き父の仇の顔面に風穴を開けるだけ。

 小型のデリンジャー故に、確実に殺すには敵の脳髄を破壊しなければならない。用意できたデリンジャーは単発ゆえに打ち漏らしも出来ない。

 決勝戦とは別の緊張がヘレンに重くのしかかる。


「大丈夫。私はこのために生きて来た」


 緊張が洗い流されることを願うように、ヘレンはバシャリと顔に水をかける。

 やがて、自分を探しに来た大会関係者に呼ばれ、ヘレンはホール最前列の椅子へと案内された。


 そして待つことしばし、ステージの奥からがっしりとした偉丈夫が現れた。


(奴だ……)


 ヘレンは憎しみがこもった瞳をその男に向ける。

 幼い頃の自分の目の前で父を惨殺した憎き仇。

 数々の悪事を働き、この悪徳の町と言う城を作り上げた男、モーゼル・ヘロッド。


 モーゼルの前口上が終わったタイミングで、ヘレンはモーゼルの手下に導かれ壇上へと上がる。

 階段が鳴らすギシギシと言う音が、胸の鼓動を加速させていく。

 ヘレンの視線はモーゼルの眉間から一瞬たりとも外れることなく、やがて彼女はモーゼルの正面に立った。


「ふっふっふっ。女だてらに……とはもう誰も言わんだろうね。君は数多の難敵を打倒してきた立派なガンマンだ」


 蓄えた口ひげをなぞりながらモーゼルはそう語る。


「まぁ、私は男だから、とか、女だから、とかは言うつもりはないが……」


 ゾワリと背筋に冷たいものが流れたヘレンは、とっさにデリンジャーを仕込んだ右手を上げようとして――


「やはり女はだめだな。感情に支配されすぎる」


 ニタリと、凶悪な笑みをモーゼルが浮かべるより早く、ヘレンは銃を構えたモーゼルの手下に取り囲まれた。


「くッ!」


 あと一歩、目と鼻の先に憎き仇が存在するのに、その手は届かない。ヘレンは血がにじむ程に歯を食いしばる。


「ははっはははははッ! それほどまでにあからさまな殺気を終始振りまかれては、小心者の私としてはそれなりの準備をせざるを得ないと言う所だよ!

 君がどこの誰かは知らないし興味もないが、ここは私の町だ! 奇妙な気配を振りまいた異色の女ガンマンとなれば、警戒するのも当たり前だろう?」

「貴様……どこの誰かは知らない……だと?」

「ああすまないね。私はこれでも色々と忙しい身なのだ、君だって踏みつけた虫ころの事をいちいち覚えてはいないだろう?」

「きさッ――」

「連れていけ、私に牙をむいた愚か者がどういった末路を――」


 茶番はもう終わりと、モーゼルが部下に指示を出そうとした時だった。モーゼルのセリフは1つの銃声によって遮られた。


「あがッ⁉」


 バタバタと、両側からヘレンを連行しようとして近づいた男たちが腕から血を流しその場に倒れる。


「なッ⁉」


 焦るモーゼルの視線の先には、ノーマルより4.5インチ(11.4cm)も長い12インチ(約30.5㎝)のコルトSAAを握る1人の男だった。


「なっにッ⁉ 貴様その銃は⁉ いっいや! そもそもどうやってここに⁉」


 客席の中頃に立つライアットは、硝煙くもるバントライン・スペシャルを手に、変装をやめ無精ひげを剃り上げた頬をニヤリとゆがめつつこう言った。


「なーに。俺もそう詳しくは語れないが、東洋のまじないって奴さッ!」


 そう言ったライアットの手元でバントライン・スペシャルが火花を上げる。

 会場に鳴り響いた銃声は1発だけだが、バタバタとまた2人の手下が崩れ落ちた。

 余りの早撃ちに2音が1音に聞こえてしまうほどの速度は、そのガンマンがバントライン・スペシャルを取り扱うにふさわしい者だと悠々と物語っていた。


「くッ! やれッ! 奴をやった者には今回の優勝賞金をくれてやるぞッ!」


 モーゼルはそう叫びつつ、急いで舞台のそでに向かい逃げ出していく。

 突如始まった騒ぎに、一時期は騒然としていた観客たちも、モーゼルの言葉を聞いて我に返った。

 何故、厳重な警備を抜けてライアットがここに忍び込めたかは分からない。だが、敵は1人かつ、既に4発撃っている。コルトSAAの装弾数は6発だ、つまりは残りあと2発。数を頼りに襲い掛かれば、いかな西部一のガンマンとは言え制圧は可能だ。

 元よりここはアウトローが集まる悪徳の町、保安官と言う肩書に恐れを抱くものなどいない。


「うおおおお! 賞金は俺がもらうッ!」


 1人が火花を切ったならば、後はもうなし崩しだった。

 入口で銃を預けているため、素手ではあるが無数の荒くれ者たちが一斉にライアットへと襲い掛かり――


「ぬうぅん!」


 何処からか出没した長身のインディアンにまとめて薙ぎ払われた。


「タマモ様のめいだ、この男には近寄らせはせん」


 ハカンはそう言ってゴキゴキと指を鳴らした。

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