第20話 チェックメイト
「やったッ! ようやくツキが回ってきたッ!」
町中が敵の鬼ごっこだ、何処を向いても敵ばかりと言う修羅場からの解放、しかも表通りで大騒ぎしているせいか、この通りには人っ子ひとりいやしない。
息を整えるために、少し速度を落として走るジョンの目にとある影が映った。逆光により顔は良く見えないが、どうやら子供のようだった、身長はおよそ4.5フィート(約140㎝)程しかない。
「ってあのバカ狐じゃねぇか⁉」
自分がこんな苦労をする羽目になった元凶が、道の真ん中でぼさっと突っ立っていることを発見し、ジョンは文句の限りを尽くしてやろうと疲れた体に鞭打ってグイと速度を上げる。
「おいこら! お前のせい――」
「あっ! ジョンさん! こっちです!」
「……で? え? あれ?」
ジョンはゴシゴシと目をこする。さっきまで、ビジュアルだけは100点満点中1億点な
「えっ⁉ うっそマジ⁉ ナイラちゃん⁉ どうしてここに⁉」
「話は後です! 町の騒ぎからおおよその事情は分かっています! あちらは人気が少ないようです! あっちに進んでください!」
そう言ってハカンの妹であるナイラは曲がり角を指し示す。
「わっ分かった! さっ! ナイラちゃんも!」
「いいえ、私がいては足手まといです! ジョンさんは早くッ!」
「分かったッ!」
そうして薄暗い路地裏に駆け出していくジョンの背中を、黒瑪瑙の少女はただじっと見つめていた。
★
全速力で右へ左へ町中を駆けずり回っていることが災いしてか、少し平衡感覚が怪しげになりつつも、ジョンは薄暗い通りを駆け抜けた。
「って⁉ アレ⁉ やっちまったっ⁉」
彼の目に映ったのは、先ほど別れたばかりのナイラのすが――
「なーーーーーーーんじゃこの騒ぎは! 貴様は子供のお使いすらろくに出来んのかこのクソ戯けっ!」
「って! クソ狐⁉」
「誰がクソ狐じゃ! 誰がッ⁉ 貴様!
「完璧⁉ 作戦⁉ あんなもん作戦と言えるかよ! このクソ狐ッ!」
「やかましい! 貴様がその何とか言う男を篭絡出来てればすんだことじゃッ!」
「だから最初から無理だって言っただろ⁉」
「それがどう転んだらこのトンチキ騒ぎになるのじゃッ!」
「そんなの俺が知りてぇよッ⁉」
大声で喚き合った2人は、ぜぇぜぇと肩で息をする。
「まっ、まぁ、なってしまったのはしょーがねぇ。断腸の思いだ
ジョンはそう言って、中腰になり目を閉じて――
「きっもいんじゃ!
顔面に思いっきり蹴りを喰らった。
「くっ……しかし……ここからどうしたものか……」
痛みに顔面を押さえつつ、地面をゴロゴロ転がる
確かに、自分がこのバカから力を吸って大人形態になれば、この程度の町をまっさらにするのは容易い事。
(じゃが、それでは肝心の金が手に入らん)
この町に来た目的は、当座の資金を手に入れるためだ。
ちょーーっと星のめぐりが悪く、
だが日頃の行いが良かったのか、決勝進出が決まった小娘を丸め込むことが出来て、そのリカバリーが出来かけていた所だったのだ。
(ったく、何の騒ぎかと表に出てみれば……)
タマモは自らのパーフェクトプランを台無しにした
『くっそ! なんだあのバカでかいインディアンは⁉ めちゃくちゃ強ぇえ⁉』
そんなタマモの耳に、どこか遠くでそんなことを叫んでいる声が聞こえた。
「おい下僕1号! 下僕2号がここに来ているのか⁉」
「あっああ。お前の
「そうか、そうか。見よう見まねではあったが、流石は
少しばかりタマモの気分が良くなったのを見て、ジョンは恐る恐る立ち上がる。
そんなジョンをじろりと見つつ、タマモはブツブツと独り言を言い出した。
「おっおい、何かいい案がひらめいたのか?」
『なかったら、とっととずらかろーぜ』とジョンが続きを言う前に、タマモはジョンに向かって真剣な面持ちで口を開く。
「ここまで
「あっああ。そうだな」
集団狂気と言うべきか、ただでさえ血の気の多い荒くれ者たちが集まる町だ、その狂気を上回るインパクトを打ち上げなければ事態の収拾は難しいだろう。
『やっぱ、ずらからない?』と言いかけたジョンに、タマモは満面の笑みでこう言った。
「よし、下僕1号。この場を鎮めるためにとりあえず1回死んどけ♪」
★
『こっちだ! あのバカが居たぞッ!』
大通りで、1対無数の大乱戦を制したハカンは、息を荒げつつも遠くの方でそんな声が上がったのを聞いた。
「くっ……」
いくらハカンが人並み外れた体格と剛力の持ち主だとしても、流石に数十人を一度に相手にしていたのだ、それ相応のダメージを負っていた。
「友よ……今行くぞ」
ハカンは疲労困憊な体を引きずるようにして、声がした方へと向かった。
★
「ふぅ……随分とまぁ派手に逃げたものだ」
遠くから聞こえる声を頼りに、
少しばかり……それが予想外の動きの連続だったので、あちこち駆け回る羽目になり多少頭がふらついたが、ライアットはついに獲物を先回りすることに成功したのだ。
「チェックメイトだ、さぁ正々堂々と勝負をしてもらおう」
ライアットはそう言って大きく腕を広げた、視線の先には逃げ場のない袋小路でアワアワしているジョン。
ライアットの後ろには無数のギャラリーが列をなし、まさしく蟻のはい出る隙間もないと言った所だった。
「……くっ」
漸く覚悟を決めたのか、ジョンがわずかに腰を下ろしてクイック・ドローの構えに入る。
2人のガンマンの間にプレッシャーが膨れ上がり、それまで騒いでいたギャラリーたちも固唾をのんで見守った。
数秒だったか、あるいは数十秒だったか、濃縮された時間は――
―ダン―
一発の銃声が、その時間を貫いた。
「あっ……ぐっ……」
「……バカな、君ならば俺の狙いは分かっていただろうに。
サヨナラだ、ジョン君、永遠にな……」
ホルスターに銃を収めたライアットは、胸の中心を赤く染めた恩師の息子へそう呟いたのだった。
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