第19話 鬼ごっこ(DEAD OR ALIVE)

 チュンと肩を掠めるように聞こえる音に、ジョンは慌てて軌道を変えて走り続ける。


(ったく! なんて腕だよあの野郎っ!)


 ライアットが持つノーマルタイプのコルトSAAの有効射程はおよそ25ヤード(22.8m)、だが今の2人の間はおおよそその倍は開いている。


(やっばッ⁉ 奴がいつもの得物バントライン・スペシャルじゃなくて良かったぁああ!)


 銃身が長く成れば、弾速と命中率は高くなる。ノーマルよりも4.5インチ(11.4㎝)長いバントライン・スペシャルであったらこの距離でも当てられていたかもしれないと、ジョンは冷や汗をかきつつひた走る。


(にしても、これだけ動き回ってる俺に掠めて来やがるなんて、あの野郎どれだけ腕を上げてやがんだ⁉)


 当たり前の事だが、動き回る標的に狙いをつけるのは、静止しているそれに当てるよりも難しい。ましてや自分が動きながら、有効射程外のそれに狙いをつけるなど、西部一のガンマンの看板に偽りなしと言った所だった。


(ちっくしょこぉおおおお――おぉお⁉)


 逃げ回るジョンの目に入ったのは、自分の行く手を遮るように並び立つガンマンたちであった。


「ちょわっ‼」


 一瞬でビビリセンサーがMAXを迎え、ジョンは本能の赴くままに横っ飛びに回避する。

 ダダダダダと、さっきまでジョンがいた場所に、無数の銃弾が打ち込まれた。


「ちっ! ゴキブリみたいにすばしっこい! 追えっ! 奴を仕留めた奴にはワイアットシューティングスターと決闘できるプラチナチケットがもらえるぞッ!」

「テメェになんか渡さねぇよ! 奴を仕留めるのは俺だッ!」


(ノー! 聞いてない! ノー!)


 伝言ゲームでそうなったのか? はたまた決勝戦に割り込むチャンスとあえて捻じ曲げて伝えたのか? 兎に角、町の荒くれ者の中では、ジョンと言う獲物は賞金栄光への最短ルートプラチナチケットとして決定していた。

 後ろから飛んでくる弾丸にだけ注意してれば良かったジョンに、前後左右関係なく、町中から魔の手弾丸が飛んでくる。


「ノー! ヘルプっ! ヘルプ・ミー!」


 涙と鼻水を待ち散らしながら不規則な挙動でジョンは逃げ回る。


「あッ!」「がッ!」「くそッ! 誰狙ってやがる! この下手くそがッ!」


 ゴキブリの様に逃げ回るジョンに狙いを定めるのは常人では至難の業だ。幾たびか同士討ちを繰り返した後、追跡者たちは自然と銃をしまい、先ずはぶん殴って止める事に決定した。


「「「「ぶっ殺してやるこのチキン野郎ッ‼」」」」

「なんか趣旨かわってませんッ⁉」


 頭に血が上った荒くれたちは、自分たちをおちょくり続けるかわしつづけるジョンに激怒して、難しいことは始末してから考えようモードに入ってしまったのだ。



 ★



「くッ! どいて、道を開けてくれッ!」


 ジョンを除いて、その最大の被害者となったのは、ジョンの正規の相手であったライアットであった。彼は荒くれ者たちに行く手を遮られ、ジョンの後ろ姿すらまともに見れなくなったのだ。


「まったくッ……だから君は侮れないッ!」


 ライアットは、焦りの汗を額に浮かばさせながらも、ニヤリと頬をゆがませる。

 ライアットが凄腕の保安官であるジョンの父親の噂を聞いて、彼の元を訪れたのは今より10年前、彼が18歳の時だった。

 その頃彼はバッファロー狩りを生業とした単なるガンマンであったが、このままではそう遠くないうちに立ち行かなくなると判断した、それほどまでにバッファローの生息数は激減していたのだ。


 自分の持ち味である銃の腕を生かすため、アウトローの道を選ぶほど刹那的でもなかった彼は、伝説の保安官と名高いジョンの父――クリント・サイランドの元で半年ほど修行に励んだ。

 学んだものは数多く、そして得難いものだった。彼はメキメキと腕前を上げ、クリントの紹介で保安官になることが出来た。

 そんな彼の隣で修行を行っていたのが、当時10歳であった師の息子であるジョンだった。


 ライアットの目から見たジョンは、とてもクリントと血のつながりがあると信じられないほど不真面目で小心者な男であった。

 毎回、どうやったらそんなことを思いつくのか不思議に思う様な手口で、クリントの修行をさぼる・逃げる・怠ける。

 クリントはクリントで、ジョンを逃がさないために、軍の特殊部隊でも突破が困難であろう罠を1つ、また1つと徐々にグレードアップしながら仕掛け続ける。


 そんなアクロバティックな事をやるぐらいなら、真面に修行をしたほうが遥かに楽だろうにと頭をかしげた回数は数限りない。

 そしてクリントにつかまったジョンが修行を行う時は、彼の頭には特大のたんこぶが出来てあり、頑丈な鎖で出来た手枷足枷がオプションとして装着されており、おまけに背後には鬼の形相をしたクリントが硬いオーク材の棒を手にしていた。


 8歳も年が離れていることもあり|(主因としてはジョンの特殊性癖があるのだが)あまり会話が弾むことは無かったが、それでもたった2人しかいない生徒だ。腕を競い合う機会は何度もあった。そして、必ずライアットが勝った。

 勿論それは8歳と言う覆しようのない年齢差もあるが、それとは別にジョンが自分を前にすると極度に緊張してしまっていた、と言う面も大きな要員だとライアットは考えている。


 もし、ジョンが本当の意味で真っすぐに自分と向き合っていたら。

 その、胸の奥でわずかにくすぶっていた思いが、今回の早撃ち勝負に込められた理由だったのだが……。


「くッ!」


 頭に血を昇らせた荒くれ者の数は増える一方で、自分とジョンの距離はみるみるうちに離れていく。

 自分がジョンを追い込むために仕掛けた宣言は逆手に取られ、このままでは『公衆の面前で罵倒された相手にまんまと逃げられた間抜け』と言う結果だけが残ってしまう。


「こうなれば……」


 このまま素直に後を追ったとしても、荒くれ者たちが邪魔で追いつくことは不可能だ。自分の方が先にこの町に来ていた故に地の利は自分にあるし、ジョンの居場所は荒くれ者達の叫び声が教えてくれる。

 ライアットは一か八か先回りを試みる事にした。



 ★



「ちょっ! まっ! タンマ! タンマッ!」


 銃弾の嵐はやんだものの、代わりに襲い掛かってくるのは血走った目で肉弾攻撃を放ってくる狂人たちだ。

 変態的ともいえる回避能力でしのぎ続けているが、地の利が向こうにある以上、どこまで行っても、振り切ることは出来ないでいた。


「たすっ! だーれーかーたーすーけーてーっ!」


 無様極まる逃避行を続けながら、ジョンは救助の声を叫ぶが、この町の住人は皆ジョンの敵である、町中を敵に回した獲物の命乞いを聞き届けるような酔狂者は――


「勿論だ、オレたちは決して約束を違えない」


 聞き覚えのある声とともに、赤いバッファローが道の陰から突っ込んでくる。


「ふげッ⁉」


 6フィート半(約200cm)の巨体が、荒くれ者たちを数人まとめて弾き飛ばした。


「おまっ! ハ――」

「友よ、その名は特別な名だ、みだりに呼ばずにいてくれればありがたい」


 ハカンはそう言って、堂々とジョンの前に仁王立ちした。

 その威風堂々たる姿に、ジョンはコソコソと声をかける。


「おい! お前足はもういいのかよ⁉」


 ハカンの右膝は、ジョンとの戦いにおいて負傷しており、ついさっきまでろくに歩くことも出来なかったはずだ。


「タマモ様の呪術のおかげだ、もう問題は――ないッ!」


 ハカンはそう言いながら右足で地面に伸びている男を救いあげるように蹴り投げた。


「がッ⁉」


 矢のように真っすぐに飛んでいったその男は、何人も巻き込みながら飛んでいき、直線状にあった酒場のスイングドアの向こうへと、乱雑な音をまき散らしながら吸い込まれていった。

『やっべ。なんだこいつ化け物かよ? 死んでもこんな奴と戦いたくねぇな』と冷や汗をタラリと流すジョンを背に、ハカンはよく通る声でこう言った。


「我が名はペイルライダー! 貴様らに死の風を運ぶものだッ!」


 ハカンペイルライダーはそう言うなり、地面で伸びている手ごろな男の足を掴み、気合一閃のジャイアントスイングで放り投げる。

 人間が材料の人間凶器がすっ飛んできて割れた包囲網を指さしながら、ハカンペイルライダーはジョンに向かって指示を出す。


「我が友よ! ここはオレに任せて先に行けッ!」


 もっとも、ジョンはその声を聞く前にとっくの昔に走り去っていたのだったが。

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