第18話 クイック&――

 このタイミングでは非常に聞きたくない名を聞いたジョンは、ヘレンに自主練を言いつけて部屋の隅にタマモを呼びつける。


「おい、やばい、ダメだ」

「ん? 何がじゃ?」

「ヘレンの決勝の相手だよ⁉ バート・ランカスターってのは偽名だ! そいつの正体は西部一のガンマン! ライアット・ホープなんだよ!」


 ジョンはヘレンに聞こえないように小声でそう叫びつつ、タマモと別れてからの事を説明した。

 その事を聞いたタマモは、ふむふむと何度か頷いた後、あっさりとこう言った。


「かかか。瓢箪から駒とはこのことじゃえ。貴様はそ奴と旧知の仲なのじゃろ?」

「あっあぁ。アイツは昔、俺の親父の元で半年ほど修行していたことがあったんだよ」

「ふむふむ。いわゆる同門の徒と言うやつじゃな。それならば手間が省けるというものじゃ」


 何やら1人で納得しているタマモを見て、ジョンのアラートがガンガン鳴り響いてくる。


「かかか。本来ならわらわがそ奴を取り込み、八百長試合を仕掛けてやろうかと思っておったが手間が省けた。

 下僕1号よ、命令じゃそ奴を何とか言いくるめてこい」

「あっほか! 出来ねぇよ! 奴はすっげぇ極悪人なんだよ! 俺の言う事なんて絶対聞いてくれねぇよ!」

「ふむ? 貴様のような品性下劣なる人間に嫌われるとはよっぽどの事なのか?」

「ああそうだ」


 基本的にヘラヘラ笑っているか無様に泣き叫んでいるかの二択であるジョンが何時になく真剣な面持ちになったのを見て、タマモも真剣な面持ちで耳を傾ける。


「いいか? タマモ? あのクソ野郎は。ナスカッツ俺の町に来てから、キザッたらしいイケメンムーブで3日と経たずに女どもの視線を独り占めにしやがったんだ……」

「…………」

「しかもだ! 俺が全身全霊をそそいで親父の訓練をさぼっている間に、真面目腐ってキッチリとメニューをこなしていやがったんだッ!」

「…………」

「挙句の果てに、町の女どもは『いや~ん♪ あんな変態じゃなくてライアットさんがジョンの父親クリントさんの息子だったらよかったのに~♪』とわざわざ俺に聞こえるように無駄口を叩きやがる! ああもう! 今思い出してもはらわたが煮えくり返る!」

「そんなはらわたなぞ犬にでも食わしてしまえこのクソ戯けっ!」


 タマモはそう言ってジョンの下腹部みぞおちへ深々と膝蹴りを埋め込んだ。


「う……ご……なにするだ、てめぇ」

「やかましい! 全て貴様の自業自得と唯のひがみではないか!

 良いか下僕1号! 出来る出来ないではない、やるのじゃ! 既にこの小娘とは協力してやる見返りに賞金の7割を受け取る契約を汲んでおる! 貴様にそれだけの金が捻出出来るのか⁉ この役立たずめがっ!」


 少女の不安に付け込んで、でたらめな契約を結んであるタマモにジョンはドン引きしつつも、自分の記憶にあるライアットの憎たらしいイケメン顔を思い出し、それがどれだけ困難な道かにげっそりとする。


『そ奴から賞金を分捕れるのなら、そ奴に乗り換えてやってもいいぞ』と言うタマモからのありがたい助言を受けつつ、ジョンは尻を蹴とばされながら宿を後にした。



 ★



「あー確かここだよなぁ」


『大会の間自分はここを拠点にしている』とライアットに聞かされていたジョンは、どうやってあのインチキイケメンを言いくるめようか頭を悩ませながらトボトボと歩いていた。


「仕事の下見に来たって言ってたけど、やっぱ奴の狙いはここの町長だよなぁ」


 ヘレンの話によると、ここの町長は、列車強盗を始め数々の悪事で稼いだ金を使って、この町の王として君臨しているという事だ。

 恐らくはライアットもその強固な牙城に穴がないか調べるためにやって来たのだと想像する。

 2人の狙いが同じものな以上、棄権させることを上回るメリットを提示できなければ、考えを変えさせることなど不可能だ。


「だけど、こっちにゃ何のカードもありゃしねぇ」


 ライアットの腕は良く知っている、まともに戦えば100%ライアットが勝つだろう。


「なにせ、俺だって一度も勝てた事ねぇからなぁ」


 もちろん向かい合っての撃ち合いではなく的当て勝負であったが、ライアットは何時もジョンより早く正確に的を撃ちぬいていた。

 そんな風に肩を落として歩くジョンの背後から声がかけられる。


「ん? どうしたジョン君? さっきの今で? もしかして、さっそく金を巻き上げられちまったのかい?」


 まだ、何一つ言いくるめの方針が固まっていない時点でかけられたその冗談めかした声に、ジョンは苦虫を嚙み潰したような顔をしつつ振り向いた。


「なぁいいか? ら……バート。ちょっと相談が出来たんだが」

「?」


 困りきった顔をしたジョンに、ライアットは小首をかしげつつ宿屋1階の酒場へと案内した。



 ★



「なるほどね」


 決勝戦の相手である少女の身の上を聞かされたライアットは、そう呟き静かにグラスを傾けた。


「なっ? 頼むよ、健気ないい子なんだよ」


 全力でもみ手で頼み込むジョンに対して、ライアットは冷たくこう言った。


「その嬢ちゃんには『止めときな』って言っておくんだなジョン。もし俺がその話を受けたとして、町長は狐の様に用心深い男だ、表彰式で嬢ちゃんが少しでも不穏な行動を取ればあっという間にハチの巣さ」

「む……」

「いいか? ジョン君。奴がそんなにぬるい奴なら、俺はわざわざ別人になってこの町に来たりしないさ。

 相棒片手に堂々と乗り込んで、今頃は奴の両手に素敵な贈り物をしてる所さ。

 この悪徳の町は奴の城だ。俺たちは既に奴の腹の中に居るって事を忘れてはならない。

 その嬢ちゃんにはよろしく言っておいてくれ。まぁ明日になったら嫌でも顔を合わせることになるがね」


 そう言いグラスを空にしたライアットは、ジョンの肩にポンと手を置き2人分の代金を机に置きつつ立ち上が――


「まっ待ってくれ! あの子は必死なんだ! まだガキのくせして、必死になって頑張って来たんだ!」


 ジョンの脳裏に不安を押し殺しながら必至なって練習するヘレンの姿が思い浮かぶ。訓練を言い訳に手取り足取り|(物理)しながら少女の体を堪能したジョンの手が振れたのは、華奢な少女には似合わないガンたこだらけでゴツゴツとした手だった。


「だったら、なおさらだろ? ジョン君だってその子が死んでるより、生きてる方がハッピーなはずさ」

「あっ……うっ……」


 二の句を返すことが出来ず、それでも自分の手を離さないジョンに、ライアットはため息を吐いてこう言った。


「オーライ。分かったよジョン君」

「ッ⁉」


 その一言に、ジョンの顔がパッと明るくなり――


「どうしても俺を止めたいってんなら、それで説得するんだな」

「ッ⁉」


 ジョンが腰に下げている物を指さしながらそう言ったライアットに、ジョンの顔の電灯は即座に消える。


「へい! みんな聞いてくれ! 飛び入り参加スペシャルゲストの登場だ! 俺は明日の決勝戦の席をかけ今からこいつと決闘を行う!」 

「⁉⁉⁉⁉」


 ライアットの突然の宣言に、酒場にいる荒くれ者達は一瞬静まり返った後、ハリケーンの様に騒ぎ出す。


「ら……てってめぇ」

「どうしても俺をやめさせたいんだろ?」


 歯ぎしりをするジョンに、ライアットはニヒルな笑みを浮かべてそう言った。



 ★



「決闘⁉ 決闘だって⁉ 相手は誰と誰だ⁉」

「片方はアイツだよ! アイツ! Bブロックを流れ星の様に圧勝してきたシューティングスター・バート! 奴が決勝の座をかけてヤルんだと!」

「で⁉ その相手は……って俺アイツ見たぞ! この町に入ってからずーーーっと小娘の後ろにコソコソ隠れてたクソチキン野郎じゃねぇか!」


 酒場前の通りで、およそ15ヤード(約13m)離れて相対する2人にかけられる声は対照的なものだった。

 ライアットバートにかけられる声は、酔狂な見世物で町を沸かせてくれた事に対する余裕に満ちた笑い声。

 ジョンにかけられるのは、臆病者を揶揄する嗤い声。


「くっそ、テメェどういうつもりだ……」


 ギャラリーに周囲をぐるりと囲まれて、逃げも隠れもできない状況に陥ったジョンは苦々しいそう呟く。


「どういうつもりも何も、ここは西部だぜ、ジョン君。自分の意見を押し通すにはこいつが一番手っ取り早い」


 ライアットは余裕に満ちた表情で、腰につるした銃をポンと叩く。


「ちっ! わーーーーーーーったよ! やりゃいいんだろ! やりゃああぁあ⁉」


 ジョンはそう叫ぶなり、ライアットから恵んでもらったコインをブンと上に投げ――


「ッ⁉ 危ないッ‼」


 そのまま東の空を指さしそう叫んだ。


「⁉」


 ギャラリーの意識は最初にアクションを起こしたジョンに集中していた。

 そのため、彼らはジョンが指し示した方向へ一斉に視線を向ける。


「……?」


 ジョンが指し示した先には1羽の鳥が遥か大空を優雅に飛んでいる姿だった。


「はッ! ばーーーっか野郎っ! てめーみてーなチート野郎と真面にやりあってたまるかってんだ! ドン亀みてぇな弾を俺に当てたけりゃ! せこせこ追ってくるんだなこのウスノロ!」


 その声を残しつつ、いつの間にかギャラリーが作った闘技場から抜け出して、ジョンはすたこらさっさと逃げ出していた。


「あ……あの野郎! 早撃ち勝負だってのにバックレやがった⁉」


 ギャラリーが怒りや呆れや嘲笑の声をワイワイと上げていると、ジョンと相対していたワイアットは、顔を手で覆い背中を丸め大笑いする。

 その様子に、ギャラリーはどうリアクションしていいのか一瞬戸惑うが――


「ふふっ。いいだろうジョン兄弟。早撃ち勝負ではなく、追いかけっこがお望みの様だな。だが、生憎西部一の保安官犯人追跡そっちのほうも得意でね」


 そう言ってぺろりと舌なめずりしたライアットは獅子の様に駆け出した。


「ひゃっはー! キツネ狩りだッ! 道開けろ道!」

「俺はバートに100!」「俺は200だ!」「あっはっは! 賭けにならねーよ! こんなもん!」


 こうして嘲笑の中、ジョンとライアットの早撃ち勝負追いかけっこが始まった。

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