第17話 噓偽りはございます

「ったく、相変わらず気に入らねぇ奴だぜ」


 ライアットと分かれたジョンは、ポケット中で小銭を弄びつつそう呟いた。

 酒場から出る際にジョンはライアットに『金ないから貸して下さい』|(勿論返す気など無い)と言ったが、ライアットは眉をすくめて飲み代の釣銭をそのままジョンに寄越し颯爽と立ち去って行ったのだ。


「しかし……まだばれてない……よな?」


 なんせ、ナスカッツで|(タマモが)やらかして速攻で逃げ出したので、まだ丸一日も経ってはいない。そうそう早く指名手配はなされていない筈……だ。


「アレだけ派手にやらかしたからには、後始末は大変な筈だ」


 その全てを幼馴染であるマーガレットに押し付けて来たジョンは、他人事のようにそう呟く。

 不安の種はあるも、そこはサッパリと棚上げして、ジョンはこれからどうやってタマモと合流するかを思案し始めたが――


「「あ」」


 宿屋から出て来たタマモと目が合い。2人同時に声を上げる。


「どうしたの? タマモさ……ん?」


 タマモの隣には、見覚えのない人物が立っていた。服装こそはスタンダードなカウボーイファッションだが、身長体重はおよそ5フィート(152㎝)97ポンド(44㎏)と小柄な美少女だった。


「お嬢さん。ここは危険な町です、さあ俺がエスコートしますから、すぐさまこんな所は後にしましょう」


 一瞬のうちに少女の手を取ってそう言うジョンに――


「このタワケがっ! わらわをほってどこをふらついておったのじゃっ!」

「おごっ⁉」


 ジョンの金的に、タマモの見事なショートフックがめり込んで、彼は地面に崩れ落ちる。

 目の前で繰り広げられた奇妙なやり取りに、少女――ヘレンは目を白黒させたが、地面の上で見苦しくもだえる変な男を見て、彼女はあることに気が付いた。


「貴方……もしかして、さっきの変質者?」

「かかか。否、否。こ奴はわらわの家来の1人じゃよ。賊に襲われ離れ離れになっておったのじゃが、無事に合流出来て良かったわい」


 タマモはカラカラとそう笑いつつ地面にしゃがみこんで『そう言うことにしとくのじゃ』とジョンに耳打ちした。



 ★



 タマモは2人を引き連れてヘレンが宿泊している部屋へと舞い戻り、何も知らないジョンに対してヘレンの紹介をした後にこう言った。


「そう言う訳じゃ、わらわとしてはヘレンの仇討ちに協力してやることにした。この女子おなごこそはまさに孝(注)の戦士。あっぱれとしか言いようがない」


 うんうんと大物ぶって頷くタマモをいぶかし気に眺めるジョンを、タマモはさらりと無視しつつこう続ける。


「じゃが、一つ問題があっての。ヘレンは順調に準決勝まで勝ち上がってきているのじゃが。逆のブロックに厄介な奴がおるそうなのじゃ」


 そう言って大げさに困り顔をするタマモに、ヘレンは深刻な顔をしつつこう続ける。


「アイツの腕は私が今まで見て来た中で一番だわ。悔しいけど私も含めて……ね」


 そう言ってヘレンは立ち上がると、鏡に向かってやや中腰になり――

 チャッと瞬きの内に少女の手には銃が握られていた。


「……くっ」と少女は悔し気な顔をして銃をホルスターに収めて、ポツリと呟く。


「ダメなの。今のままじゃアイツに勝てるイメージ浮かばない」


 そう言って歯ぎしりをする少女の一挙手一投足をジョンはじっくりと観察していた。


(うーん。美少女は困り顔もいいものだ、なんつーか……抱きしめて頬ずりしたくなるなっ!

 しかしルガー・ベアキャット(注)か。22口径とはちと心もとないが、まぁ彼女の腕力を考えたらそれ位小さく取り回しがいい方が合ってるか。早撃ち大会っても殺し合いするわけじゃねーみてぇだし)


 などと他人事全力で、美少女が浮かべる苦悶の表情を堪能していたジョンだったのだが――


「ジョンさん。貴方は凄腕のガンマンだとタマモさんから聞いたわ。あの男に勝てる方法を私に教えて」

「……へ?」


 鼻の下を伸ばしまくって美少女を眺めていたジョンは、突然そんなお願いを受けギチギチとタマモへ視線を向ける。


『な・に・を・言って・るんだ? おま・え?』

『やかましい・わらわ・に・まかせて・おけ』


 ジョンとタマモはアイコンタクトでそう語りあった後、タマモはジョンに向けてこう言った。


「うむ。とりあえずヘレンに手本を見せてやるがいいぞ」


 満面の笑みでそう言うタマモと、真剣なまなざしで自分を見つめてくる美少女に負け、ジョンは心の中でタマモにありったけの罵詈雑言を叫びつつ、椅子から立ち上がる。


「ふっ。お嬢ちゃんも多少は腕に覚えがあるようだが、俺にいわせりゃまだまだ甘いさ」


 精一杯のカッコつけをしつつ、ジョンは2人からよく見えるような場所に立ち――


「よく見ておきな勇ましくも美しいお嬢ちゃん、銃ってのは――」

「……え?」


 ジョンがほんの少し腰を下ろして銃を抜く構えをしたのは確認できた。

 だが、目を皿のようにして見ていた筈のヘレンにも、ジョンが何時銃を抜いたのか確認することは出来なかった。


「――こう扱うのさ」


 美少女の驚きに満ちた視線を堪能しつつ、ジョンは華麗なガンスピンで銃をホルスターに収めながらそう言った。


 隣の少女が目を輝かせながらジョンバカを見ているのを横目で眺めながら、タマモは呆れた視線をジョンバカに向ける。


(まったく、あ奴は一人遊びだけは達者じゃの)


 ヘレンは知るはずもないが、根っからのビビリであるジョンが出来るのは的当てだけである。今大会で行われるような向かい合っての早撃ち勝負だったら、恐怖ですくみ上がって銃をホルスターから抜けるかどうかすら怪しいところだ。

 戦士として重要な事の一つに『相手を殺すことが出来る覚悟』と言うものがあるが、自分の契約者には、それが徹底的に欠けていた。

 銃の腕前であればジョンの方が上であろうが、2人で早撃ち勝負をしたとすれば100%ヘレンが勝つだろうという事は想像できる。


(まぁ、そこらへんはわらわの腕の見せ所じゃの。権謀術数の限りをつくして何としてもあの小娘を優勝させてやろうぞ)


 タマモはキリリとしたイケメンガンマン|(のつもりになっている)ジョンと、その指導を熱心に聞いているヘレンを眺めつつ、こっそりと闘志を燃やした。



 ★



「ああ、だいぶ良くなったぜ。やるじゃないかヘレン」

「いえ! ジョンさんのおかげです! ありがとうございます先生!」

「はっはっはっ。いやまぁ、それほどでも……あるがね!」


 美少女ガンマンから向けられる尊敬の目に、ジョンの鼻の下は際限なく伸び続けていた。


(くっそっ! なんだよなんだよ、やるじゃねぇかあのバカ狐! いいねぇいいねぇ! これだよこれ! これこそが俺が求めていた物なんだよ!)


 タマモの無茶振りによって、急遽ガンマンとしての教師になったジョンは、この話を持ってきてくれたタマモに心からの感謝を送っていた。


「はい! 先生はすごいです! これならあの男――バート・ランカスターとやりあえる自信がほんの少し着きました!」

「はっはっは! うんうん……うん? え~~と、もう一度言ってみてもらっていいかな?」

「へ? 先生はすごいです?」

「いやいや、それはまぁ、一度だけじゃなく、朝昼晩と何度でも言ってもらっていいんだけど、その次」

「ん? あの男、バート・ランカスター……ですか?」


 自分を先生と慕う美少女ガンマン。

 彼女の口から出たのは、つい先ほど聞いた西部一のガンマンがこの町で使っていると言う名前だったのだ。



注:STURM RUGER BEARCAT:コルトSAAをそのまま小さくしたようなビジュアル。SAAが全長317㎜重量1048gに対して、ベアキャット(1stモデル1958~)は全長22.54㎝重量480g

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