第16話 それぞれの出会い
「あっ? あれっ?」
つき先ほどまで自分が銃口を向けていた筈だった変質者の姿は影も形も見当たらなかった。
キョロキョロと周囲を見渡す少女に、タマモはカラカラと笑いながらこう言った。
「かかか。言うたであろ? ゴキブリの様に不快と」
なるほど確かに、あの逃げ足の速さはゴキブリを彷彿させる、と少女は周囲に気を配りつつも銃をホルスターに収める。
タマモは少女の様子を柔らかく観察しながら、優雅に礼をする。
「感謝するぞえ。
タマモはするすると流れるように、はたまたゆったりとしみ込むようにそう喋る。
目の前の少女のエキゾチックな服装と、堂々とした身のふるまいと喋り方に、少女は『そう言ったものか』と納得した。
そんな少女の様子を柔らかい瞳の奥で観察していたタマモは、自分の言葉が彼女の奥まで届きつつあるのを把握して、心の中でガッツポーズをする。
(かかか。やってみるもんじゃのう)
タマモが今やっていることは彼女が得意とした魅了の呪術だった。ただし、今の少女形態のタマモに使える呪力などたかが知れている、ちょっと修行を積んだ人間に敵わない程度のものだ。
つまるところ、人間がやっている事の真似事であるのだが、かつて数多の王国を破滅に導いた彼女には、人間ではどうやっても真似できない個人としての経験の蓄積がある。
(よっしゃっ! 傾国モードフルパワーじゃッ!)
タマモはそうやって気合を入れる。
タマモにとっては憤まんやるかたない思いではあるが、現状の自分はこの大地と自分を結ぶ要石である
(かかかっ! あのクソ馬鹿超絶ド変態ド不埒ド不敬者がっ! 貴様なぞおらぬとて
ろくに力が使えない少女形態の身でどこまでできるか、それを把握しておくことは今後の活動において重要な事項だった。
(まっ! 直ぐにでも完全復活して真っ先にあのバカを地獄に叩き落としてやるがのっ!)
権謀術数を巧みに操り王朝を内部から腐らせて、その芳醇なる腐肉を舌の上で転がす。
金毛白面九尾の狐とはそう言う存在であると、タマモは己の存在理由を定義していた。
頭にちらつくジョンの間抜けな顔に額に青筋が浮かびそうになるのを必死になって押さえながら、タマモは目の前の少女ガンマンを篭絡していった。
★
「なるほどのう。そなたも随分と苦労しておったのじゃのう」
言葉巧みに少女の懐に飛び込んだタマモは、しれっと少女が利用している宿にあんないさせて、少女の身の上話に嘘偽り100%の涙を浮かべる。
「御父上の仇討ちのため、そのか細い身でありながら、この荒くれ者どもが集まる早撃ち大会で準決勝まで駒を進めるとは、全く持って大儀であるとしか言いようがない」
タマモ自身にとっては少女の過去などミジンコの排泄物よりもどうでもいい事だったが、碌な力の使えない今のタマモにとって、この
タマモが聞き出した少女の情報はこのような物だった。
・少女の名はヘレン・ストーン17歳(タマモ目測:5フィート(152㎝)97ポンド(44㎏))
・使用している銃はSTURM RUGER BEARCAT(22口径)
・かつて別の町で保安官をしていた少女の父親は、列車強盗犯であるこの町の町長モーゼル・ヘロッドによって殺された。
・モーゼルは莫大な金を背景に、自分の城であるこの町――ニューデンプションを作り上げた。
・モーゼルは用心深いために、めったに表に出てこない。
・モーゼルを殺せるチャンスは、早撃ち大会で優勝して優勝トロフィーを受け取る時だけ。
「父さんの仇は、私が必ず……」
ヘレンはそう言って父の形見である保安官バッジを刻み込むように胸に抱く。そんな彼女の様子を見ていてタマモはあることに気が付いた。
(極度の不安と・緊張、まぁ今回の大会で初めて人に銃口を向けたらしいから、是非もないところではあるのかのう?)
自分だったら、人間は元より
しかし、人間と言う生き物は繊細な生き物だ、初めから同族に暴を振るえる素質を持つものは限られた者である。
(じゃから、
タマモは海の向こうでの日々をぼんやりとそう思い出す。
(まぁ、どちらにしても
タマモは心の中でニタリと笑いつつ、ヘレンへと
★
とりあえず、反射的に逃げ出してしまったが、果たして
ジョンはそんなことを考えつつ、荒くれ者で溢れかえる町をコソコソと歩いていた。
「ったく、あのバカ狐は、あそこでじっとしてればいいものを……」
警告の声を聴いて反射的に逃げ出した後、ほとぼりが冷めた頃を見繕って先の路地裏へ戻ってみたが、既にそこには人っ子一人いなかった。
そんな風に考え事をしていたからか、ジョンは曲がり角で何かとぶつかってしまう。
「おっとっ」
「ひっ! すみませんッ!」
この町の住民はどいつもこいつもトリガーが軽い奴ばかり。
すっかりとそう思い込んでしまっているジョンは、反射的に頭を下げる。
「すみませんごめんなさいそれじゃまた」
流れるようにフェードアウトしようとしたジョンの背中に声がかけられるが、ジョンは聞こえなかったふりをしつつ素早く立ち去ろう――
「おいおい――」
自他共に認める小心者であるジョンは、回避能力は人一倍だという自負がある。
他人からは『ゴキブリの生まれ変わりみたいでキモイ』とか『背中にもダース単位で目が付いている様でキモイ』とも言われるビビリセンサーによって、声とともに伸びて来た腕を確かに自分はかわしたと思っていた。
「――そんなに慌てることは無いじゃないか」
「なっ⁉」
しかし、ジョンは自分の右肩にふわりと置かれた力強い手によって、自分の動きが止められたことを理解した。
「ふふっ相変わらずの逃げ足だが、俺も多少は修羅場をくぐってきたものでね」
「……へ?」
背中にかけられた気安い声に、ジョンは『自分がかつて逮捕した凶悪犯に見つかったのか⁉』と一瞬考えたが、そもそも今までの保安官生活で誰一人逮捕したこともない事を思い出し、恐る恐る背後を振り返った。
「……ん? 誰だアンタ?」
そこにいたのはひげもじゃでサングラス(注1)を掛けた怪しげな白人男性だった。
「ふふっ。つれないなジョン君。一時期は一緒に暮らした仲じゃないか」
男はそう言ってチラリとサングラスを外す。その声とその鋭い眼光がジョンの記憶と結びついた。
「あっ! アンタは⁉」
「ふふっ。まっ俺も少々訳アリでね、ここじゃなんだ、少し場所を移そうか」
男はそう言ってがっしりとジョンに肩を組み、そのまま迷いなく歩き始めた。
★
ジョンが男に連れられた先は、町の酒場だった。
「……で? なんでアンタがこんなところに居るんだよ」
「ふふっ。まぁ仕事の一環でね」
「仕事?」
「ああそうさ」
そう言った後、男は慣れた様子で店員に2人分の酒を注文しつつさらりとこう尋ねた。
「ところでジョン君の方こそ、
「おっ! 俺はまぁ? ちょっとした視察? みたいな?」
故郷であるナスカッツでやらかして、その後始末から逃げ出したなんてことはいえる訳もなく、ジョンはとっさにそう答える。
「なるほど。訳アリ……と」
「訳アリはアンタもだろ? アンタは確かアリゾナ(注2)の……」
「トゥームストーンだ」
「だろ? で今も――」
その次を言いかけたジョンの口の前に男の指がピッと差し出される。
「業務内容は秘密でね。そこから先は口にしないでもらうとありがたい」
その言いぶりでジョンは男が何をするためにこの町に来たのか大体の事を把握し、男にだけ聞こえるように小声で話しかける。
「潜入捜査?」
「似たようなものさ、仕事の下見だよ仕事の下見」
男はパチリと茶目っ気ッたっぷりにウインク交じりにそう言い『ちなみに俺はこの町ではバート・ランカスターと言う名で通している』と付け加える。
「ほーん。なるほどね、だからいつものじゃないんだ」
「ああ、アレはまぁ威嚇目的な意味もあるからね、相棒は今ホテルで休んでるよ」
チラリと男のホルスターを見てそう言ったジョンに、彼は肩をすくめながらそう言った。
「まぁな。目立つからなアレ」
ジョンは男のトレードマークともいえる物を思い浮かべながらそう呟く。
伸ばし放題の髭とサングラスで軽い変装しているが、男は業界の間では有名人だ。
その業界とはジョンにとって非常に馴染み深い業界であり、つまるところ男は保安官だ。
男は、銃身が通常(7.5インチ:約19㎝)より4.5インチも長い12インチ(約30.5㎝)の、バントライン・スペシャルと呼ばれる特別仕様のコルトSAAが愛銃だ。
男は、西部一のガンマンそして保安官と名高く響いており――その名は、ライアット・ホープと言った。
注1:現代的なサングラスが大衆に普及し始めたのは1929年らしいですが、細かいことは気にしないでください!
注2:アリゾナ州=カリフォルニア州の東隣でメキシコと接しています。1908年設立の連邦捜査局(FBI)でも無いに州をまたいで活動しているのは変ですが、妖怪が出てくる変な西部劇なので気にしないでください!
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