第15話 女の武器
早撃ち大会で活気あふれるニューデンプションのなか、ゴキブリ的な嗅覚で人気のない場所を見つけ出したジョンは、コソコソとタマモにこう尋ねる。
「あのさ。ちょっと聞いときたいんだけど。洗脳ってどうやるつもりだったんだ?」
『このバカ狐が今後も起こすであろう数々のトラブルを最小限に収めるために、こいつの持っているカードを把握しておこう』と言う心づもりでそう尋ねたジョンに対して――
「む? 何じゃ? よせよせ、貴様に
ケラケラ笑うタマモに対して、ジョンは満面の笑みでこう言った。
「は? アホか? 俺はお前のずさん極まる計画|(笑)について採点してやろうって言ってんだよ?」
「貴様のその愉快極まる思考について今すぐにでも
「お前はどれだけアホを上乗せすれば気が済むんだ? バベルの塔でも建設するつもりなのか? お前の洗脳とやらは俺から力を吸い取って
そう言って仰々しく心配した風な顔をするジョンに対し、タマモは『自分が真に力を取り戻した暁には、この下等生物が見たことも聞いたこともない地獄を体験させてやろう』と思いつつ、額に何本もの青筋を浮かべながら満面の笑みでこう答える。
「そうじゃの。
「おう、頼むわ」
ジョンのぞんざいな返事に青筋を1本増やしながらもタマモは解説を始める。
「そうじゃの。先ずは一口に洗脳と言っても手段や深さで分ければ色々ある。
「魅了?」
「うむ。大人の
「マジかよスゲェな。やりたい放題じゃねぇか」
「かかか。まぁ傾国の大妖なればその程度はできぬとな」
ジョンの素直なリアクションに、タマモの額の青筋は3本消える。
「しかし、その程度なれば、貴様らの中にでもチョロチョロおるであろう? 俗に言うカリスマがある人間と言うやつじゃ」
「あーうん。まぁ……な?」
そう言うジャンルの人間がいることは知っているが、根っからのヘタレの小物であるジョンとしては、そう言った人間に出会っても嫉妬心やら懐疑心が先に出てきて素直に見れたことは無い。
「まぁ、そ奴の中には天然物と計算ずくでやっている者がおろうが、
「んーインチキ宗教者とかが信者から金を巻き上げるマニュアルみたいなもの?」
「まぁ、おおむね似たようなものじゃな。
ひっっっっさしぶりに、自分の特異分野をひけらかす事が出来ているため、タマモの額から青筋がもう2本消える。
「しかし、単なる魅了にはそこまで強力な力はない。貴様とて行きずりで合った少し好みの
「おっ……おうっ! 俺は鉄の理性を持つ男だっ……ぜ!」
ジョンの脳裏にタマモと出会った時の事や、ハカンの妹と出会った時の事がありありと思い浮かんだが、彼は鋼の意思でそう言い切った。
「…………………」
「…………………」
コホンとタマモは咳払いを1つして、先ほどの質問をなかったことにして話を続ける。
「要するに、魅了される側の性質も重要という事よな。この町におるような悪党どもならば、リスクや道徳なぞに大した価値は置いておらぬじゃろう。そう言うやつらに対しては魅了が深く入れば入るほどに、こちらの都合の良いことを聞かせやすくなると言う話じゃ」
「ん? ならこの町の奴等には魅了が効きやすいと言う話か?」
「んー。まぁ、効きやすさを左右するのは、道徳と言うよりは理性じゃな。
タマモは「本題から外れる故、詳しくは説明せぬが」と言って先を続ける。
「要するに、魅了程度では、それがかかった対象の不利益となる行動をとらせることは難しいという事じゃ」
あらゆることでタマモに近い対象であるジョンは、その言葉を聞いて『そう簡単には鉄砲玉の使いになることは無いな』とそっと胸をなでおろす。
「そして、その発展形と言えるものが洗脳じゃ。これを深く効かせることが出来れば、対象にとって不利益な事、例えば死ねと言っても喜んで死ぬようになる。
まぁ、貴様らであれば薬物や拷問などを使ってやるが、
視線・吐息・仕草・
ニマリとそう嗤うタマモに、ジョンの背筋がブルリと震える。
(あっれ? やっぱこいつ特大の爆弾じゃね? 俺に制御できる品物じゃなくね? ってか、ハカンは既に魅了されてんじゃね?)
自分の迫力にジョンが気圧されていることをニンマリと観察したタマモの額には、もう1本も青筋は残っていなかった。
「か・か・か。どうした下僕?
タマモはゆったりとした動作で、ジョンを下からのぞき込みそう尋ね――
「こんな人気のないところにその様な少女を連れ込んで何をやっているこの変態」
「……っち」
ようやくこのバカに自分の偉大さを分からせられるという所で邪魔をされたタマモは、背後からかけられた声に不機嫌そうに振り向いた。
そこには――
「ほう。
タマモは興味深げに自分の頭ごしに銃を突き出している人間を観察する。
少女は茶色のロングコートに黒のカウボーイハットと言うスタンダードなカウボーイファッション、身長はおよそ5フィート(152㎝)、少しウェーブのかかったくすんだ長髪のブロンドを無造作に背中にたらし、キリリと引き締まった顔をしていた。
「珍しいか? だが、弾丸に性別などはありはしない」
硬い口調でそう言った少女の胸に、真新しいバッチが2つ輝いているのが、タマモの目に留まる。
そのバッジの意匠は先ほどのポスターに書かれていたものと同じものであり、タマモは少女が大会の参加者であろうと推測した。
「かかか。うむ、それは道理よな。
いや助かった! カメムシ以下のド低能でゴキブリ以上に不快な鬼畜ド外道ド変態に絡まれて難儀しておったのじゃ」
「あ……うっうん? ……そっ……そうだったのか」
カラカラと笑う目の前の幼女のあまりの言い方に、少女の声はほんの少し動揺し、その変態の姿を改めて確認しようとして――
「……え?」
少女がほんの少し自分が助けた幼女に意識を向けた間に、銃口の先にいたはずの変態は影も形もなく消え去っていたのだった。
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