The 3rd/ナインテール・meet・ガンマン(九尾、ガンマンに出会うの巻)

第14話 ウェルカム・トゥー・ニューデンプション!

 タマモの命令によりこの大地の神と交信するために、ハカンと親交のある部族の居留地に行くことにした一行だが、運よく生き残っていた蒸気自動車は数時間もしないうちにその寿命を終えてしまった。

 荒野のど真ん中で立ち往生する羽目になった3人だが、このまま干からびるのを待つわけにはいかず、右膝の負傷により歩行が困難なハカンを置いて、タマモとジョンは近くの町まで足を探しに行くことにした。


「ほれほれ、とっとと歩かぬか下僕1号よ」

「こっのクソ……」


 頭の上から掛けられる無責任な声に、ジョンは人間見た目だけじゃダメだという事を再確認していた。


(まぁ、そもそも人間じゃねーしなー)


 額から流れ落ちる汗をぬぐう事さえ出来ずに、ジョンはそんなことを考えながらフラフラと歩を進めていた。

 考えてみれば昨日は徹夜で追いかけっこやらドンパチやらやった後での強行軍だ、ふらついてしまうのも仕方がない。


「そういやお前、アイツになにやってたんだ?」


 ジョンは蒸気自動車が何とか息を吹き返さないか健気な努力を重ねていた時に、タマモがハカンに何やら怪しげな事をやっていたことをふと思い出したジョンはそう尋ねる。


「んー。まぁ貴様ら人間の真似事じゃよ。貴様らはわらわに比べれば哀れなほどの呪力ちからしか持たぬが、それ故にそれを最大効率で生かそうと涙ぐましい努力を重ねておったからのう」


 頭の上から聞こえる小難しい声に、ジョンは『そーなのかー』と、思考を放棄した。

 つまるところは怪しげなまじないという事だろう。


「ほーん。上手くいくといいなー」


『そうしてとっとと合流して自分を楽にしてくれ、まぁ期待なんて微塵もしちゃいねぇがな!』と言う思いがありありとこもった生返事に、ジョンにおぶさっているタマモは満面の笑みでジョンの頭にガシリとかぶりついた。



 ★

 


「つっ……着いた」


 タマモのナビゲートにより町へ到着したジョンは、入口をくぐった途端にふにゃふにゃとへたり込んだ。


「なんじゃ、なさけないのう」


 タマモは、そんなジョンを無視してぴょんと身軽にジョンの背中から飛び降りる。

 町に入ってきた奇妙な2人組に、付近にいた住人が声をかけて来た。


「おいおい、アンタたちまさか歩きでここまで来たってのか?」

「まぁの、ちと訳アリでの」


 足を動かしたのは俺だけじゃねーか。と言う怨嗟の声を無視して、タマモはその男ににこやかに話しかける。


「ところで、そこなお主、この町はニューデンプションじゃな?」

「ああそうさ、悪名高き悪徳の町、荒野の荒くれ者たちが集まる背徳の都、ニューデンプションとはここの事さ」


 男はそう言ってニヤリと微笑み、タマモを目定めするように上から下までじろりと見たあといたずらっけにこう続ける。


「ははっ、嬢ちゃんみたいな別嬪さんだとあっという間に人買いにさらわれて変態どもの慰み者だぜ? どうだい? 俺をガイドに雇わないかい?」

「んー。まぁ変態ならもう十分に間におうておる故な。それに残念ながら今の所わらわたちは無一文じゃ」


 タマモはけらけらとそう笑う。


「はっなんだ、強盗にでもあったっからここへ逃げ込んできたってのかい?

 だったら酒場にでも行ってみるんだな、感動のご対面が出来ると思うぜ」


 タマモ達に金がないと分かった時点で興味を失ったのか、男はひらひらと手を振ってどこかへ歩き去っていった。


「って、ニューデンプションなのか⁉ ここ⁉」


 ニューデンプションは合衆国憲法の及ばない不法地帯。その悪名は響き渡っている。


「かかか。そのようじゃのう」


 予定通りとすました顔で言うタマモに、ジョンは顔を青ざめながら懇願する。


「だめだ、悪い事は言わねぇ、今すぐ他の町に行こう」

「そんなことを言ってものう、ここから歩きでじゃと、数日はかかるぞ? それまで飲まず食わずでやっていくつもりかえ?」

「う……ぎ……」


 ニヤニヤとそう嗤うタマモに、ジョンはギリギリと歯ぎしりをする。


「かかか。傾国たるわらわとこの町はすこぶる相性はいい。貴様はわらわの言うことに従っておけば問題なぞありはせん」


 そう言って起伏の少ない胸を張るタマモに、ジョンは『ホントこいつ見た目だけなら文句ないんだがな―』と思いつつ、タマモの背後に隠れるように背を縮めながらコソコソとついていった。



 ★



 悪徳の町の看板に偽りなしと言わんばかりに、通りを歩く男たちは誰も彼も凶相を浮かべてその腰には銃をつるしており、煽情的な格好をした女たちがケラケラと甲高い声で笑っていた。


「ひっ⁉」とジョンは何処からか鳴り響いた銃声に縮めた背中をさらに縮める。

 4.5フィート(約140㎝)程の少女の陰に隠れる6フィート(約177㎝)の男の姿に嘲笑が投げかけられるが、前を行く少女はこの町の空気を楽しむように緩やかにほほ笑んでおり、後ろの男はそんな声が聞こえないほどにビビり上がっていた。


 なんだか、奇妙な2人組が来た噂は直ぐに広がり、物珍しさに声をかけてくる人物も現れる。

 タマモは堂々とそれらと会話をしていたが――


「なぬ? もう始まっておるとな?」

「はっはー。そうかい嬢ちゃんはそいつの見物に来た酔狂な観光客ってわけかい!」


 素っ頓狂な顔をするタマモに、周囲の人間はゲラゲラと品のない笑い声をあげる。


「おっおい、どうしたってんだ?」


 ビビりモード全開で、話なんて欠片も耳に入っていなかったジョンは、ひそひそとタマモにそう尋ねる。

 だが、それに答えたのは周囲の人間たちだった。

 彼らは馬鹿にしたような目でジョンを見ながら、近くにあったポスターを指さしこう言った。


「そりゃもちろん、この町最大のビッグイベント。年に一度の早撃ち大会だぜ。

 まぁお前みたいな腑抜けには一生縁のないイベントだろうがな」


 腹を抱えて大笑いするギャラリーの視線から隠れるように、ジョンはへらへらと愛想笑いを浮かべつつも、しっかりとタマモの背後をキープしていたのだった。



 ★



「むぅう。少々計算が狂ったのう」


 珍獣見物に飽きたギャラリーが離れた所で、タマモは眉根を寄せつつそう呟く。


「計算……ってなんだよ。もしかしてお前、出るつもりだったのか?」

「この阿呆あほうが、傾国の大妖たるわらわが、何が悲しゅうておもちゃで遊ぶ見世物にならねばならぬ」


 タマモはそう言って頬を膨らませる。まぁ今のタマモは見た目通りの少女でしかない。なんの訓練もしたことの無い小柄な少女では、早撃ちどころかホルスターから銃を引き抜く事すらおぼつかないだろう。


(まぁ、駄肉おとな状態のこいつなら、その程度はあくびが出るほど楽勝だろうがな)

 と、ジョンは九尾の狐としての力を取り戻したタマモを思い出す。

 目にもとまらぬ速度? で数十ヤードを移動する脚力。

 蒸気自動車を片手でぶん投げる大型クレーンじみた腕力。

 挙句の果てに腕の一振りで、二階建ての屋敷を敷地丸ごと更地にする破壊力。


(おまけに銃弾も効かないとなれば、早撃ち大会の存在理由自体なくなるなー)


 と、ぼんやり考えていたジョンは恐ろしいことに気が付いた。


「おっ……お前、もしかして俺を出場させる気だったの……か?」

「は? 当然であろ? 下僕は飼い主のために働くものじゃぞ?」


 え? なんでこんな分かりきったことをいちいち説明しなきゃいけないの? と言った風に小首をかしげるタマモに、ジョンは周囲の注目を浴びないように小声でタマモにこう叫ぶ。


「あほかー! 俺が早撃ち勝負なんて出来るわけないだろ⁉」


 確かにジョンの銃さばきは父親からの長年の拷問訓練により平均をはるかに凌駕するが、生来のヘタレ故にその対象は無機物限定だ。

 だがここは悪徳の町、みんなで横に並んで空き缶めがけてパンパン撃つなんて牧歌的な風景が描かれるとはとても思えない。


「はっ。貴様が箸にも棒にも掛からぬ小心者だというぐらい、わらわも把握しておるわ」


 タマモはそこまで言った後、愉快な遊びを思いついたような顔をしてささやいた。


「じゃが、わらわは九尾の狐じゃぞ? 貴様を洗脳し、その絶望的なほどの小物根性を、死も恐れぬ勇者へと書き換えてやることなぞ朝飯前よ」

「ひっ⁉」


 ニヤニヤとそう嗤うタマモに、ジョンは自分の脳みそに手を突っ込まれていじくりまわされるイメージが思い浮かび、目にもとまらぬ速さで数ヤード単位後ずさるが――


「ん? けど、今のお前にはそんなことは出来ねぇんだよな?」

「………………」


 ジョンの指摘にタマモは無言で視線をそらす。


「洗脳なんて高度な真似が出来るのは、お前が駄肉おとな状態になった時だった筈だ。そんで、お前が駄肉おとな状態になったのなら、俺みたいな小物をちまちま操るよりも、主催者を直接洗脳しちまえばいい」


 ジョンの指摘に、タマモは視線をそらしたままタラリと一筋の汗を流す。


「お前……まさか、そのずさんな計画はこの前のテンション爆上げ状態のときに考えたんじゃねーんだろーな?」


 ジョンの指摘はそのものズバリだった。

 先のウィンチェスター牧場での決闘の際――


『ちょっと手加減間違えてしもうたが、結果オーライじゃ! ここまで無茶苦茶にやってしもうたからには、もうこんな田舎町には居られんであろう!

 あ? そう言えば確か近くでなんか派手な催しがあるってどっかに書いてあったな! ちょうどいいからあのバカをちょっとは使える駒にするついでに賞金もらってウハウハじゃ!』


 等という事を、ノリノリで有象無象を塵にした大人状態で考えていたせいか、自身のスペックもその状態を基準として計画を立ててしまっていたのだ。


「…………え? マジ?」

「………………………」


 こうして早撃ち大会でヒートアップしている悪徳の町ニューデンプションに、無力な少女と人間に銃口を向けれない小物が紛れ込んでしまったのだった。

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