第11話 月下を駆ける

「はいはい、持ってきましたよタマモさん」


 いったん家に帰ったマーガレットは、タマモからのオーダーであるビーフジャーキーを持って保安官事務所のドアを開けた。


「って、あれ? タマモさーん。持ってきましたよー」


 事務室で新聞を読むのに飽きて奥に引っ込んだのかと、マーガレットはあちこち探し回ったが、お目当ての少女の姿は見当たらなかった。


「まったく、せっかく人が持ってきてやったってのに」


 マーガレットはぶつくさ呟きつつ、事務室に戻ってさっきまでタマモが座っていた椅子に腰かける。

 ビーフジャーキーを机に放り投げるついでに、マーガレットの目に留まったのは先ほどまでタマモが目を通していた新聞だった。


「……ん?」


 乱雑に置かれた新聞の山、それにはマーガレットには見覚えのない文字でチョロチョロとメモ書きが成されていた。

 始めは『タマモさんも勉強熱心ね~』とぼんやりとそれを追っていたのだが……。


「……って、これって、あの?」


 メモ書きをたどっていったマーガレットの目に映ったのは6.5フィート(約200㎝)のインディアンと思しき男が強盗未遂をしたと言う記事だった。


「あれって、元ネタあったんだ」


 昼間にジョンから聞かされた、ウィンチェスターの牧場荒らしの犯人。それと一致する犯人像に、マーガレットはぶるりと背筋を震わせる。


「え? いやまさか、元ネタと言うか……」


 マーガレットの脳内で6.5フィート(約200㎝)の残忍かつ凶悪なインディアンとジョンが戦っているイメージが思い浮かぶ。


「いや、ダメでしょ。あのバカが勝てるわけない」


 ジョンの幼馴染であるマーガレットはジョンがどれだけヘタレなのかはよく知っている。

 銃の腕だけは一人前だが、それも対象が無機物の時限定だ。

 胸騒ぎを覚えたマーガレットは居ても立っても居られずに、保安官事務所を飛び出したのだった。



 ★



 月夜の下を1頭の馬が疾走する。


(復讐だ。一族の復讐を。オレにはそれしかない。それだけでいい)


 ザリザリと脳内に木霊するナイラいもうとの声を振り切るように、ペイルライダーは撃ち放たれた矢のように馬を走らせる。


 そして、丘の向こうにウィンチェスターの屋敷の灯りが見えてきたところだった。ペイルライダーの耳に背後から別の蹄の音が聞こえて来た。


「おいコラ! ちょっと待て!」

「うるさい! 邪魔をするなッ!」


 左後ろからかけられた声に、ペイルライダーは反射的にそちら側に銃を向けようとして――


「くッ!」


 左側へ振り向くためには、右膝で馬体をロックしなければならない。

 痛めた右膝に瞬間的に体重がかかり、ペイルライダーはバランスを崩しそうに――


「そこだッ!」


 狙い通りの展開になったジョンは、先ほど拾ったロープをペイルライダーに投げつける。


「ちッ⁉」

「はっ! こちとらクソ親父にアレコレ仕込まれてんだよッ!」


 ペイルライダーの上半身に投げ縄を通す事に成功したジョンは、一気にそれを締め上げるとともに、馬を方向転換させる。


「ぐッ⁉」

「ってどわッ⁉」


 ペイルライダーを馬上から振り落とす事には成功したジョンだったが、その勢いは想定以上のものだった。ジョンはペイルライダーロープに引きずられるように、馬上から振り落とされた。



 ★



「いってててて」


 地面を何回かバウンドしたジョンは、それでも自分の右手にロープがあることに安どした。


「あのバカは……」


 ジョンの視線がロープをたどると、その先には自分と同じく大地に横たわるペイルライダーの姿があった。


「おい、起きろバカ」


 そう言ってロープを引くジョンだったが、6.5フィート(約200㎝)の巨体はピクリともせずに横たわったまま。


「……って。えっ? もしかしてやっちゃった?」


 投げ輪によって受け身を取れないままに疾走する馬から振り落とされたのだ。打ち所が悪ければ首の骨を折っていたとしてもおかしくはない。


「え? やばっ。ナイラちゃんになんて言おう」


 自分を信頼してくれた超絶美少女SSRロリの顔が第一に思い浮かんだジョンは慌ててペイルライダーに駆け寄り――


「ふッ‼」

「ってあぶねぇ⁉」


 死んだふりをしていたペイルライダーのケリを反射的にかわしたジョンは改めてロープを引き締める。


「……ぐッ」

「……ぐッ。じゃねぇよこのバカ! やられるなら大人しくやられとけッ!」


 ジョンは鼻息荒くペイルライダーから銃を奪い返そうと近寄った、その時だった。


「「⁉」」


 ドルンと言うエンジン音と共に、2人へと月明りとは違う強烈な光が灯される。


「なっ……なっ?」


 突如浴びせられた強い光に、ジョンは目を細めながら光源へと視線を向ける。

 そこには、光源を背後に数人の影があった。

 眼をしばたたかせそれを眺めるジョンに、影から声がかけられる。


「いやいや、まさか君がこれほどまでに優秀だとは思わなかったよ」

「って、その声は……」


 自分に向けられる蒸気自動車(注1)のライトによってその顔は確認できないが、向けられた声は自分をこんな事に追い立てたウィンチェスターの声だった。


(やばッ⁉)


 ジョンは自分の、否、自分たちの状況を振り返る。

 まず何よりも優先すべきは超絶美少女SSRロリのお願いだ、その願いは自分の兄であるペイルライダーを生還させること。

 それに対して、目の前にいるのは多数のガンマンを引き連れたウィンチェスターである。ロープで上半身を拘束されたペイルライダーには、仇討ちを果たすどころか生還は100%不可能だ。


 どうしようもない状況を何とかしようと、ジョンは必死になって足りない脳みそをフル回転させるが、そうそう都合のいい案は思いつかない。


(くそっ! ペイルライダーこのバカの話が確かならば、奴はインディアンの命なんて虫けら程度にしか思ってない人間だ! 身動きが出来ない奴を見逃すなんてことは考えられない! ちくしょう! どこのどいつだペイルライダーを縛ったのは! 俺だよこんちくしょう⁉ ってさっきからペチャクチャうるせぇなあのウィンチェスター中年デブはッ‼)


「という訳だ、君たちはここで死んでもらう、運がなかったと諦めてくれ」

「えっ⁉ ちょ! たっ! たんま! たんまプリーズ!」


 起死回生の妙案を探るのにいっぱいいっぱいで、ウィンチェスター黒幕の話を聞いていなかったジョンは突然の死刑宣告に狼狽する。


「は? 君も自分の立場は分かっただろう?」

「さっせん! 全く話聞いてませんでした! もっかい! もっかいお願いしゃすッ!」


 何故か知らないが、ペイルライダーどころか自分の命も危ないと言われ、ジョンは全力で懇願するが、傍目に見ればどう考えても全力で煽っていくスタイルだった。

 冥途の土産にとぺらぺらと上機嫌で喋っていたウィンチェスターは、笑顔のままでこめかみに青筋を浮かべる。


「もういい、やはり君は噂通りのただの出来損ない――」

「かかか。そ奴は別に大したことは言っておらぬ。聞き返す価値などあるまいて」


 ウィンチェスターが配下の者に号令を出す寸前だった。

 闇の中から響いて来たのは、年若い少女特有の鈴のような声色でありながら、毒々しいほどに色気を帯びた声だった。


「なっ、何者だ⁉」


 闇の中より現れた異物に、ウィンチェスターはせ奇妙な悪寒を感じつつそう尋ねる。


「かかか。問われれば答えて進ぜ……いや、白人貴様らに名乗っても反応ないしのう」


 テクテクと自然な様子でジョンの隣まで歩いて来たタマモは、ジョンとマーガレットに出会った時を思い出しドンヨリと瞳を濁らせる。


「た! タマモ! いやタマモ様! どうかお助けをーーーっ!」


 思ってもない援軍に、ジョンはタマモの足に縋りつき涙を流しつつ懇願する。

 自分の契約者の無様極まりない姿に、タマモはゴミを見る目で見下ろしつつ、大きく深い溜息を吐く。


「タマ……モ? いやそうか、報告にあったな」


 数日前の貿易会社籠城事件で保護されたという正体不明の少女。その名がタマモだった事をウィンチェスターは思い出す。

 闇の中より現れた存在が、血肉持つ存在である事を認識したウィンチェスターは、先ほど感じた悪寒を、不意を突かれたためだと判断して余裕を取り戻す。

 そう、冷静になって見てみれば、間抜けな保安官ジョンがしがみついているのは高々4.5フィート(約140㎝)程の少女に過ぎない。そんなか弱い存在に何が出来るという事もない。


 そうやってしたり顔を浮かべるウィンチェスターに、タマモは興味なさげにこう言った。


「まったく、はるばる海をまたいだとて、人間貴様らの生態は変わらぬのう」

「……なに?」

「はっ。自分にとっての不都合を隠すために、他のものを貶め利用し、闇に葬る。

 かかか。大陸でもあの島国でも飽きるほど見た光景じゃ」

「貴様……なに、を?」

「かかか。いやいや、別にそれをとがめている訳ではない。わらわは闇よりいずるモノじゃ、その腐臭はこれ以上なく心地よい」


 そう言って、闇の中より現れた存在は、ニタリと口を三日月に曲げる。


「なっ……なん」


 小柄な少女から醸し出される得体の知れない雰囲気に、ウィンチェスターの背筋が間違えようのないほどにゾワリと震える。


「ふん、まぁそうは言っても、わらわしもべに害をなしていいのはわらわだけじゃ」


 タマモはそう言うと、涙と鼻水を垂れ流しながら自分の足にしがみつくジョンをチラ見して――

 はぁ、と、もう一度大きくため息を吐いてから、ジョンの髪の毛を無造作に掴み自分の足から引き離して――


「仕方ない、力を貸してやるから力を寄越せわらわしもべよ」


 口付けをした。


『な……ん……』


 その場にいたジョン以外の者は言葉を失った。

 少女がジョンに口付けをした瞬間だ、不可視の……何か物凄い力が少女を中心に巻き起こり、瞬きの間に4.5フィート(約140㎝)程だった少女は、5.6フィート(約170㎝)程の妖艶なる美女へと変貌したのだ。


「……きつ……ねトカ……ラ?」(注2)


 美女の頭から生えている1対の笹穂耳と、腰から伸びる豊かな1本の尾を見て、ペイルライダーは呆けた様にそう呟く。

 成人体へと変化したタマモは、用済みとなったジョンを無造作に放り投げると、しかして再度、大きなため息を吐く。


「はぁ。まったく、力づくというのは美しくないし趣味でもないのじゃがのう。

 やっぱりこう、傾国の大妖たる九尾の狐的には、御簾みすの奥から人心を惑わし――」


 タマモのボヤキは雷鳴の様に鳴り響く銃声によって遮られる。


「うッ! 撃て! 撃ち殺せッ!」


 ウィンチェスターが血走った目で部下たちに号令を掛けたのが早いか、恐慌状態に陥った部下たちが撃ったのが早いか。どちらにしても、タマモに向けて絶え間ない銃撃が浴びせられた。


 やがてカチカチと言う撃鉄を空打ちする音が月夜の荒野に鳴り響く。

 そして、一陣の風が荒野を覆った硝煙の幕を静かにめくり上げた。


「か・か・か」


 引き金を引き続ける彼らの希望は白煙と共に霧散した。


「さぁあて? わらわに楯突いたからにはそれなりの覚悟があろうよの?」


 超常の存在は、赤い目と牙を輝かせニタリと嗤ったのだった。



注1:アメリカにおける自家用車の黎明期と言えば1894年に発表されたガソリン車のホースレス・キャリッジ(馬なし馬車)から始まり、自動車大衆化の象徴であるフォードT型(1908)ですが、自動車における動力源の歴史としては蒸気(1769)→電気(1777)→ガソリンと言った流れだそうです。

蒸気・電気ともになんやかんや欠点があって、動力源競争を制したのは言わずと知れたガソリンですが、フォードT型が出てくるまでは蒸気自動車が主流だったそうです。


注2:狐をTokala(トカラ)と呼ぶのはダコタ・スー族(ミネソタ州:五大湖であるスペリオル湖の西側でカナダに隣接)で、カリフォルニア州からはだーいぶ離れているのですが、ペイルライダーの設定である部族(ユーマ語族)で狐を何と呼ぶのかどう調べても出てこなかったので代理として使用してます。

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