第10話 美少女のお願いは何よりも優先される
「あれ? あのバカまだ帰って来てないんですか?」
夜半、用事のついでにふらりと保安官事務所に顔を出したマーガレットは、退屈そうに新聞を読んでいるタマモを見てそう言った。
「その様じゃの」
タマモは大きなあくびをしつつそう返事する。
「ったく、あのバカ自分の立場が分かってるのかしら」
3日以内に牧場荒らしを見つけられなければ保安官を首になる。
それが本当か嘘かなどどうでもいい、町民の中ではそれは真実として受け止められていた。
保安官としての仕事をろくにしないただの変態に、何時までもバッジを預けてはいられない。
その下地がある以上、たとえそれがウィンチェスターが仕掛けた罠だとしても、町民たちは喜んでそれを受け入れるだろう。
苛立ち気に爪を噛むマーガレットに、タマモはケラケラと笑いながらこう言った。
「かかか。
ジョンが保安官を首になるという事は、この町から自由になるという事だ。
自分が一刻も早く
タマモはそんなことを考えつつ新聞に目を通す。
政治・経済・地理・歴史etc。
この国についての知識が不十分なタマモにとって新聞は宝の山だった。
(まぁ、本当はインディアンとやら側の情報が欲しいところじゃがの)
タマモは保存食としてしまわれていたビーフジャーキーをかじりつつそんなことを考える。
新聞に書かれている事を
白人の間にも神はいるようだが、それはあくまでも白人と共に持ち込まれた外様の神だ、そんな存在に龍脈の力をタマモに適した調整をするような力は持っていないのは確実だ。
(何とかして、インディアンとやらとコンタクトを取らぬとな)
この町にもメイドや使用人としてインディアンは居ることは居る。
だが、基本的に彼らは用心深く口が堅く、怪しげな身元不明の少女である自分ではその殻を破って内部に入るのは困難だった。
(むぅ。
と、タマモは口をへの字に曲げる。
タマモが全盛期の時の力が出せれば、ただの人間など容易く操ることは出来る。洗脳や幻覚を見せることなど息をするより容易いことだ。
だが、残念ながら今のタマモは見た目通りの少女でしかない。
苛立ちを隠さないままに、バリバリとビーフジャーキーをかじるタマモに、マーガレットが恐る恐る声をかける。
「あっあの~。あのバカはいつ戻るとか言ってました?」
「さての。まぁ死んではいないようじゃがの」
そう言って、チラリと東の方へ視線を向けるタマモに、マーガレットは小首をかしげる。
「あれ? タマモさんは。あのバカの現状分かるんですか?」
「まぁの。妙な契約をむすんでしまったせいで詳しくは分からんが、おおよその場所と生死ぐらいはなんとかな」
そう言ってタマモはビーフジャーキーが入っている袋に手を伸ばし――
「おい、小娘。無くなったぞ、代わりをよこせ」
と慇懃無礼にマーガレットに言ったのだった。
★
パチパチと焚き火がはぜる音がするテントの中、馬車にひかれたカエルの様に地面に這いつくばるジョンに向け、ペイルライダーはジョンから奪った銃の引き金を引こうとし――
「ふん、無駄弾を使う価値もない」
そう言ったペイルライダーは、ナイラが自分を見つめているのを無視して、くるりとテントの出口へと歩を進める。
「待って!」
「オマエが何を言おうと関係ない、部族の仇は取らなくてはならない」
その言葉をテントの中に残し、ペイルライダーは振り返る事無く、夜の闇へと消えていく。
(たっ助かった~~~)
ペイルライダーに踏みつけられていたジョンは、地面に伏せたままほっとため息を漏らす。
(何とかこの場は乗り越えれた。アイツはまぁ十中八九無駄死にするだろうが、そんなことは俺の知った事じゃねぇ)
と、立ち上がろうとするジョンに声がかけられる。
「助けてください!」
「……ほぇ?」
「兄を……。兄を助けてくださいッ!」
「うにゃ?」
立ち上がる途中で四つん這いになったままのジョンの目に映ったのは、真珠のような涙を流す美少女の姿だった。
「麗しい黒髪の
ジョンは瞬時に少女の前にひざまずき、彼女の目から流れ落ちる涙をそっと指で拭った。
「それじゃあ!」
「ふっ。俺の名はジョン・サイランド。全世界の
白い歯をキラリと光らせそう言ったジョンは、少女の頭にポンと手を置いた後、颯爽とテントから出ていった。
★
「……ってどうすりゃいいんだ?」
テントから出て2歩、ジョンは途方に暮れていた。
もはやどこを見てもペイルライダーの影も形も見えず、視界に映るのは月光に照らされた岩山だけ。
「……しかし、あの野郎も足を痛めていた筈だが?」
自分の目が正しければ、ペイルライダーは右ひざをかばった動きをしていた。
あの様子ならば、今しがた出ていったばかりで後ろ姿さえ見えないというのは不可思議な事だった。
「約束……しちまったからなぁ」
赤の他人との約束なんてどうでもいいと言えばどうでもいいが、その相手は
別に自分を殺そうとしたペイルライダーが死のうが生きようがどうでもいいが、それで彼の妹である至高のロリっ子との関係が絶たれてしまうのは少し惜しい、否、非常に惜しい、否々、筆舌に尽くしがたいレベルで惜しい。
そう思い、少しばかり速足で町の方へと歩を進めるジョンの目に映ったのは――
「ん?」
それは、岩場の陰に隠れるように繋がれた一頭の馬だった。
「なんで、こんな所に?」
はて? とジョンは小首をかしげる。
ペイルライダーを追ってここまで来た時にはこんな馬は居なかったし、追跡に夢中になっていたとしても流石にこれを見逃すとは思わない。
「もしかして、
4フィート半(140㎝)しかない少女が出来るわざじゃないなと、自分で言っておいてそう心の中で突っ込みつつも、せっかくなんで使わせてもらおうと、馬に近づいたジョンは付近に落ちていた一本のロープを拾い上げる。
「……もう1頭いたのか」
どこの誰のものかは知らないが、ここには最初2頭の馬がいて、その内の1頭はペイルライダーが盗んでいったのだろう。それならば、足を痛めていた筈のペイルライダーの姿が見当たらないのにも納得がいく。
「んにゃろう。
ジョンはそう言いつつ、持ち主不明の馬に手慣れた動作で飛び乗り、町へと向けて手綱を取る。
「――――」
みるみるうちに小さくなっていくジョンの背中、その様子を一人残された少女は静かに見つめていたのだった。
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