第9話 黒瑪瑙

 ついてこいと、ペイルライダーに銃口を突きつけられたジョンは、彼のテントへと連行される。

 インディアンのテントは内部で火を焚けるようになっており、夜闇の中でも焚き木の灯りで視界は確保できていた。

 そこでジョンが目にしたのは、ウィンチェスターの屋敷の簡単な見取り図だった。


「これに違いはないか?」


 ペイルライダーの問いかけに、ジョンは記憶を呼び戻す。

 ウィンチェスターの屋敷へまともに訪問したのは今回が初めてだったが、それはジョンの記憶と一致していた。


「そうだな。牧場からこう繋がって、でかい倉庫がこうあって……うん大丈夫だ。

 ……これは、お前が?」

「ああ、そのための偵察だ」


 ジョンは『すっげー目がいいんだなと』心の中でつぶやきつつ、見取り図を再度確認する。

 流石に屋敷内部までは書かれてなかったが、建物の配置は作戦を立てるに十分な精度だった。


(だけど、このまま流される訳にはいかねぇ)


 保安官である自分がインディアンに脅されるままに町の名士を殺す。

 そんなことをすれば間違いなく自分は終わりだ。

 いや、そもそもがたった2人で作戦を実行できるかが問題だ。


(昼間見たときは、結構居やがったからな)


 ウィンチェスターの元には秘書であるアーセナルを筆頭に、自分が確認できただけでも5人のガンマンが存在していた。


(常時そんな無駄飯ぐらい用心棒を抱えてるわけはないだろうから、恐らくペイルライダーこいつの行動は全て読まれていると考えた方がいいだろう。

 脛にきずを持つ人間が、インディアン虐殺なんて裏の顔を見せずに町の名士なんてやってたんだ、用心深さは人一倍だろう)


 ジョンは、自分をはめた人物ウィンチェスターの考えを想像しつつ、ペイルライダーの作戦を聞いていく。



 ★



「……は?」


 ペイルライダーの作戦を聞き終わったジョンは、そう間抜けな声を漏らした。

 そこには作戦と言えるほどのものは無かったからだ。


「いやいや、それじゃ無駄死にだろ?」


 ジョンにそう言われたペイルライダーはむっとした顔をしてこう言った。


「勝率など関係ない、オレは死んでも奴を地獄へと送る」

「いやいやいや、お前が死んだらそこで終わりだろ?」


 まさかこのインディアンは、俺がこいつの境遇に同情して敵討ちをしてくれるとでも思っているのだろうか?

 そんなもの、速攻かつ全力でウィンチェスターに媚びを売ってなんとか見逃してくれないか頼み込むに決まってる。


 そう小首をかしげたジョンに対して、ペイルライダーはニヤリと微笑みこう言った。


「ああ、当初の予定ではオレが1人で奇襲をかけるしか出来なかったからな。

 だが、オマエが来てくれたおかげで勝率と言うものを上げることが出来る」

「……え?」


 ジョンは猛烈に嫌な予感がするのを必死になって否定しようとしたが、ペイルライダーは意気揚々とこう語る。


「保安官と言うのはそれなりの権力があるのだろう? オマエを人質にとって奴の隙をあぶり出す」

「いやいやいやいやいや!」


 ペイルライダーの稚拙な策に、ジョンは全力で首を横に振った。


「無理! 無理だって無理! 俺は確かに保安官だが、奴にとっちゃ俺なんてただの町人Aモブだ! 俺を人質にしても奴は眉一つ動かさずに俺ごとお前を始末するって!」

「……む? お前たちは仲間ではないのか?」

「違う! 全然違う! お前たちは部族単位でまとまってたかもしれねぇが、あの町はそう言ったもんじゃねぇ!」


 これが、開拓第一陣の頃だったら話は違ったかもしれない。

 だが、あの町は開拓からおよそ20年の月日が経過している。住人達の仲が悪いとは言わないが、そこまでの結束力があるかと言われれば疑問符がつく。


(まぁ、ムカつくことに俺じゃなくクソ親父だったら話は別だったかもしれないが)


 ジョンの父親は開拓の初期メンバーにして、保安官を引退した今でもジョンとは違って人望厚い人間だ。

 そんな人間をインディアンと十把一絡げに始末したとなれば、ウィンチェスターの町の名士としてのイメージダウンは免れないだろう。


「兎に角駄目だ! 俺を人質に取るぐらいなら、お前が1人で奇襲をかけた方がよっっっっぽど勝率は高い! 間違いない!」

「……自分で言ってて悲しくならないのかオマエ?」

「うるせぇええええ! 分かっとるわそんな事ッ⁉」


 ペイルライダーの哀れみの目に、ジョンは涙ながらにそう叫ぶ。

 そして、息を荒げたジョンは、大きく一つ深呼吸してこう言った。


「やっぱ駄目だわ。取り巻きの何人かはやれるかもしれないが、オマエの牙はウィンチェスターまでは届かねぇよ」


 ジョンの冷静なその言葉に、ペイルライダーは牙をむく様に叫ぶ。


「ふざけるな! オレがここで諦めたら! 共に戦った友たちの魂はどうなる! 抵抗の術もなく無残に殺された家族の魂はどうなる!」

「そんなの俺に言われても分からねぇよ! 兎に角、無理なもんは無理だって!」


 恐らく、恐らくは、無理なことはペイルライダー自身が一番良く分かっているだろう。

 だが、彼の怒りと憎しみは、その程度の事では止まることが出来ないだろうことが想像できた。

 ペイルライダーは、自らの怒りで体がはじけ飛んでしまうのを抑えるように、自分の体をきつく抱きしめながらこう言った。


「オマエに何を言われようが関係ない。オレはオレの復讐をなして見せる」


 くっそこの石頭。なら1人で勝手に突っ込んで死ねばいい。

 と、ジョンがどうやってこの復讐鬼から逃げ出そうか考えている時だ――


 パサリと、テントの入口が開く音がした。


「「⁉」」


 その音に2人は素早く反応する。

 ペイルライダーは入口へと銃を構え――


「……オマエは何をやっている?」


 ペイルライダーは目にもとまらぬ速さで、自分の陰に隠れたジョンに向けてそう言った。


「あ……あぁ⁉」

「くっ!」


 瞬間移動じみた逃げ足を見せたジョンに気を取られたペイルライダーは、あわあわと目を見開いているジョンを見て、慌てて視線を入口へと戻す。


(まさか、ウィンチェスターやつが直接⁉)


 奇襲をかけるはずが、奇襲をかけられた。

 ジョンバカの異常な反応を見て、ペイルライダーはその可能性を第一に考えたが――


「――――」


 それを見たペイルライダーは一瞬意識が空白になったような気がした。

 そこにいたのは、黒いワンピースを身に纏った1人の黒髪の少女だった。


「―――あ」


 ペイルライダーは何かを言おうとして――


最上級SSRロリはっけーーーーーん!」


 とりあえず、奇声を上げて少女に飛び掛かるバカを叩き落とした。


「あっつぅううあぁああああ⁉」


 焚き木の上にもろに落下したバカを無視して、ペイルライダーは少女に話しかける。


「オマエ……は……」

「そうよ! 私はナイラよ兄さん! 復讐なんて馬鹿なことは止めて!」


 ナイラと呼ばれた少女は、薄っすらと目に涙を浮かべながらそう訴える。

 その声に、ペイルライダーは頭痛を押さえるように顔を手で押さえながらその訴えを否定する。


「だめ……だ。オマエが何と言おうと……オレ……は」

「馬鹿野郎!」


 歯を食いしばるようにそう言うペイルライダーに、罵声と共に拳が振るわれる。


「くっ! オマエっ!」


 ペイルライダーは自分を殴った犯人をギロリと睨み返し、銃を向けようと――


「ん~? お探しのものはこいつかな~?」


 犯人――ジョンは、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、これ見よがしに銃をふらつかせた。


「くッ! それを返せッ!」

「アホか! もともと俺のもんだ!」


 ペイルライダーの背後に隠れたついでに銃を取り戻したジョンは、再び奪われてはたまらないと、銃をホルスターに収め何時でもそれを抜ける様に構えを取りつつこう言った。


「お前の! お前の復讐ってのは! この超絶美少女黒髪ロリを悲しませてするものなのかよ!」

「つッ!」

「違うだろ! お前の! お前の進むべき場所は血と泥にまみれた復讐の道じゃない筈だ!」


 突然、最高級の黒髪ロリが現れた事に加え、あまつさえそれが無謀な戦いを止めるように言ってくれたことで、ジョンは絶好調にノリノリでそう叫びつつ、チラリと横目で少女を覗き見る。


 それはまごうこと無き美少女だった。

 長く伸ばした黒髪を一本の三つ編みにして背中にたらし。意思の強そうな少し濃い眉を悲しみを込め曇らせる、瞳の色も髪と同じ黒瑪瑙オニキスの様に夜の闇を掬い取ったような艶やかで神秘的な輝きを放ち、焚き火の灯りに照らされた赤い肌は瑞々しい薔薇の如く儚さと力強さを兼ね備え、身長はおよそ4フィート半(約140㎝)体重はおよそ80ポンド(約36㎏)、やややせ気味で触れれば折れてしまいそうな繊細な体つきをしていてつまるところ文句な――


「って! あづっああ⁉」


 チラ見の筈が、本能の赴くままにガン見していたジョンは、ペイルライダーが投げつけた焚き火が顔面を掠めて思わず体制を崩す。


「はっ、返してもらったぞ」


 力に物を言わせてホルスターごと銃を奪い取ったペイルライダーは、地面に突っ伏したジョンを踏みつけながら意気揚々とそう言ったのだった。

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