第8話 ついカッとなって

「ひっ! すみません! 聞きます! 何でも言うこと聞きます!」


 両手を上げて、涙ながらにそう叫ぶジョンに、ペイルライダーは満足げに頷き、傍らの岩に腰を掛ける。


「あっあの~出来ればそれを降ろしてもらえれば~」


 そして『あわよくば返してほしければ』と心の中で願いながらジョンはヘコヘコと媚びを売るが、勿論ペイルライダーは銃口をジョンに向けたまま話し出した。


「ウィンチェスターと言う男がいるな?」

「えっ? あっはい。まぁ居ますが」


 そもそもがアイツの所為でこんなことになっているのだと、心の中で歯ぎしりしながらジョンは頷いた。


「そう、アイツだ、あの男の所為で我が部族は全てを失った」


 ペイルライダーはメキリとグリップが軋みを立てるほどに握りしめ、呪いの言葉を吐き出し始めた。





 それは、スケールの代償はあれど、この新大陸ではよくある話であった。

 本来の住み慣れた場所からの、見たことも聞いたこともない遠い保留地への強制移動。

 約束された補償や、保護は全くと言っていいほど機能せずに、保留地は常に飢餓状態。

 そうして耐え抜いていたところ、運が悪い事にペイルライダーたちが押し込まれていた保留地に有益な地下資源があることが発見された。

 約束されていた食料の配給すらろくに行わなかった白人が、それを見逃すはずはない。

 行くも地獄、行かぬも地獄。

 度重なる条約やぶりに、ペイルライダーの部族は反乱を起こす。

 だが、その計画は当局に察知されていた。

 否、初めから反乱を起こさせるために様々な追い込みをかけられていたのだ。

 戦いに出た彼らを待っていたのは近代兵器で武装された合衆国軍だった。

 ペイルライダーたちもごくわずかだが銃器を所有していたが、他の大部分は良くて弓、悪ければトマホークやナイフなどの近接武器だった。

 それは戦闘ではなく、一方的な虐殺であった。


 その中でペイルライダーは運よく、あるいは運悪く生き残ってしまった。

 負傷し気絶した彼は、仲間の屍の山から這い出し、半死半生の身で保留地に帰った。

 そこで彼が目にしたものは、またしても屍の山だった。



 


 大地に呪いをしみ込ませるようにペイルライダーはとつとつと語った。

 だが、ジョンは自分に向けられたままの銃口が気になり、話の内容を半分も理解できていなかった。


(お……おわった……か?)


 話半分だったが、兎に角辛い目にあってきたという事は理解できた。

 とは言え、世界情勢や政治など全く興味がないのがジョンと言う男だ。

 そんな彼がインディアンに持っているイメージと言えば『この大陸に元から住んでるなんか良く分からん凶悪な人種』程度だ。

 ジョンは改めてペイルライダーを観察する。


 6.5フィート(約200㎝)の長身はしなやかに引き締まり、その運動能力は先ほど存分に味わった。

 そして、先ほどの話が嘘でないことは、体中に刻まれた傷跡が物語っている。


(……あの感じだと、戦いがあったのは4~5年前って所か?)


 インディアンなどめったに見たことないので、どの位の年齢かは良く分からないが、恐らくは自分と同程度だろうと予測する。


(ってことは、まだテ10代半ばの頃にそんなことになったのか……)


 ジョンは軽くそう同情する。

 その頃の自分と言えば――


(まぁ、その頃は俺もクソ親父に訓練ぎゃくたいされてたが、一応? 多分? 俺を殺す気は無かっただろうしな)


 と、ひっそりと過去のトラウマに背筋を震わせるジョンに、ペイルライダーは続きを語る。


「オレたちは受けた恩も仇も決して忘れない」

「……ん?」

「皆殺しだ、オレたちから全てを奪ったやつらを、暗い地の底へと突き落としてやる」

「ひッ!」


 どろりとした質量を伴うが如き殺気に、ジョンは背筋を粟立たせる。

 目の前のインディアンが本気なのはわかった。

 だが、不可能だ。たった1人で合衆国と戦えるわけがない。


「第七騎兵連隊ウィンチェスター小隊。それが仇の名だ」

「なぁ……え?」 


 なんとか思いとどまらせよう、もとい、自分をまきこまずに1人でやってくれとジョンが説得を試みようとした時だ、ペイルライダーは改めて銃口をジョンに突きつけそう言った。


「……ウィンチェスターって、あの?」


 自分が知るウインチェスターと言う人物は、こんなことに関わる羽目になった原因であるアイツしか知らない。


「そうだ。奴はオレたち一族の仇だ」

「う……ひ」


 告げられた言葉に、ジョンは二の句が告げなくなる。


「戦士が戦いで死ぬのは定めだ、だが奴は戦えない女子供すら皆殺しにした」


 ペイルライダーは死神のような顔でそう言った。


「オレたちは恩も仇も決して忘れない、奴は必ず地獄へ落とす」


 ペイルライダーの覚悟に、ジョンはウィンチェスターの好々爺然とした顔を思い出し――


(何やらかしてんだあのクソジジイ! 俺を巻き込むんじゃねぇよ⁉)


 と、心の中で悪態をつき、恐る恐るペイルライダーへと尋ねた。


「じゃっ、じゃあやっぱりウィンチェスターの牧場荒らしをしたのは……」


 それを聞かれたペイルライダーは忌々しそうにこう吐き捨てた。


「最初は、偵察だけのつもりだったのだがな……」

「あほかー! やるなら一発で奇襲して仕留めんかー! わざわざ敵の警戒を高めてどうすんだー!」

「う……む」

「ついカッとなってじゃねぇんだよ⁉ オマエが一発でケリをつけててくれれば俺がこんな危ない橋を渡らなくてもすんだじゃねぇかッ!」


 ジョンはついカッとなってペイルライダーへ言いたい放題に不満をぶちまけた。だが、ペイルライダーは皮肉気な笑みを浮かべながらこう返した。


「そうだな、反省している。だが、今度はオマエが手助けしてくれるのだろう?」


 銃口と共に突きつけられた言葉に、ジョンはピタリと口を噤む。


「……え?」

「ああ、オレも身に染みて良く分かっている。白人オマエたちの言葉は信じるに値しないと。

 だから、言葉ではなく行動で見せてくれ」

「え……いや……その……」

「断るのなら、今ここで先に」

「わっかりましたー! 従います! 従いますから命だけはーーーー!」


 突きつけられた銃口にジョンはあっさりと両手を上げたのだった。

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