第7話 Love&Peace

 6.5フィート(約200㎝)のインディアンの男はどしりと地面に腰を下ろし、じろりとジョンを睨みつける。


(……流れが変わった……か?)


 その鷹のような視線を受けるジョンは、相手を刺激しないようにゆっくりと体を起こした。

 相手に睨みつけられている状態ではヘタレのジョンは銃の引き金を引けない。

 背中越しでの不意打ちをあきらめたジョンは、銃のグリップから手を離しインディアンの男と同じように地面に腰を下ろす。


 同じ姿勢だが、相手の方が半フィート(約15㎝)背が高い。

 上からのしかかる圧力のこもった視線に、ジョンはしおしおと体を縮ませる。


「……オレの名はペイルライダーだ。オマエは」


 インディアンの男は苛立ちながら同じ言葉をもう一度言う。


「はっ! はい! ジョン! ジョン・サイランドです!」


 ジョンは居眠りを見つけられた生徒の様に、ビクリと背筋を伸ばしてそう言った。

 『ペイルライダー』十中八九偽名だろう、それはインディアンとは何の関係もないヨハネ黙示録に登場する死を運ぶ騎士の名だ。


(いや、確かインディアンは本名を部族の人間以外には教えないとかあったような?)


 しかし、それを聞いたインディアンの男――ペイルライダーは自分でジョンの名聞いておきながら興味もなさげに無反応であった。


(……くっそ。何なんだよこいつは)


 もう太陽は地平線の彼方へと沈み、2人を照らすのは淡い月明りだ。

 ジョンは暗闇に鋭く光る視線を浴びつつ今後の行動を考える。


 話し合いのターンに入ったのは確かだが、安全になったという訳ではない。

 相手は自分のすぐ隣にナイフをおいている。もしこちらが不穏な行動を取ればそのナイフは即座にこちらに向かって飛んでくるだろう。

 勿論、それよりも早く銃口を向けることは楽勝だが、出来るのはそこまでだ。

 視線恐怖症じみた小心者の自分では、相手から睨みつけられた状態では引き金なんて確実に引けないだろう。


「話し合おう、オマエはそう言ったな?」

「はっ? えっ? はっ! はいそうです!」


 沈黙を破ったのは相手の方だった。

 ペイルライダーの呟きに、ジョンは条件反射的に肯定する。

 その反応を見ているのか見ていないのか、ペイルライダーはしばし月を見上げた後にこう続けた。


「話し合い、対話、交渉、協議。オマエたちはいつも耳触りの良い言葉を使ってオレたちから奪っていく」


 ペイルライダーは激しい怒りと苛立ちがこもったように、重く固い言葉を投げかける。


「えっ⁉ あっ……いっいや……」


 何の因果か白人侵略者代表として、先住民からの怒りをダイレクトにぶつけられたジョンは、『そんな事俺に言われても知るか』と言う思いを隠しながらも、これ以上機嫌を損ねる事がないように、霧散しかけた勇気的なサムシングを総動員してキリリと表情を引き締めてこう言った。


「確かに、かつてはそう言った行き違いはあったかもしれない。

 俺たちは言語も文化も宗教も何もかも違う全く別の生き物だ」


 ジョンはゆっくりとそう言ったあと、カッと目を見開いて言葉を押し出す。


「いや、それは俺たちとアンタたちに限った話じゃない!

 俺たち白人の中でも様々な価値観や考え方の違いはあり、それが原因でのトラブルなんて日常茶飯事だ。

 神は『隣人を愛せよ』と言ったと言う。

 それは、なぜか。

 人と人とは分かり合えない存在だからだ!

 神はそれを良く知ってたから『隣人を愛せよ』なんて事を言ったんだ!

 人はしょせん、1人で生まれて1人で死んでいくんだ。

 どこまで言っても人は1人。

 だから……

 だけど!

 1人ぼっちの人間だから!

 人は愛を望むんだ!

 欠陥だらけの人間だからこそ! 誰かを愛せるんだッ!」


 がばりと立ち上がりジョンは熱弁を振るう。

 Love&Peaceを願う叫びうたが岩山に木霊した。

 それを受けたペイルライダーはじっとりと目を半目にしてこう言った。


「オマエの言葉には芯がない」

「え? いっいや、そんなことは無い……ですよ?」


 話を適当に大げさにして、面倒くさい問題をうやむやにしてしまおうと考えていたジョンは、図星を刺されビクリと体を震わせる。


「やはりオマエもどこにでもいる白人侵略者だ。こざかしい言葉でオレたちを欺くつもりだ」


 ペイルライダーはそう言いつつ、ナイフを手に取り立ち上がる。


「ちょ! ちょっと待て! おっ俺はほら! 保安官だぞ! 保安官! 俺を殺すとめんどくさいぞ! 一発で指名手配だぞ! 賞金首だぞ!」

「関係ない、我が部族、我が一族、我が家族。

 全てを奪われたオレに失うものがあろうものか」


 ゆらりと夜の闇より濃い殺気がペイルライダーからどろりとにじみ出る。

 それはまさしく黙示録に記された人を滅ぼす厄災にふさわしい凄みを持っていた。


「ひっ!」


 その殺気にもろに当てられたジョンは――


「たったのむ! 助けてくれ! いっ命だけ! 命だけは‼」


 ヘロヘロと腰砕けになりながら、ガシリとペイルライダーに縋りつく。


「くっ! 離れろオマエ!」

「いやや! かんにん! かんにんやー!」


 全力で腰が引けているものの、父親からの虐待じみた英才教育によってジョンの筋力は平均を優に超えている。ジョンは涙と鼻水をたらしつつも、必死になってペイルライダーにしがみつき命乞いをする。


「くっ! オマエはそれでも保安官戦士かッ⁉」

「知らんッ! そんなもん知らんッ! 命だけ命だけはッ! 何でもするからーッ!」


 まだ、足へのダメージが抜けきっていないペイルライダーは、なりふり構わないジョンのしがみつきにぐらりとバランスを崩し――


「ぐッ⁉」


 ズキリと2人分の体重がペイルライダーの膝にかかり、2人はもつれあうように地面に倒れる。


「つッ!」

「ふべらッ⁉」


 ペイルライダーは痛みに顔をしかめ膝をかばうようにひざまずき。ジョンは転倒の勢いで顔面から地面に滑り込んだ。


「いっちちちちち」


 口の中を砂でジャリジャリにしながら体を起こしたジョンの目に映ったのは、歯を食いしばり膝を抑えるペイルライダー怪物の姿だった。


(チャンス! バカめ! 足を痛めたな!)


 あの状態では追ってくることはまずできまいと、ジョンは素早く逃げ出そうとするが――


「待て!」

「はっ! 待てと言われて待つバカがどこに――」


 バンと言う破裂音が、暗い夜空に木霊する。


「…………あれ?」

「待て」


 聞き覚えのある破裂音にジョンはガチリと体を固める。

 ギリギリときしむ音を立てつつ、ゆっくりと振り向いたジョンの視線の先には、硝煙をくもらせた自分の愛銃レミントン M1858を持ちニヤリと頬をゆがめるペイルライダーの姿があった。


「なっ! あっ! えっ!」


 ジョンは慌てて自分の腰を確かめるが、勿論ガンホルダーの中身は空であった。


「はっ、オレたちが銃を使えないとでも思ったか?」

「え……い……う……?」


 しがみついていた時か、もしくは一緒になって転がった時か。どちらにしてもジョンにとって最大かつ唯一の武器は奪われていた。

 果たして今の一発は威嚇射撃だったのか?

 2人の距離は3ヤード(約2.7m)も離れてない、西部の人間なら子供でも当てれる距離だ。

 インディアンが銃を使えない?

 勿論そんなことは無い。銃なんて、当たる当たらないを横に置けば引き金を引きさえすれば良いものだし、銃を使って抵抗するインディアンなんざごまんといる。


 だとしたらやはり今のは威嚇射撃だろう。

 としたら問題は何故威嚇射撃に収めたかだ。

 相手の事情は全く知らないが、さっきから言ってる事を鵜呑みにすれば白人に近親者あるいは部族丸ごと殺されたという事だ。

 理由は知らないが、結果としてそうなったという事。

 それは不幸な事だろう、それは恨みもするだろう、それは怒りもするだろう。

 だが、それを自分にぶつけられても正直困る。

 自分は無関係だ、弁護士を呼んでくれ。

 いや、こんな事を考えている暇はない、兎に角、奴の威嚇射撃きまぐれを最大限利用して何とか生き延びなければ。


 そんなことを考えているジョンに、ペイルライダーはゆっくりともったいぶるように口を開く。


「さて、オマエさっき『何でも言うことを聞く』と言ったな?」

「え? えっえ? あのーそんな事、俺いいましたっけー?」

「んー?」


 なんとか誤魔化そうとするジョンに、ペイルライダーは楽しそうに銃口を向けたのだった。

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