第12話 地平線
闇夜の荒野に、ゆらりと赤い瞳が鈍く輝く。
「さぁあて、貴様ら如きを喰ろうた所で、腹の足しにもなりはせんが、
「ひっ⁉」
銃撃をものともしない人外の存在に、あるものは腰を抜かしてへたり込み、あるものは足をもつれさせながら逃げ出した。
「か・か・か。どこへ行こうと言うのじゃえ?」
ゆらりとその声の主が蜃気楼のようにかき消えたかと思えば、彼女はいつの間にか逃げ出そうとしていた彼らの背後に存在していた。
「自動車、か。貴様らは神ではなく科学なるものを信仰しておるのじゃったな」
「ひっ⁉」
何とか車に乗り込み逃れようとしていたひとりは、耳横から掛けられた女の声にふらりと意識を失いそうになる。
「あっ! ああッ!」
彼はシャコ貝の様にぎゅっと目を閉じ、力の限りアクセルを踏み込んだ。
だが、期待していた加速力は全く感じられず、その代わりに彼が感じたのはシートから転がり落ちるような浮遊感だった。
「うっああああ⁉」
「か・か・か。このようなおもちゃで
タマモは空ぶかしを続ける蒸気自動車を片手でひょいと持ち上げると、興味なさげにそのまま投げ捨てる。
慌てふためく男は運よく途中で落下したが、蒸気自動車の方は男に運を持っていかれたのか、地面に激突するなり大爆発を起こした。
「か・か・か。良いかがり火が出来たのう」
煌々と燃え盛る
「さぁあて? これで晩さんの準備は整ったかのう?」
銃撃も駄目、
生き残る術を奪われた男たちはへなへなと地面に座り込んだ。
それを見て満足げな笑みを浮かべたタマモが、郎党の中心人物であるウィンチェスターへゆっくりと歩を進めた時だ。
「え? いっいや! ノー! タマモ! ノー! ステイ! ステイだ!」
このままではウィンチェスターが殺されると、ジョンは慌ててタマモに制止の声をかける。
その声に、タマモはじろりとジョンをひと睨みしてこう言った。
「は? 何ゆえ
「いっいえ、あのー、俺も一応保安官と言う立場でありましてですね? 目の前でそいつに死なれたら色々と厄介な点がありましてございましてー」
何しろ相手は町の名士として名高い存在だ。そんな人物が不審死を遂げたら間違いなく自分の責任問題になってしまう。
ジョンは炎上を続ける自動車をチラリと見ながら『ここまで派手にやったら隠ぺいなんて絶対できねぇ』と、心の中でそう嘆く。
「そんなものは
アワアワと右往左往するジョンを『こ奴、死にかけの尺取虫の用じゃのう』などと考えつつも、タマモはジョンを素通りしてウィンチェスターの前へ――
「まっ! 待ってくれ!」
「あーん?」
次にかけられた別の声に、タマモはチラリと視線を向けた。
そこには、大地にひざまずき、こちらを見上げる長身の男がいた。
「待ってくれ! 大いなる精霊よ! その男はオレの! オレの一族の仇だ!」
「はっ、殺すなら貴様が殺すとな?」
「そうだ! 大いなる精霊よ! オレからそいつを奪わないでくれッ!」
騒動の中でロープの戒めから逃れたペイルライダーは、そう言ってタマモに頭を下げて懇願する……が。
「はっ、何ゆえに
「頼む! オレがそいつを殺した後なら、オレは喜んでこの身を捧げよう! だから! だから!」
「アホかー⁉ ウィンチェスターに死なれた上に、お前まで死んだら俺の立場はどうなるってんだ⁉」
ジョンの脳裏に浮かぶのは、ペイルライダーの妹である
「黙れ! オマエには関係ない! これはオレの一族の話だ!」
「やかましいわ、このうすらバカ! お前が死んだら残された妹さんはどうすりゃいいんだ⁉」
「うるさい! オレの……オレ……の?」
「そうだ! お前は生きるんだ! 生きるべきなんだ!」
ジョンはペイルライダーの向こうに見える
「復讐は何も生まないなんて事は言わねぇよ! 復讐することで初めて一歩踏み出せる事もあるだろう! だけど! お前はまだ選ぶことが出来るんだ!」
あの子と結婚したらこいつを
などと、頭の半分でそんなことを考えながら叫ぶジョンに――
「たーわーけーがー」
「いぎゃっ⁉」
地面にひざまずいたままのペイルライダーを説得していたジョンは、ガシリと頭を掴まれ引き上げられる。
「貴様らは……
ルンルン気分で超越者ムーブしていたタマモは、自分を放置してギャーギャーわめくバカを宙吊りにした。
「いだいっ! いだいです! タマモさん、いや、タマモ様っ!」
この
あくまでも可能性の話ではあるのだが、見知らぬ土地で不十分な契約を交わしてしまったのだ。
狐は思慮深くそして用心深いもの、消滅のリスクを上回るメリットが存在しない以上はただの我儘であると、タマモは断腸の思いで
「あでっ⁉」
ジョンをポイ捨てしたタマモは、ふぅと一息ついた後にペイルライダーの前でゆらりと腰を下ろし、こちらを見上げる男の顎を人差し指でくいと持ち上げる。
「かかか。復讐……のう」
目の前にいる超常の存在は自動車を片手で持ち上げる程の力の持ち主だ、自分の顎に添えられている指に少し力を込めるだけで自分の頭は二つに割れるだろう。
ペイルライダーはその事を意識してゴクリと唾を飲み込みつつも、しっかりとタマモの目を見つめていた。
「よいよい。事をなすにあたり、復讐ほど分かりやすい動機はない。
復讐とは麻薬のようなものじゃ、それを思うだけで無限の力が湧き上がり、それ以外の余計な事は考えずともすむしのう」
タマモはそうコロコロと笑う。
復讐と言う事では、彼女自身も復讐を企むものである。ここで力を蓄えて、先ずは東洋の島国へ凱旋して、その次は隣の大陸へと乗り込む腹積もりだ。
(そのためには、
この大地の龍脈を自分向けにチューニングしてもらうには、この大地の神とコンタクトを取らなければならない。そのためには先住民であるインディアンとの繋がりが必要だ。
(とりあえずは、こ奴に恩を売っておくか)
タマモはニヤリとそう笑い――
「ノー! タマモ! ノー!」
「やっっっっかましいわッ!」
背後から抱き着いて来た
「あっぶっ⁉」
タマモの放った裏拳をジョンは奇跡的な反射神経で回避する。
だが、ついカッとなって全力で放った裏拳は凄まじい衝撃波を放ち――タマモの背後にあるもの全てを粉砕した。
「「「……あ」」」
後に残ったものは、一直線な地平線が見えるほど更地になった
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