第5話 無職までのタイムリミット
「3日で牧場荒らしを見つけろだ⁉ そんなの出来る訳ねぇじゃねぇか!」
「私に叫んでも知らないわよ! とにかく町中のみんながそう言ってるわ!」
「くっ……!」
歯ぎしりするジョンに、そのやり取りを眺めていたタマモが愉快そうに笑う。
「かかか、嵌められたな貴様」
「あ……ん?」
「まぁ、
そ奴は、金と権力は持っておるのじゃろ?
じゃったら次に求めるのは司法、自分が好き放題にしても捕まらないように、貴様の後釜に子飼いのものを置きたいのじゃろ」
「そんな! 言ってくれればいくらでも融通利かせるのに!」
「たわけが、そんな尻軽をそんな場所に置くわけがあるまいよ」
ワタワタと慌てふためくジョンに、タマモはそうため息を吐く。
「義に厚いわけでもなく、信におけるわけでもなし。貴様のような小物が一番信用おけんのじゃ」
「う……ぎ……」
タマモからの人物評に、ジョンは言い返せずに言葉に詰まる。
「でっでも、タマモさん? ウィンチェスターさんが仕組んだってそんな……」
マーガレットが知る限り、ウィンチェスターは南北戦争の英雄であり、町の発展のために私財を尽くすこともためらわない、この町の中心と言っていい存在だ。
「かかか。
そもそも、その話はウィンチェスターとやらとそ奴との間だけでかわされた約束じゃろ? それがこのように素早く広がったという事はあらかじめ仕組まれていたというより他はあるまいて」
「そ……それは、そうですが……」
タマモの論を受けて、マーガレットは黙り込む。
「くっそあの野郎。この俺を嵌めやがったな!」
ジョンは怒りのあまり腕まくりして、保安官事務所を飛び出そうとし――
「かかか。止めとけ止めとけ。今まで黙っていた権力者が動いたんじゃ。根回しは当の昔に終わっておる」
「……そうね、このバカとウィンチェスターさん、どちらの言葉を信じるかと聞かれれば、10対0でウィンチェスターさんだわ」
「……え? いや……え?」
「アンタの日頃の行動を思い出してみなさい?
パトロールと称して覗きを行い、保安官事務所で堂々とポルノ雑誌を見て鼻の下を伸ばし、荒事からは我先と逃げ出す。
アンタのどこに信頼できる要素があると思ってるの?」
「……あ~あの……」
マーガレットに詰められ、言葉を失うジョンに、タマモはため息交じりにこう言った。
「自業自得、と言うやつじゃな。貴様を置いとくよりも、悪代官の子飼いの保安官の方がこの町の治安にとって良い事じゃないかの?」
★
味方であるはずの2人に詰められたジョンは、トボトボと保安官事務所を後にした。
「くっそ。こうなったら何としても3日以内に牧場荒らしを捕まえないと」
ジョンはそう独り言ちるが、タマモのいう事を信じるなら、これはジョンを貶めるための罠である、そもそもが牧場荒らしが実在するのかどうかから調べなければならない。
「あの野郎の自作自演だったら、捕まえるべき犯人すらいないって事か……」
ウィンチェスターが自分で牧柵を壊し『牧場荒らしにやられた』と言っている場合。その犯人を見つけることなど不可能だ。
実行犯である手下どもは自分なんかに決して口を割らないだろうし、そのための証拠集めすら絶望的。
考えれば考えるほど絶望的になっていくジョンだったが、頭の片隅に奇妙なキーワードが浮かんできた。
「……6.5フィート(約200㎝)」
もしも架空の牧場荒らしをでっち上げるのなら、もっとどこにでもいそうな人物を上げればいい、その方が、犯人捜しが難しくなるからだ。
「もしかして……牧場荒らし自体は本当の事なのか?」
ウィンチェスターが何らかの悪事を働いていたとしても、自慢ではないが自分は保安官としては何一つできやしない、わざわざそんな罠を仕掛ける必要はないのだ。
「奴の言葉が確かならば、3桁の牛を失ったという事だ。俺にそれだけの価値はあるか?」
勿論保険には入っているだろうから、保険金目当てのついでに自分を追い出すための仕組みという事も考えられる。
「だが、保険屋は俺なんかよりよっぽど目ざとい筈だ」
保険会社の調査を掻い潜ると言う点でみても、6.5フィート(約200㎝)と言う犯人像には違和感がある。
「だが、保険屋もグルだとしたら……」
とめどない考えがぐるぐると頭の中を回っていく。
「……と」
気が付けば、ジョンは犯行が行われたと言う町はずれの牧場にたどり着いていた。
★
その場所はウィンチェスターが言っていた場所ではあるのだが、そこにはすでに真新しい牧柵が既に設置されていた。
「現場保存もクソもねぇな。どうしろってんだ」
牧柵の周りには多数の足跡はあるが、恐らくその大部分は牧柵を設置した作業員によるものだろう、これでは例え本当に牧場荒らしがいたとしても足跡から追跡することなど出来やしない。
「んー、けど、牛が出ていったのは間違いねぇな……」
牧場から外に向かい、多数の牛の足跡が続いているのは分かる。
「とりあえず、これをたどってみるか……」
なにしろ猶予は3日しかないのだ。
「いざとなれば……」
どっかの誰かを無理やり犯人に仕立て上げようか。
ジョンはそんなことを企みながら、牛の足跡を追っていった。
★
「ったく、どこまで続くんだ?」
野を超え丘を越え、足跡はどこまでも続いていた。
一応、牛の足跡はまとまって進んでいる。
牛は群れで動く動物だ、熟練のカウボーイなら追い立てていくことは難しくはない。
「しかし、これだけの頭数を持っていくとなれば、やっぱり鉄道かねぇ?」
陸上での大量輸送と言えば鉄道だ、船と言う手段もあるが、ここから港までは多少距離がある。
「まぁ、足が付きにくいと考えれば船だろうが……」
船ならば『人目の付きにくい夜にこっそり』と言う手段もとれるが、基本的に公共交通機関である鉄道はそう言う訳にもいかない。
「個人で鉄道を所有できるような奴なら、こそこそ牛泥棒する必要なんてねぇしなぁ」
あれこれと考えを巡らせつつ、足跡を追って行く。
そしてたどり着いた先は町から遠く離れた岩山だった。
「う~ん、ここまでか……」
柔らかい草原から固い岩山に来たことで、牛たちの足跡は消えてしまっていた。
「鉄道でも、船でもなし……と」
この岩山は線路からも港からも離れている。鉄道や船と言った手段からは程遠い場所だった。
「となれば、自作自演と言う線は考えなくていいか……」
牛の足跡は一方通行でここまで来ていた。
保険金目当てで、と言うならばこんな所に連れてくる必要性は薄い。
「だが……奇妙だな?」
ジョンは足跡を思い浮かべ小首をかしげる。
「足跡は牛のしか無かったぞ?」
牛は群れで動く動物だ、カウボーイならば数十頭程度追い立てていくことは容易い。
しかし、ジョンがたどった足跡は牛のものしか見当たらなかった。
「適当に逃げるに任せた……ってのとは違うよな」
足跡は一直線にここまで続いていた。
牛にも帰巣本能はある、何不自由なく暮らせる住み慣れた牧場から数マイル離れたここまで誰一人戻ろうとせず一直線、と言うのは誰かが追い立てたとしか考えられない。
誰が? 何のため? どうやって?
様々な疑問がジョンの脳裏に浮かんでは消え――それと同じくして太陽も地平線の彼方へと消えようとしていた。
「ってやべぇ⁉」
日が落ちかけているのに今更ながら気が付いたが、もはや後の祭りであった。
町までは数マイル離れている、薄暗い月明りを頼りに野生動物が闊歩する荒野を歩いて帰るのはどう考えても自殺行為であった。
「くっそ、ランタンなんざ持ってきちゃねぇぞ」
考えなしに保安官事務所を飛び出し、足跡に導かれるままに追ってきたのだ。当然のことながら野宿の準備などしていない。
そんな途方に暮れたジョンの目に、少し離れた岩陰からかすかな煙が映りこんだのだった。
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