第4話 下からのお願いは聞く必要ない

「え? いや~マジか~」


 ウィンチェスターから押し付けられた仕事にジョンは頭を抱えながら保安官事務所へと帰っていた。


「6.5フィート(約200㎝)の奴なんてどうすりゃいいんだよ」


 自分の身長はおよそ平均である5.8フィート(約177㎝)体重は143ポンド(約65㎏)。

 クソ親父に仕込まれたので多少は腕に覚えはあるが、いざと言う時にモノを言うのは何と言っても体格から生まれるパワーだ。

 半フィート以上の差から生まれるパワーを覆すのは並大抵のことではかなわない。

 それを覆す手段となれば……。


 ジョンはそっと腰につるした金属の塊に手を伸ばす。

 レミントン M1858|(44口径)

 流行りのコルトSAAピースメーカー(45口径)に比べれば10年以上昔のおんぼろであり、今や主流のメタリックカートリッジではなく弾込めがしち面倒くさいパーカッション式(注)だ。


(空き缶を弾くには申し分ないんだがな~)


 クソ親父のしごきの所為おかげで銃の腕にはそこそこ自信はある。

 27ヤード(約25m)先の的なら、目をつぶったとしても早打ちで1インチ(約2.5㎝)以内に集弾出来るし、放り投げた空き缶が地面に落ちるまでに6個の穴を開けてシリンダーを空に出来る。


 ジョンはレミントンの銃口をまだ見ぬ牧場荒らしに向けることを想像し……。


「ひっ」


 と背筋を震わせた。

 ジョンは生まれついての小心者である。

 自分が痛い目に合うのが好きな人はごく少数の好きものだろうが、彼は他人に怪我を負わせることにも恐怖を抱く。

 その痛みを自らのものとして想像してしまう軟弱な想像心。

 他人の命を奪うという選択肢をその引き金に乗せる事が出来ない器の小ささ。


 保安官、いや、西部の男として最も大切な物――フロンティアスピリッツが欠けているのがジョン・サイランドと言う男だった。


 ジョンは大きなため息を吐きつつ、トボトボと歩を進めた。



 ★



「あ~ん? 牛泥棒を捕まえるじゃ~?」


 保安官事務所にてよく言えば保護、悪く言えば軟禁状態であるタマモは、ジョンの話を聞いて差も面倒くさそうに眉をしかめる。


「そうなんだよ! お前の不思議パワーでなんとかならねぇか?」


 記憶に新しいあの姿。

 アウトロー達の銃撃をものともせず、威風堂々と禍々しいオーラをまき散らしながら立つあの姿は、タマモが恐るべき力を秘めていることを明々白々と示していた。


 ただし、タマモがその力を発揮するためには、ジョンにとって理想の具現化である現在のロリ形態を捨てなければならないのは苦渋の選択である。

 だが、大人駄肉形態は長時間維持することは出来ず、事が済めば元のロリ形態に戻ることは実証済みだ。

 町の名士であるウィンチェスターに逆らい、肩身の狭い思いをすることを考えれば、ひと時の間堕天してもらう大人になるのには妥協するしかない。


 ジョンが断腸の想いでタマモにそうお願いしたところ――


「は? 阿呆あほうか貴様、何故わらわが下僕の願いなぞ聞かねばならぬ」

「いやいやいやいやいやいや。

 まぁまぁタマモ……いや! タマモ様! ここはひとつ俺に恩を売れるチャンスだと思ってですね?」

「話にならん。貴様はわらわの所有物、否、エサに過ぎん。エサの機嫌を伺う主などこの世のどこにおるものか」


 取り付く島もなくそっぽを向くタマモに、ジョンは下卑た笑みを浮かべてこう言った。


「ふーん。ほーん。ほへーん? 

 いいのか? ホントにそれでいいのか?

 お前は俺を通してしか龍脈の力とやらを使えないんだろう?

 つまりは、お前の今後は俺の気分次第。

 あれー? いいのかなー? お前さんの目的は元の力を取り戻すことだったんじゃないのかなー?」


 厭味ったらしくそう言うジョンに、タマモは苦々しそうに眉をしかめる。

 確かに、現状ではタマモはジョンを通してしか龍脈の力を使えない。

 それも、ジョンたちには言っていないが、ジョンがタマモとこの大地を結ぶ要石となってしまったので、ジョンがいなくなればそれがタマモの消滅と直結しているという危うい状態だ。


(その事をこのバカに言えばどれだけ調子に乗るか分かったものじゃないからの)


 タマモは、へらへら笑いながら自分の周りをぐるぐる回る変態を、ジロリと睨みつけながらそう思案する。


(短い間じゃが、このバカがどの程度のバカかは良く分かった。わが身第一の小心者の小悪党。否、小さき悪事を行うことも出来ぬただの小物じゃ)


 かつていくつもの王朝を滅ぼしてきたタマモは人間と言う生き物の醜い面はよく見て来た。

 よく見て、よく喰らってきた。

 陰に属し人食いの化け物であるタマモにとって、人間の負の感情はこれ以上ない上質の供物である。

 ここ西洋においては7つの大罪とされ、かつていた東洋においては百と八の煩悩と言われしもの。

 鼻をつまむような腐臭を放つそれは舌の上で転がすと、これ以上ない甘美なる味わいを見せる。


(まぁ、こ奴程度じゃったら、稚児にあたえる菓子程度のものじゃろうがな)


 なにしろジョンと言う男は小物だ。

 王朝の内裏に潜んでいた人の形をした妖たちに比べれば、その欲もその闇も、固形物が見当たらない粥程に薄味に過ぎる。


 と、タマモがジョンのたわごとを聞き流しつつ、思いにふけっていると、バタバタとした足音と共に保安官事務所の扉が開かれた。


「ちょっとジョンほんとなの⁉ アンタ、ウィンチェスターさんに3日以内に牧場荒らしを捕まえるって約束したって⁉」

「はあ⁉」


 飛び込んでくるなりそう言ったマーガレットの言葉に、ジョンは目を白黒させる。


「なっなんだよそりゃ⁉ 俺は確かにあの親父の依頼を受けたが、3日以内とか聞いてねぇし言ってもねぇよ!」

「そんなこと知らないわよ! もう町中のうわさよ! 3日以内に解決できなかったらアンタがバッジを捨てるって!」

「はぁああああああ⁉」


 2人の人間がアタフタと騒ぐ様を、タマモはあくび交じりに眺めていたのだった。



注:パーカッション式=弾丸・火薬・雷管を別々に装填、大まかな仕組みとしては火縄銃とかと一緒です。

  メタリックカートリッジ(実包)=弾丸・火薬・雷管が最初から一緒になっている今現在使われている奴です。

  ※レミントン M1858の場合はシリンダー交換が簡単なので、弾薬を装填したスペアシリンダーがあれば再装填は早くすむらしいです。

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