第15話
「結婚しよう!」
有馬探偵は叫ぶ。
「君は今どうしてこんなことをしているのか。一体何があってこんな深夜の三宮という場所にいるのか分からない。だけれどもきっと事情があるはずだ。大丈夫。この有馬探偵。僕であればきっと君のことを受け入れることが出来る。だから結婚しよう」
さぁ、可愛いお嬢ちゃん。僕の元へ。と有馬探偵は言う。見知らぬ人にこのようなことを言うのはいつも通りの有馬探偵である。
彼女は一瞥もくれない。
ずっと真っ直ぐ私の方を見ていた。
「何だい。そんな不細工男を見続けて。君はウーパールーパーの水槽にずっと顔を張り付いて睨めっこをする趣味でもあるのかい。その趣味は変わっている。周りから奇怪な目で見られるから今すぐやめた方がいいだろう」
などと、彼は言っている。
やはりそれを見ても茅野は僕の方をずっと見ていた。
茅野澪奈。僕が高校時代に出会った瞬間移動をする妖怪に襲われた人物。そしてそれを解決する前に消えていった人物。
ある日、突然。彼女は転校して私の目の前から消えていった。しかしその前日までその事実を知らされていなく、僕からしてみれば消失したようにしか思えなかった。
もう一生会うことないのだから。茅野の存在は忘れなければならない。と高見沢は私に向かってそう言っていた。そしてそれに対して、私もその通りだ。そう思った。茅野が消えたあの頃時から、運命の糸というのはプツリと切れていた。いや、そもそも。そんなものがあったのかどうかも怪しい。ともあれ、私と茅野の関係はもうそこで終わってしまっていた。
そんな彼女が今、目の前にいる。
茅野は高校時代から身長は変わっていない。姿も変わっていない。そしてその潤んだ瞳。あぁ、そのか弱い瞳からまたガラスがポロリ零れ落ちて、そして床でパリンと割れていきそうだ。
「あっ、あっ、あっ……」
私は声にならない声をあげる。成程。人は本当に怖いものを見てしまったら何も言葉を発することが出来なくなる。
「どうしたの。そんな悪霊でも見たかのような表情をして」
彼女は一歩。また一歩と。私の元へ近づいてくる。
やめて、来ないで。来ないで。頼むから……。そう祈っても彼女は一歩、また一歩と私の元へ近づいてくる。
「ねぇ、ねぇ」
お願い。お願い。お願い。
桜ピンク色の彼女の唇が微かに揺れて、そう喋っている。
そして彼女は私に触れる既のところまでやってくる。
あぁ、あぁ、あぁ。
私の体中から霧のような細かい汗が、次から次へと湧き出る。
あぁ、あぁ、あぁ。
そうして、彼女は、滑らかな、気持ち悪いほど生暖かい吐息で
「助けて。今度こそ」
そう言った。
そうして私の筋肉は弛緩し、それは液体のようにとろけ、脱力した。そのまま地面に座り込んだ。
私は囁く。
「ごめんね」
と。私には何も力がないもので。きっと、今回も君を救うことは出来ないだろう。
神戸前物語 夜話 ぼっち道之助 @tubakiakira027
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