虚項の夏

菜月 夕

第1話

  彼女が一番初めに私の前に現れたのは真夏の盆だった。

当時の私、"僕"はその時はまだ薄らとしか見えない白い影のような彼女を幽霊かと思い、怖くて逃げてしまったけれど、それが何回も続くと恐怖は興味へと変わっていった。

  ましてや、段々姿をはっきり見えていくソレは"僕"の憧れの女性像そのままだったのだ。

  "僕"が中学に上がる頃には彼女の周りもうっすらと見え始めていた。その風景はどう考えても"未来"だ。そして彼女の持っている本がチラっと見えた。それには時間量子学と言う聞いた事もないもの。私は彼女に追いつく為に科学の道へと進むことになった。

  "僕"がその方面に進みだすと私にだけ見える彼女はもっとはっきりとなり、私の方に手を差し伸べ悲しそうな顔を見せる。きっと彼女は助けを求めているんだ。"僕"は更に深く科学にのめりこみ、大学に入った頃に"私"はその仮説に出会ったのだ。

  もともと、時間と空間が相対的なのはその頃には解っていた。彼女は私が初めて見た頃から変わらなかったが彼女のスピード・空間に私の時間が追いつき始めているのではないか、その答えはタキオンと呼ばれる虚数の質量を持つ物質にあると。

 しかし、私の時間と空間がいかに彼女の世界と近づこうとも光の速度を超えた向こうにはたどり着かない。我々の世界は実際には光の速度を超えていてもその空間にとってはそれごと動いているので超光速ではない、それは彼女の世界でも同じはずだが、彼女と私を中心にしてそれがすれ違う瞬間に至っているのだ、と。

 その一瞬を見極めれば、彼女を助けられるかもしれない。

 我々にとっても彼女にとっても光の速度は一緒だ。しかし、それを包む媒質が濃く成れば光の速度は遅くなる。彼女とすれ違う一瞬に十分な媒質がそこに有れば亜光速ですれ違う二人の世界は一瞬超光速・タキオンとなるはずだ。

 そしてその時は来た。緻密な計算と一瞬だけなら私の空間を埋め尽くす圧縮されたアルゴンガス。

 その時だ。


 そしてワタシ達はすれ違った。彼は光を超えた衝撃に分解され、ワタシになった。

 あんなに止めたのに。ワタシもずっと彼を見ていた。ワタシの為に必死で努力し続ける彼がとても大切になっていた。

 そして彼がこの出会いで消え去るのも予想で来ていたけれど結局何もできなかった。

 失ってもっと判る。彼が好きだったことを。そう、私はずっとこれからも彼を請うだろう。失われた夏の虚の項を求め続けるのだ。

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虚項の夏 菜月 夕 @kaicho_oba

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