7 仲直り
「どうしたの⁉ ちょ……やめてよ!」
アキラやヒオがいるのに、と真紀は信二を突き放す。
おまけに、と腹が立つ。
この時間帯はまだ仕事だからと集会に行くのを真紀に押し付けたくせに、自分はすでに帰宅していたではないか。
真紀が突き放したからか、信二はアスファルトに尻餅をついて自分を見上げている。
その顔は泣き顔だ。夜目にもわかるほどおびえていて真紀は怒りを通り越してあきれ果てた。
「なんなの、もう。子どもじゃあるまいし」
「出たんだ! さっきインターフォンが鳴って、つい出たら……! 化け物がいた!」
「化け物? なにそれ」
真紀が眉根を寄せる。信二は立ち上がり、真紀に身を乗りだす。
「あいつら、いっつも顔が……ほら、しっかり覚えられないじゃないか。なんか印象が……」
真紀はおずおずとうなずく。それは同意すべきことだった。
真紀も信二も何度かインターフォン越しに三人と対応しているのだが、その顔がどうしても覚えられない。録画した映像を見てもぼけてしまっているのだ。
そこで信二はズーム機能を使おうと思ったらしい。
インターフォンが鳴り、応答ボタンを押して画面に三人を映す。
そして画像を拡大したら……。
「目も鼻も口もないんだよ! 特殊メイクしたみたいにまっ平なんだ!」
信二が叫ぶ。
「のっぺらぼうとは、これはまた昔ながらの手できたな」
笑ったのはアキラだったが、その隣でヒオも笑っている。
「のっぺらぼうって……。あの、妖怪の?」
真紀がいぶかし気に言うと、アキラは笑いの余韻を残したまま首を縦に振った。
「ムジナ、という話に出てきますね。『あんたが見たのはこんな顔かい?』ってやつ。だけどのっぺらぼうという妖怪もいますし、のっぺらぼうになるのはムジナだけではなく」
アキラは肩をすくめた。
「狐もお得意だ。たぶんだけど、あのみっつの祠に祀られているのは狐ではないかと思います」
「ではお稲荷さんなんですか? あの祠」
真紀は半信半疑だ。
この地区に祀られているあの祠と自分のイメージとはだいぶんかけ離れている。
なんとなくだか、稲荷と言えば紅白の綱が渡され、狐の石像が狛犬のように座っていて、赤い鳥居がずらりと並んでいるのだが。
「稲荷か、といわれると確定はできません。そもそも稲荷と狐信仰はまた別物です。狐は仏教が伝来するよりももっと古くから信仰されていた可能性がある神のひとつですから」
「え。そうなんですか」
真紀は目を丸くする。狐というとお稲荷さんだと思っていた。
「稲荷信仰は江戸時代に流行したものですが、この地にある祠の位置や取水口にいたずらされたことを考えると、田の神である印象が強い。どちらかというと眷属ではなく、狐自身が神として祀られているのかもしれません。その神が、現在非常に怒っている」
「それは……。いや、それとうちとなにかかかわりがあるんですか?」
困惑しかない。
そもそも山下家はよそから来たのだ。この地の神さまを怒らせるなにをしたというのか。
アキラは真紀に顔を近づけた。
ふわりと彼女からはミントに似た匂いがする。
「最近なにか家に持ち込んだものはありませんか?」
闇の中でもはっきりとわかるほど彼女の瞳が光る。
「それが、この地の神々をいらだたせている」
重力でも持っているかのように引き込まれた真紀は、知らずに口を開いていた。
「形見分け……」
「形見分け?」
アキラにおうむ返しされ、はっと真紀は我に返る。
「そうよ! あなた、お
真紀は夫に顔を向ける。
彼はまだアスファルトに座り込んだまま、ぽかんとこちらを見上げていた。
「形見分けになにをもらったの!」
さらに怒鳴りつけると、信二はぽつりとつぶやいた。
「稲荷の……神像」
山下信二は、幼いころに父から『うちの商売の神様だ』と狐の木像を見せられたのだという。
それ以来心惹かれ、父に『もしお父さんになにかあれば、その後は自分がこの木像を譲り受けたい』とせがんだ。父は了承し、兄の真一にも了承され、父の死後、形見分けとして狐の木像をもらっていた。
次の日。
山下信二と真紀はアキラとヒオに付き添われ、狐の木像を持ってこの地のみっつの祠へあいさつに回った。もちろん、お神酒と塩、米を持参し、「どちらでもいいですよ」と言われはしたが、油揚げも添えて。
その後、山下家に不思議な三人組が現れることはなく、家業も栄え、その夏、この地区では近年まれにみるほどの豊作だったという。
(訪問者編 終了)
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