怪異4
アキラとヒオ
肆
「ソフトクリームってさ、特別感がない?」
公園のベンチに並んで座り、キッチンカーで買ったソフトクリームを食べていたヒオがアキラに言う。
「そうか?」
返事は素っ気ない。
アキラの手に握られているのはバニラ味。ヒオは白桃味だ。
「そうだよ。だってソルベとかアイスクリームはデザートで出るけど、ソフトクリームって食事のあとに出ないでしょう?」
「うげ。金持ち発言。そんな洒落た店に行かないから知らねぇ」
「じゃあ今度一緒に行こうよ、アキラ」
ヒオの提案を無視し、ソフトクリームを舐めるというよりかじっているアキラはキッチンカーから視線を動かさない。
「お前さ」
「うん」
「さっきキッチンカーで並んでいる時、ナンパされてただろ」
「されてないよ」
しれっとヒオは嘘をついた。
アキラをベンチに待たせ、キッチンカーの列に並んでいる時、確かにヒオは二人連れの女性にナンパされた。それだけじゃない。お金を支払っているとキッチンカーの女性店主にも声をかけられた。
「道を聞かれただけ。駅に行きたいんだってさ」
ヒオは言い、ソフトクリームを口に運ぶ。
少し前までは素直に「ナンパされた」と言っていた。
アキラに焼きもちをやかせたかったのだが、「だったらついて行けよ。いい女かもしれないじゃないか」と真面目に説教されて腹が立ったからだ。
「嘘つけ。ナンパされてただろ。今からでもあの女の子たちを追って行けよ。せっかくの休日なんだから遊びに行け」
「違うって。本当に駅までの道を聞かれただけ」
平然と答えながらも腹の中では別のことを考えていた。
(なんで焼きもち焼かせようと思って、こっちがムカつかなきゃいけないんだか)
まったく、どうしてアキラはヒオを誰かとくっつけようとするのだろう。
「あー! ママ、あー!」
ふたりで「行け」「違う」と無益な応酬をしていたら、不意に幼児の甲高い声が聞こえてきた。
顔を向けると、ベビーカーに乗った2才ぐらいの幼児があじさいを指差して大騒ぎしている。
「こんな子どもでもあじさいのきれいさがわかるのねぇ」
「本当だ。あれはね、あじさい。きれいだね」
母親らしき女性はにこにこ笑い、父親らしき男性もベビーカーの幼児と目線を合わせて「あじさい」とゆっくり発音している。
「あー! ママ、あー!」
足をばたつかせて幼児は言い、夫婦は顔を見合わせて幸せそうに笑いながらベンチの前を通り過ぎる。
「見えてんだなぁ、あれぐらいの年の子」
アキラがポツリと言う。
ヒオも頷いた。
幼児が指さして騒いでいたのは、あじさいの植え込みにいた虹色のウロコをしたちいさな竜だった。幼児に指さされ、びっくりしたように飛び上がったあと、くるくると渦を巻きながら天に上り、いまは雲の合間に隠れてしまっている。
「アキラってさ」
「うん」
「子ども欲しい?」
「なんだそりゃ」
唐突に尋ねられたせいだろう。アキラはソフトクリームに唇をつけたまま動きを止めた。
「織部西條は欲しがったんだよねぇ。ぼくとの子ども」
「ぶっ‼」
「うわっ。アキラ、ちょっと!」
思わず噴き出したソフトクリームにアキラは慌てて立ち上がり、ヒオもポケットからハンカチを取り出して差し出す。
「な……。織部西條って還暦すぎてただろ?」
ヒオのハンカチを断り、片手でパンツのポケットから引っ張り出したハンカチで口元を拭いながらアキラは言う。
「過ぎてたよ。死んだときは64だったから。もともと閉経してたんじゃないかなぁ。ぼく、避妊したことなかったもん」
平然とヒオが答える。
「途中からなんか子どもにこだわり出してさ。排卵誘発剤とか飲んだり、あやし気な注射打ったりしてて……。もともと毎晩させられてたんだけど、晩年は日を決めてやらされてたから、ひょっとしたら排卵してたのかもね」
ヒオは遠ざかって行った親子を眺める。
「ぼくは子どもなんていらなかった。不幸になるのがわかってたもん。だって親がぼくたちだよ? 西條の愛し方は異常だし、ぼくは愛し方がわからない」
独り言ちるように話すヒオをアキラは無言で見つめている。
「西條は狂ってたけど」
ようやくアキラが口を開いたのは、ソフトクリームを全部食べ終えてからだった。
「お前は狂ってない。愛し方はいまから覚えればいいんじゃないか?」
ぱちぱちと手についたコーンの粉を払いながらアキラが言う。
「教えてくれるの? アキラが」
小首を傾げてヒオが尋ねる。睨み上げるようにしてアキラがきれいな瞳をこちらに向けた。
「自分で学習しろ。手伝いぐらいならしてやる」
「それはありがとう」
ふふ、とヒオは笑い、そっとアキラに顔を近づけた。ぎょっとしたようにアキラは背を逸らす。がつん、とベンチに背があたった。
「なに。なんだよヒオ」
「まだついてる、ここ」
ヒオが自分の口元を指差すとアキラは納得したようだ。手に持ったハンカチを持ち上げようとしたが、それをヒオは制する。
「取ってあげる」
ヒオが言い「ありがとう」とアキラが言うより先に。
ヒオは素早く彼女の唇に自分の唇を押し当てた。
「ちょ……! お前、この野郎!」
どんっとアキラがヒオを突き放す。ヒオは笑いながら応じた。
「だって、唇についてたんだもん」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないもん」
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