7 布川穂希の証言

◇◇◇◇


 一時間後、ふたりは社内のミーティングルームで布川穂希ぬのかわほまれという女性職員と話をしていた。


 当初警戒していた布川も、アキラが砕けた様子で話しかけたり、ヒオがにこやかに相槌を打ったりするにつれて徐々に饒舌になっていった。


「こうやってその……芝浦の後輩や上司にも話を聞いておられるんですか?」


 布川の質問に、アキラは「もちろん」と頷いて、紙コップを手に取る。

 中身はハーブティ。

 事情聴取時にはいつも季節に応じたものを用意し、適宜提供している。会話のきっかけにもなるし、リラックスもできるからだ。


「よかったらどうぞ。知り合いに調合してもらっているものだから好き嫌いがあるかもだけど」


「あ、そうなんですか! 香りがよくって甘みもあって……。どこで売っているのかお聞きしたかったんです。だけどお知り合いに調合してもらっているってことは市販品じゃないですよねぇ……」


 少し残念そうに布川が言うので、アキラはちらりとヒオに視線を走らせた。ヒオは頷き、笑顔で伝える。


「よければ今日持ってきたものをそのままお渡ししますが……」

「いいんですか⁉ うれしい! ありがとうございます!」


 布川は一口ハーブティーを飲んだ後、神妙な顔を作る。


「えーっと。芝浦凛のことですよね」

「ええ。いま、いろんな方からお話を伺っています」


 アキラが頷く。


「後輩や上司の評判はいいでしょう? 彼女」

「そうですね」


 アキラは唇に笑みを乗せて頷く。


 布川の言う通りだ。

 特に上司たちの評判はよく、「気が利く」「後輩への指導がしっかりしている」「どんな仕事もイヤな顔せずに引き受けてくれる」というものだった。


 後輩については「いつ質問してもイヤな顔をしない」「何度聞いても丁寧に教えてくれるから助かる」というものだった。


 かいつまんでそのあたりを説明すると、布川は鼻で嗤った。


「そりゃあ、イヤな顔せずに引き受けると思いますよ。だって引き受けた仕事、そのあとこっちにふるんだもん」


 両手で包み込むようにして紙コップを持ち、眉根を寄せる。


「『〇〇主任がこの資料作るように言ってましたぁ。あ、私はいまから後輩ちゃんと外回りのご挨拶に行って来るので、あとよろしく~』とか言って」


「でも資料の提出は芝浦さんじゃない誰かがなさるんでしょう? 例えば布川さんとかが。そのときに芝浦さんが作っていないことはわかるのでは?」


 ヒオが首を傾げると、布川はあきらめたように笑った。


「先に手回しするんですよ。『布川さんが手助けしてくださるそうなので、資料は彼女から提出されると思いますぅ』って。あの子、勝手に後輩教育係を自認してますけど、あれ、違いますからね?」


「というと?」

 ハーブティーを口に運びながらアキラは促す。


「当然ですけど後輩の指導は交代制です。じゃないと教える側のスキルも上がりませんから。通常業務もこなしながらの指導になりますから、教育係は業務を減らしてもらえるんです」


「ああ、なるほど。だからずっと後輩係をやりたがるわけだ。業務が減るんだもんね」


 ヒオは苦笑し、布川は忌々しそうに吐き捨てる。


「『新人ってほんと可愛い♡』とか言ってずっとダラダラ仕事して……。割喰うのはパートナーなんですよね」

「パートナー?」


 アキラの言葉に、布川はハーブティーを飲み干して頷く。


「あてがわれた業務は、うちでは基本的にふたりで行います。といってもどちらかが主でどちらかが副、となって……。例えば、営業先のA企業さまの主担当は私で、副は芝浦。B企業さまの主担当が芝浦なら、副はそのパートナーの私、というふうに」


「なるほど、なんとなくわかってきました」

 アキラは苦笑した。


「では芝浦さんとパートナーになったら、芝浦さんの担当まで主になる、と」

「そうなんですよ!!! わかってくれますか⁉」


 どん、と布川は拳でテーブルを叩いた。


「あいつ、なんでもかんでも『後輩の教育で♡』とか言って業務を振ってきて……! ほんとね、中村さんが辞めたわけがわかりますよ!」


「中村さん?」


 ヒオが空いた布川の紙コップにハーブティーを注ぎ足すと、礼を言って受け取りながら布川は若干うつむきがちになった。その表情に浮かぶのは「気まずさ」や「後味の悪さ」だ。


「今年の3月末で辞めた職員なんです。それまでずっと芝浦さんとパートナーをやってて……。その……中村さん、課長には『パートナーの変更』を申し出てたみたいなんですよ。いや、その……」


 違うな、こんないい方、と布川は額を掻いた。


「中村さん、私たちには何も言わなかったし、ランチルームとかでは普通にしゃべったりしてたし……。それに残業が続いたりしたら私たちも手伝ってたんです。だけど……」


「積極的に動こうとはしなかった? 中村さんを庇うと芝浦さんの世話が自分に回って来るから」


 そっと。

 気遣うようにアキラが言ったせいもあるのだろう。ためらいつつも、力強く布川は首を縦に振った。


「『中村さんは芝浦のせいで辞めたんだよね』ってみんな言いつつ……わかってるんですよ。辞めさせたのは私たちでもあるんですよね……。実際、こうやって私が代わった途端、みんな中村さんと同じような対応をし始めて」


 布川は深く息を吐き、ゆっくりとハーブティーを飲む。


「中村さん、一年前ぐらいからどんどん痩せ始めて……。いまならわかるんですけど、業務量半端ないですからね。私はもう最近ブチ切れて同期にも仕事手伝ってもらってますけど、中村さん、自分からは絶対に言わなかったからなぁ……。で、ある日、髪型を変えて来たんです。夏頃」


「気分転換?」

 ヒオが尋ねると、布川はゆっくりと首を横に振る。


「隠してましたけど、ここに円形脱毛症できてて……。その脱毛を隠すために、こう……別のところから髪の毛持って来て、ワックスで固めてたんです。……なんかもう痛々しくて、私たちは特になにごともないようにしたんだけど……。そうだ、そのときもあいつ」


 ぎり、と歯ぎしりの音がしそうなほどの顔で布川は吐き出す。


「芝浦、わざわざ中村さんのデスクに行って『その髪型似あってないよ、元にもどしたら?』って」


「強烈だな」


 思わず乾いた声を漏らしたアキラに、布川は同意を込めて頷いてみせた。


「さすがに『あんたねぇ』って隣の席の子が立ち上がったんだけど中村さんは苦笑いして『いいの、いいの』って」


「だけど……無理がたたって、退職されたんですか? 中村さん」

 ヒオの言葉に布川はまた深く息を吐いた。


「表向きには寿退社ってことになってます。実際結婚するみたいですしね、この夏。だけどもう……最後はほんと、気力で会社に来てる感じで……。

 たぶんですけど、ご結婚相手のかたが辞めさせたみたいなところもあるようですねぇ。

 ……その、送別会をしようって企画をしたんですよ。その……ちょっと……私たちも酷かったというか、うえに対して芝浦のことを報告しなかったし、野放しにしてたわけだし。だから、中村さんが好きそうなお店をピックアップして予約して。その場で……ちゃんと謝ろうって。だけど」


 アキラは黙って布川の続きを待つ。布川は片手を額に当て、俯いたまま話し出した。


「『ありがたいけど、ほとんど固形物が入らないから』って。よく考えたら、最後の数か月、彼女ランチルームにも来てなかったんですよ。ずっと給湯室でゼリー飲料飲んでたみたいで……。じゃあ、最後の出勤日に花束を渡そうって計画していたら……」


 3月の半ば、朝礼の席で上司から有休消化をしてそのまま退職するためもう中村さんは営業三課には来ないことを告げられた。


「あとで知ったんですけど、二課とか総務、外部の担当会社には中村さん、ちゃんと挨拶していままでのお礼も伝えて辞めてたみたいで……。

 なんかね、私たちの知らないところで二課とかは割と中村さんには助言してたり愚痴吐き大会とかしてたみたいで……。いま、二課の女性職員から、うち、すっごい冷たい態度受けてますが……まぁ自業自得ですよね」


 布川はうつむいた姿勢のまま、自嘲気味に笑った。


「いままでごめんね、ってなんて傲慢なんだろうって改めて気づかされたんです。中村さんは何も言わなかったけど、私たちの謝罪なんて受け付けたくないんですよね。だって『ごめんね』って言ってラクになるのは私達だけなんですから」


 アキラもヒオもしばらく黙って彼女を見つめていたが、その視線に気づき、布川は顔を上げて肩を竦めてみせた。


「こんな話をしたからって中村さんが芝浦を呪っているとか……そんな風に思わないでくださいね」


「ええ、もちろんです」

 アキラが伝えると、布川は笑う。


「あいつを呪い殺したいのは私を含めて相当数いるとおもいますからね。調査は大変だと思いますが頑張ってください」

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