6 芝浦凛の受けた呪い

◇◇◇◇


 30分後。

 アキラとヒオはビルの二階にある社員食堂にいた。


 他社との打ち合わせにも利用されるらしく、社員だけではなくふたりと同じように『入館許可証』という名札をつけたひとも多い。


 まだ昼食時間前ということで、コーヒーを飲みながら和やかに談笑している利用者がほとんどだ。


「アキラにはなにか見えた? ぼくはよくわからなかったな」

「プロが仕掛けたきれいな呪術じゃないからなぁ。ヒオにはわからないかも」


 ふたりがいるのは窓際のスタンドだ。椅子はなく立って利用する。


 ヒオはスタンドにもたれかかり、隣にいるアキラに視線を向けた。彼女は眠そうな顔でアイスティーのグラスに刺さるストローをくわえ、ぼんやりと窓の向こうを見ている。


「まあ……見えたっちゃあ、見えた。芝浦凛を黒髪の束がぐるぐる巻きにしてた。まるで道明寺どうみょうじだ」

「道明寺って歌舞伎の? 鐘にからまる大蛇のやつか」


 安珍という僧侶に裏切られた清姫が、ヘビと化して追いかけまわすのだ。

 逃げる安珍は道明寺という寺に匿われ、釣り鐘の下に隠れるのだが清姫はその釣り鐘に巻き付き、火を吐いて焼き殺すという物語。


 ヒオは苦笑し、アイスコーヒーの入るグラスを揺らす。氷がからからと涼し気な音を立てる。まだ冷房をいれるほどの季節ではないが、今日はやけに暑い。ふたりともそろえたわけではないが、ドリンクはアイスになった。


「あんだけがっちり黒髪に絡まれててよく身体症状が出ないな、あの芝浦とかいう女。私なら死んでるかも。やっぱりあのとんでもないポジティブ思考が関係してんのかな」


 アキラの言葉にヒオが噴き出した。グラスを持ち上げ、一口飲んでからアキラを見る。


「いるよねぇ。ああいう人。小学校の学級委員長がそのまま大人になった感じ」

「最悪だ」


 忌々しく吐き捨てるアキラに、ヒオは肩をすくめた。


「あれは呪術というより半分生霊だなぁ。なにか呪具を渡して呪っている」

 アキラは言ってから、ずぞーっとストローからアイスティーを吸い込む。


「だけどあの芝浦って女、呪具は持ってなかった。自宅にあるのか……」

「ぼくに降ろしなよ、その生霊」


 アイスコーヒーを一口飲み、こともなげにヒオは言う。


かんなぎとしては優秀だと思うよ? 織部西條おりべさいじょうの折り紙付きだ」


「ヒオを使わなくったって、呪った相手ぐらい探せるよ」


 アキラはあからさまに嫌悪の表情を浮かべた。


 不思議だなぁとヒオは思う。

 織部西條は毎日毎日、ヒオに霊を降ろした。ひどいときは失神するまで降ろさせた。


 ヒオはそれが自分に与えられた仕事のひとつだと思っていた。

 アキラのもとで仕事をすると聞かされた時、てっきり覡としてアキラに使用されると思ったのに。


 彼女はいままで一度としてヒオをそのように扱ったことはない。


「じゃあ、いまから呪った人を探すの?」

 ヒオはグラスを傾けて尋ねる。


 背後を二人連れの女性職員が「誰⁉ 超カッコいんだけど」「どこの人⁉」と騒ぎながら通りすぎた。


「ああ。だけど対象者、多そうだなぁ。あの芝浦って女、相当嫌われてるだろう?」

 うんざりしたようにアキラは言い、ストローの吸い口を噛む。


「私、昨日ほとんど寝てないんだよなぁ……」

「報告書、まだできてないの? ぼくもなにか手伝おうか?」


 言いながらもヒオは「あれ。ちょっと待って」と小首を傾げた。


「……できてたよね、報告書。だってぼく、それ預かって郵送したし。そういえば昨日、ぼくが『おやすみ』のメッセージ送ったのに、既読着いたの今朝だったよね」


「そうだっけ? 昨日は忙しかったからなぁ」

「なんで忙しかったの」


「うるさいなぁ、いいでしょう、別に」

 すげなく返すと、ヒオは眉根を寄せてアキラに顔を寄せる。


「ぼく以外の誰かと夜に会ってたの? それで忙しかったの?」


 アキラは、へ、と鼻で笑うと、残りのアイスティーを飲み干して腕を突き上げるようにして伸びをした。


「じゃ、調査に回るか」

「待って、アキラ! 誰と会ってたんだよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る