業火

ケストドン

第1話

 白い天井。点滴の針が右腕に射し込まれて、呼吸器が口に、脈拍測定器が指に固定されている。そして包帯が身体のいたるところに巻かれている。この天井を見るのはアルコール中毒で入院したとき以来だった。

 ピッ、ピッー。脈拍を頭の横にあるモニターが写して音を出してー。急に呼吸が苦しくなった。ベッドをまさぐって左手でナースコールを押す。

 数十秒後、彼女は現れて虚ろな表情で私の顔を見て、鎮痛剤を点滴に混ぜた。

 アルコール中毒で入院したときはこんな表情ではなかった。それはそうか、私は罪人になったから。


 2028年4月10日 F新聞より抜粋


 建造物放火、殺人の容疑で逮捕された浜野孝容疑者がX国立病院に移送された。容態は呼吸不全、全身火傷があるものの意識はあるようで会話もできるようだ。容疑については全面的に認めているが、一部否認している。事件の詳細は不明瞭な事が多くー。




 2025年8月18日


「孝よ、貧乏にも種類があると思うんや。悪い貧乏って定義も分からんが、俺の家は良い貧乏ってことや」

 安いカップ酒を飲み、売れ残りの刺身を食べながら彼は呟いた。

「はあ?訳の分からん宗教に500万ほど注ぎ込んで、子供はPTSD持ちになって、良い貧乏?はぁ?それより風呂入れや臭いんじゃ」

「父親に向かってその口の聞き方はなんや!」

 彼は机に身を乗り出した。孝は舌打ちをして、煙草を灰皿に強く押し付けた。

「だから臭いんじゃダボ!近寄ってくんな気持ち悪い。6日風呂入ってないのは最早生物兵器やろ。秀二と、おかんがこの部屋で飯食えん言うとったぞ!何とかしろや!」

「うるせえ!俺の勝手や!」

 彼の体臭はおが虫並みに臭かった。おが虫は退治できるから良いものの、人間だとタチが悪い。

 この男と酒を飲むといつもこうなる。途中までは楽しく飲めるのだが、最近は単純に臭いのも相まってストレスが余計に溜まる。久々に実家に戻っても良い思いが出来なくて息苦しい。

 彼はテレビに視線を移した。日本の観光名所を褒めちぎって外国人がオーバーリアクションで驚く番組だ。

 「ワオ!これが日本か感動するよ!。ええ!素晴らしいわ!」

 下らない。観光目的とは名ばかりで、この国が安いからだ。今や円安が進み1ドルを日本に持っていくと価値は1.5倍以上だ。確かに観光地は多く素晴らしいものもあるが、彼らは何よりも「安い」から日本に来ている。それを分かっていないこの老人は嬉しそうに「日本は素晴らしい」と言って酒を飲む。

 このテレビの構想も腹が立つ。褒めちぎっているようで、どこか馬鹿にしている。

「何がおもろいんやこの番組。釣りの番組に変えてやしょうもない」

「お前は愛国心というものがないんか!見てみろ!こんなに喜んでるんやぞ!」

 彼はカップ酒を飲み干した。孝は苛立ってビールを一気に飲み干す。

「日本が安いから来とるだけじゃボケ!ええから変えろや!釣り番組の方がよっぽど愛国心あるわ!この浅ましい構想が分からんのか?!」

「お前の言うとることは分からん!出ていけ!」

 孝は立ち上がり、彼を見下して睨み付けた。

「おー、出てったら!。はよ風呂入れ!一応は客商売やろうが!」

 居間の戸を思い切り横に開けた。

「うるせえ!はよ出てけ!」

 とあるカードゲームのテキスト。他のカードの効果を受けないというやつを思い出した。彼はいつからか効果を受けなくなってしまった。何を言っても変わらない。仮に年上の人にでも、総理大臣にでも「風呂に入れ」と言われたとして「効果を受けない」のだから、意味がない。今だけ殺人が合法であれば良いのに。そう思って2階の弟の部屋に移動した。





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業火 ケストドン @WANCHEN

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