第9話 窮地の発動:送還スキル
マルルの声が聞こえたかと思えば、彼女はおれに覆いかぶさりながらおれの頭を押さえつけていた。
「……声を殺して大人しくしていて」
マルルの声に従い、おれはうつ伏せのまま静かにすることにした。
「エリル、怪我は無い? 無いなら首を動かす」
おれは素直に言うことを聞いて首を下げてみせる。
「手短に言う。エリルはこのまま床に寝転がりながら隙を見て外に出て。水晶玉から出現した魔物はわたしが何とかする。エリルはその隙に逃げて退避。分かった?」
……水晶玉から魔物?
おれの魔力測定をするはずの水晶玉が異常を起こすなんて、そんなことが起こり得るんだろうか。
送還イメージを浮かべて熱を感じたのは気のせいじゃなくて、すでに何らかの異変が生じていたから?
とにかくここはマルルの言うことを聞いて外に脱出を――
「――っ!? な、なんだ? 体が浮いている……? えっ、えぇっ?」
おれが隠れているところは、教会の中のごく限られたスペース。
マルルに守られながら必死に床にひっつくようにうつ伏せになっているというのに、自分の意思に関係無く全身がふわっと浮かされている状態に陥っている。
おれの状態異常にマルルはまだ気づいていなく、水晶玉から出て来ようとする何かに対し、持っている武器を身構えているのが見えた。
ここでおれが声を出してしまえば、マルルの必死の応戦が無駄になってしまう。
「くぅぅっ!! ひっ、引き寄せられてる……?」
空中に体が浮かされたかと思えば、今度は水晶玉の魔物に引き寄せられ始めた。このままだと間違いなく戦闘に巻き込まれてしまうんじゃ?
抵抗したくてもこれほど非力だとどうすることも出来ない。そうして全身をバタつかせていると、マルルがその様子に気づいた。
「エリル……!? 何をしている? 早く逃げろって言ったはず」
「だ、駄目なんだよ。か、体が全然いうことをきいてくれないんだ……し、しかも、引き寄せられてるんだ……うっううぅ」
「引き寄せ……魔物に?」
「う、うぅ」
何らかの魔物には違いなく、そこから風圧が襲ってきている。それに対し、マルルが武器で風を切っているものの、不確かな魔物には刃が届いていない。
逆に引き寄せを喰らっているおれの視界には、魔物の姿が徐々に見えてくる。
「……えっ? ま、まさか……」
「フゥゥ……。まさかお前が呼び出してくれるとはな。聖者エリル……いいや、今はただのエリルに成り下がってしまったか?」
おれを引き寄せている魔物は、両脇にインプを従えたデーモン族そのものだった。禍々しい空気を纏い、教会一帯を黒く覆っているような感じに見えている。
ふと床を見ると、さっきまでおれに話しかけていた司祭や教会に来ていた人たちが苦しむように横たわっている。
「……何でおれを知ってるんだ? どうして魔物がおれを……」
「クックック。これはいい! 記憶を失ってしまったようだな。エリル。アリシアという名は覚えているか?」
「アリシア……おれが送還した勇者のはず」
転生はしたが、城での出来事は確かに覚えている。
「ホゥ、それは忘れていないわけか! 間抜けにもお前が送還したアリシアなる者は、壊滅都市テルミアに還り……そこで見事に復活を遂げた。お前の送還のおかげで魔族が息を吹き返したというわけだ! 聖者の記憶を失ったお前には分からないだろうがな……クックック」
「――!」
壊滅都市……テルミア。聖者……。
エリル、聖者エリル……。
ぐっ、駄目だ頭が痛くて思い出せない。
「エリル!! 今、助ける!」
「あっ……」
おれとデーモンの間に割って入るようにして、短剣が通り過ぎていく。
「エリル!」
「マ、マルル……来たら駄目だ!! こいつは危険な魔物なんだ……こいつの狙いはおれだけだから、だから――」
「エリルは弱い。強いわたしは、弱いお前を守ると決めている! そのまま大人しく……っ!?」
見上げながらおれを魔物から助け出そうとしてくれているマルルが、デーモンの手によって締め上げられながら捕まっている。
そんな……それほどの強さの違いがあるっていうのか?
「ククク……冒険者にしては軽快に動くと見ていたが、獣人の女だったか。なぜそいつごときを守ろうとしているのか理解に苦しむものだな!」
「……その子、を放せ! エ……リルはわたしが守……る」
「クックック! そこそこの実力者のようだが、こんな程度とはな! だが高貴なるデーモン族に刃を向ける貴様を許すつもりはない! エリルともども消してやる」
「ガッ、ガハッ……グゥゥゥ」
あぁ、何てことだ。おれが水晶玉に送還イメージを浮かべたばかりにこんな事態を引き起こすなんて。
このままマルルや無関係な教会の人たちを消させるなんて、そんな身勝手なことをやらせてなるものか。
……送還を試すしかない。
それしか。
こんな未成熟な体で送還を試みるのは無謀かもしれないけど、今の俺ではそれくらいしか出来ないはず。
もしかしたらまた記憶を失ってしまうかもしれないけど、おれを守ってくれた人たちを失うのはごめんだ。
「マルルを放せ! デーモン族!! 消すだけならおれ一人だけでいい!!」
「……クク。エリルごときいつでも消せる。だがここにいる人間どもは今すぐに消す。そうでなければこの獣人のように抵抗力を高める可能性があるからな」
体がいうことを利かないままでも、送還に必要な手だけは向けられる。
もう迷う必要は無い。
「マルル。おれを守ってくれてありがとう。でも、もう心配させないから!」
「……エリル? 何をするつもり――」
デーモンの油断なのか、おれが何も出来ないと思ってのことなのか分からないが、これほど至近距離にまでおれを引き寄せてくれたのは幸運だった。
手をかざす動きならデーモンに気づかれもしない。
このまま送還するイメージを頭に浮かべ……そして。
「《送還》だっ!! デーモンを送還する!」
上手くいくかなんて分からないまま、至近距離のデーモンに向けて送還を試みた。手の平からは微かに熱を感じ、引き寄せのデーモンとともに自分の体もどこかに送られるような感覚があった。
「なっ!? バ、バカな……なぜその姿で送還がァァァァァ――」
「…………マ、ルル……よかっ……た」
デーモンによって捕まっていたマルルが地面に落下していくのだけを目に焼き付けながら、おれはデーモンとともにどこかに送還された。
覚醒待ちの最弱冒険者はあらゆる不運を打ち破る 遥 かずら @hkz7
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