今でも僕たちは友達だった。
スズヤ
本編
僕には幼馴染の女の子がいた。
彼女はおとなしめな性格でありながら、遊んでいる時は明るく元気な子だった。
彼女のすむ家は僕の家から徒歩2分でつくぐらい近かった。
初めて彼女と出会ったのは僕に物心がつき始めた時ぐらい。
母親と一緒に外を歩いていて、彼女の自宅の前を通った時に彼女と出会った。
仲がよくなってからは彼女の家にいくこともよくあった。
そのため、プライベートでも遊ぶ機会は多かった。
そういった付き合いがあったから僕たちは小学生にあがってからもずっと仲がよかった。
彼女とだけでなく、僕は男友達と遊ぶことも多かったが、彼女とは家が近いということもあって会う機会は他の男子よりも多く、一緒に学校へ登校することもよくあった。
中学生にあがると、僕は彼女とどう接するかに少し迷っていた。
中学生ともなると、異性と一緒にいるのはとても目立つ。
彼女と会ったり話す時間がそれなりに多いからか、他の人たちからすると僕たちの関係は色恋モノのようにみえるようだった。
みな、そういうことに敏感な時期なのだと思う。
僕たちはだんだんと人前で話さなくなっていった。
あまりからかわれることはすきではない。
けれども、僕たちは友達なことにはかわりはなく、あまり人目につかない近くの公園で僕たちは密かに会って話をしていた。
今の時間は夕暮れ時で夕日から照らされる朱色の光が公園全体を染めていた。
「あまり最近話してなかったよね」
彼女はとなりのブランコでゆるやかに漕いでいた。
「いつでも話そうと思えば話せるだろうけどね」
ブランコの座板に腰かけ僕はそう口にした。
「それはそうだけど、小学生の時みたいに人の前で気兼ねなく話せなくなったなーと思って」
「みんなそういうのに敏感になってるからね」
「なんでそうなっちゃうんだろう…」
「たぶん、みんな大人になりかけているんだと思う」
「ふーん、じゃあ私たちも大人になったらお互い今みたいな関係性ではいられなくなるのかな?」
「…どうだろうね」僕は一瞬、思考を巡らせて言葉を続けた。「お互いがどういう見方で一緒にいるのか、ということもあるんじゃないかな」
「どういうこと?」
彼女はブランコを漕ぐのをやめ、こちらに顔を向けた。
「今は『異性』というものを強く意識し始めてる。たぶん、小学生と中学生とで異性への見方が変わったんだと思う。だから、もし今の僕たちが小学生の時のような関係性で今も一緒にいるんだったら、いつか一緒にいることができなくなるかもしれない」
「うーん……」
彼女は顔をしかめながら軽くうなり声を上げた。
「わかるようなわからないような…」
判然としない様子で彼女はぼそっと呟いた。
「要するに今僕たちがこうしているのは小学生のときのような価値観や感覚のまま一緒にいるんじゃないかということ。そして、もしそうなら僕たちの関係は長く続かないんじゃないかということ」
僕がいい終えると彼女はあごに手をあて考えこんだ。
「もしそうなら変化していった先にお互いがそれでも受け入れられれば一緒にいられる可能性はあるということだよね」
彼女はそういい、僕に視線を向け笑みをくれた。
「…まあ、そうだね」
「じゃあ、お互い変わっていっても関係性が続くように受け入れられるようにしよう」
彼女は声高にそういい放った。
僕は何もいえなくて、うわべだけの愛想笑いしかできなかった。
きっとそんな単純なものではないだろうと僕は思った。
時がたち、僕たちは中学校を卒業した。
進学先の高校はお互い別々で僕は電車通学、彼女は自転車通学になる。
僕たちは高校生になっても今までと変わらず、時間があえば二人で会っていた。
小学生の時から変わらない関係性がずっと続いていた。
高校生になってから1年ぐらいそういった関係性が続いていた。
だけれども、その関係も終わりがくる。
高校2年生になって、5月の頭に彼女から連絡がきた。
「話したいことがあるから、今日これから会える?」
今は学校終わりの放課後で、下校途中に彼女からメッセージが届いていた。
思い当たるふしがなかった。
話したいこととは何なのだろう。
僕は返信し、これから彼女と会うこととなる。
公園につくと、彼女はベンチに腰かけていた。
僕は彼女の方へ砂利を踏みしめる音を出し近づいていくと、彼女は僕の存在に気づく。
彼女は僕の顔を見て微笑むが、その表情はどこか不自然だった。
「きてくれてありがとうね」
「遅くなってごめん」
「大丈夫だよ。ついさっきまで家でくつろいでいたし」
僕は彼女のとなりに1人分のスペースを空けて、腰を下ろした。
高校2年生になってから初めて彼女と会った。
僕は彼女からメッセージを送ってくれたことに関して、何か話を促した方がいいかと考えると、彼女はやや重苦しく口を開いていく。
「…突然なんだけど、私カレシできたの」
彼女は僕から目をそむけながらいった。
「1年生の時から仲よくしていて、話したり会う頻度が増えていって、いつの間にかお互い恋愛感情を抱いてた」
その話を聞いた時、僕は意外に感じた。
普段、彼女の恋愛話をあまり聞くことはなかったし、実際、今までに彼女が誰かに恋をしたというのは聞いたことがなかった。
急なことをいわれて、僕は何をいえばいいのかわからず、わざわざ僕にこのことを告げたのは祝福されたいからだろうかと思い、僕は素直に「おめでとう」と口にした。
彼女はぎこちない態度で僕に目線をくれずに、下を向きながら「ありがとう」と控えめにいった。
そのあと、沈黙が続いた。
大事な話ってこのことだったのだろうか。
僕は次の言葉を探していると、
「あの、言いたいことがあって…」彼女は沈黙を破り言葉にする。「あなたと連絡したり、こうして会ったりするのやめようかなと思ってるの」
彼女はそれからも言葉を続けた。
カレシができて、それで他の男の人と会ってるというのを噂されたくない、カレシに迷惑がかかるかもしれないからと僕にそう言った。
それを聞いて僕は、あぁ…、そういうことかと思った。
今後僕とは会わないようにするということを話すために彼女は今日、僕を呼び出したのだ。
「それはしょうがないよね」
実際どうしようもなかった。
昔から僕たちはただの友だちとして仲がいいことを彼女の同校生の人たちは知らないだろうし、知ったことではない。
「ごめん……」
彼女はうつむき申し訳なさげにいった。
僕は大丈夫と返し、少し話をしたあと彼女と別れた。
僕は自宅につき、自室へ入った。
こうして僕たちの関係は唐突に終わってしまった。
いつか彼女はいっていた。
(「じゃあ、お互い変わっていっても関係性が続くように受け入れられるようにしよう」)
そんな簡単な話ではないのだ。
どこかでこうなることはわかっていた。
だから、このような形で関係が終わっても僕はつらい思いをすることはなかった。
もちろん、寂しくはあるがそれがくることはわかっていたし、覚悟はしていた。
ただ、僕の想像していたよりもそれが、思いのほか早いタイミングできたなとは思った。
僕は間違って連絡することがないように連絡先から彼女の名前を消した。
無意識に彼女とコンタクトをとってしまう可能性があると思ったのだ。
僕はスマホの画面を閉じ、ベッドの上で横たわった。
こうして僕は1人の友だちを失った。
あれから1か月がたった。
公園で彼女が打ち明けてから僕たちは全く接する機会はなくなった。
彼女と接さなくなってからも、基本的に大きくかわることはなかったが、それでも彼女と一緒にいた時間や居心地の良さは今になって思えば好きだったのかもしれないと思った。
彼女と一緒にいるのが当たり前だったから、いなくなって初めてそう感じるようになった。
心の安寧の場所が1つ消えて、少なからず寂しい気持ちになるが結局はそれまでだった。
別に会おうと思えばいつでも会えるわけなのだから、そう悲観的になることでもない。
それに友達とはいつか離れてしまうものなのだから。
自分と同級生の友だちも高校を卒業したら、関わらなくなるのかもしれないなと思った。
それを考えると、1人で生きるということに今のうちに慣れておいた方がいいのかもしれない。
そこから更に2か月がたち、8月になる。
世の中は夏休みでうだるような暑さの中、僕は人生で初めてカノジョができた。
カノジョは元気のある女の子で、同性異性というものをあまり気にせず誰とでも仲良くしていくタイプだった。
髪型はショートで顔立ちは頬が幾分かふっくらしていた。
最初はほぼ他人みたいな関係性だったが、カノジョが自分に話しかけたことで何となく僕たちは気が合い付き合うようになった。
僕たちが付き合うことになって僕は久しぶりに彼女に連絡をとろうとした。
連絡先を消してしまっていたが、電話の履歴には彼女の電話番号がまだ残っていた。
僕は彼女に電話をかけようとして、でも一瞬躊躇した。
躊躇してしまったのは僕たちの関係が変わりつつあるからだろう。
3か月前の僕たちとは違う。
僕は何か見えないものに怯えているような感情を抱いたが、それを振り払って彼女に電話をかけた。
5秒ぐらいたって電話がつながると、彼女は開口一番に「久しぶりだね」といった。
彼女の声を聴いた瞬間、僕の心は安堵に包まれた。
優しく落ち着きのある声。
たった3か月前のことなのにひどくなつかしく思えた。
僕は彼女にカノジョができたことを伝えると、「そっかぁ、カノジョできたんだね。おめでとう」と祝福の言葉をもらった。
僕はありがとうとお礼をいい、そのあと僕たちは時間をかけて近況を伝え合った。
お互いどのようにしてパートナーができたのか、パートナーができてからどう過ごしてきたか、学校での出来事、私生活のこと。
彼女と離れてからの3か月分をこの2時間でずっと話していた。
お互い伝えきったあと、通話を切って、1人きりで静まる部屋にいたことに気づき、僕は考えごとにふけった。
僕たちはまたしばらく接することはなくなるだろうと思った。
それがわかっていたから、僕たちは長々と話をしてしまったのだ。
今日ぐらいはいいじゃないかと。
僕は彼女の連絡先に名前をつけて、登録し直した。
彼女と接さなくなってから3か月がたったことを考えると、間違って電話をかけてしまうことはないだろうと思った。
スマホの画面を閉じ、ベッドに横たわって今日という日を終えた。
それからまた長い月日がたっていた。
夏休みを終え、秋になり、冬がきて、春になろうとしていた。
もうすぐ高校3年生になろうとする時、僕とカノジョは別れた。
別れた原因は単純にお互い冷めてしまっていた。
付き合う前の僕たちは相性がかなりいいと思っていた。
でも、実際付き合ってみると相性がとても悪かった。
些細なことでもケンカするようになった。
僕は自分なりにカノジョに対して向き合っていたし、そばにいた好きな人が去っていくというのを初めて経験した。
だからこそ、僕はひどく悲しんだ。
僕たちの付き合っている関係性を考えれば、いつかこうなることは薄々わかっていたが、実際フラれてみるとつらさで心が壊れてしまいそうだった。
フラれてから数週間がたった。
僕は真っ暗な部屋の中で壁によりかかって座っていた。
その空間の中で思い浮かべるのは数週間前まで付き合っていたカノジョではなく、幼馴染の彼女だった。
僕は今、彼女といた時の安心感を猛烈に欲していた。
今の自分にとって彼女といることが自分の支えになるような気がした。
自分のつらさを紛らわせるために依存するような形で人と接するものではないが、でも今となっては彼女の存在はとても大事なような気がした。
彼女のことを想い考え続けている内に僕は、彼女と話したい衝動に駆られた。
手を伸ばしてスマホを手にとり、連絡先に彼女の名前がのっている画面まで手を進めたが僕はそこで手を止めてしまった。
最後に彼女と会話をしたのはしばらく前だ。
僕たちが最後に連絡をとったのは半年以上前だった。
今もかわらず彼女は僕と接してくれるのだろうか。
僕の心は不安な気持ちでいっぱいだった。
いきなり電話をかけて、かつての僕たちのように話せる保証はない。
そもそも電話に出てすらくれないかもしれない。
そうやって考えていくと、彼女に電話をするということがひどく間違いのように思えた。
どこか不適切のように感じた。
それよりかは文字でのやりとりをする方がいいのではないかと思い、僕は「カノジョと別れた」とだけ書いて彼女に送った。
愛想がないが、彼女にカノジョと別れたことを最低限伝えられればそれでいい。
僕がメッセージを送ってから、彼女と過ごしていた日々をぼんやりと回想するように脳内で眺めていた。
あの頃の僕たちの適切な距離感、心地良さを思い出そうとしていた。
30分ぐらいたってスマホから音が鳴った。
画面を表示させると、彼女から返信がきていた。
画面にはこう書かれていた。
「そっかぁ。じゃあ私と一緒だね」
僕は彼女のいっていることがすぐには理解できなかった。
私はカレシにフラれてしまった。
私たちの関係はうまくいっているものだと思っていた。
でも実際はそうではなかった。
カレは別に好きな人ができたといった。
その相手は私たちと同じクラスの女の子だった。
その女の子は明るくムードメーカーな存在で顔立ちも整っていて可愛らしく、誰に対しても優しくて、相手が心地よいと感じられる距離感や接し方、そういう波長の合わせ方がとても長けている人だった。
色んな人から好かれ、私ともそれなりに仲よくしてくれていた人だった。
私とカレシとその彼女は3人とも同じクラスで、カレシと彼女が親しげに接している光景を見ると、私の精神は病んでいった。
……何をみせられているのだろう。
……私は何のために学校にきているのだろう。
心に数えきれない傷を負いながら、学校に登校する意味はあるんだろうか。
自宅で誰もいない真っ暗な自室の中で私は涙をこぼした。
涙を流している最中に思い浮かぶのは彼の存在だった。
こんな時に彼さえいてくれれば私の心はきっと癒えるのにと思った。
彼との以前のような仲のいい友達でいるという安心感を私は物凄く欲していた。
彼とならきっと楽しい日常を過ごせるし、つらいこともわかり合えるようなそんな気がした。
私はスマホを手に取り、連絡先に彼の名前が表示されている画面まで進めたがしかし私は手を止めてしまった。
彼は今、カノジョがいるのだ。
しばらく連絡をとっていないし、ちゃんと話せるかとかそういうのがとても怖かった。
私はスマホの画面を閉じ、ベッドに潜りこんだ。
考えるのをやめて、時間をかけて寝入ろうとした。
心の痛みを抱えながら1人で。
それから数週間、私は堪えながら毎日を生きていた。
学校へいけばカレと彼女の仲いいところを見せられ、自分の心を傷つけながら毎日過ごしていた。
私の精神はおかしくなりそうだった。
……もう学校にいきたくない……。
休日は寝たきりのようにベッドに張り付くように横になっていた。
でも限界がきていた。
もう学校にいかなくていいかな……。
つかれちゃった……。
私は夜になっても電気をつけずに寝たきりでいると、スマホから音が鳴る。
数十秒経ってから重だるげに私はスマホに触れて画面をつけた。
表示されていたのは彼の名前だった。
それを確認すると、私は目を見開いて飛び起きた。
彼からくるとは思ってなかった。
画面を開くと、彼からのメッセージにはこう書いてあった。
「カノジョと別れた」
私はそれを見た瞬間、顔を上げて部屋の天井を見つめて深呼吸し、目をつむった。
別れちゃったんだ……。
私は彼のことを思い浮かべてみる。
彼が相手を振ったのだろうか、それともフラれたんだろうか。
彼のことを考えると、振ったことをわざわざ自分から伝えないような気がした。
相手に傷を与えるようなことを何の気なしに誰かに知らせることをおそらくしない。
知らせるならもっと違う言い方をするような気がする。彼は。
おそらくだけど、彼はフラれたのだ。
彼からメッセージが届いてから20分ぐらい私は彼のことを考えて、色んな気持ちや思いを巡らせていた。
思い巡らせ、そして終着点にたどりついた時、私はこう思った。
彼はたぶん、私と一緒なんだ。
それは彼のことを考えたら、決して喜ばしくないことだけれど、私にとっては強固で確かな安心感を与えてくれた。
私の内側に感情が彩るのを感じた。
ゆっくりと目を開けて、私は率直に思ったことを彼に送った。
送ったあと、すぐには返信はこなかった。
彼からしたらそもそも何を返せばいいのかわからないのかもしれない。
今彼は何を思っているのだろう…。
彼とのやり取りは久しぶりだった。
今どこで何をしているのだろう…。
彼のことを考えていると、昔の私たちの光景が目に浮かんだ。
夕焼けに染まる公園で私と彼が一緒に過ごしていた時間。
その時のことを私は頭の中で回想して、私と彼との離れていた距離を近づけていっていると、スマホから音が鳴り、意識は現実に引き戻された。
私はスマホに触れ、彼からのメッセージを確認する。
「今から会える? 公園で」
私は彼と会うことに決めた。
私は公園についてから彼へ返信した。
何となく彼が先についていたら、うまく彼と接する自信が持てなかったのだ。
今私は公園のベンチで彼を待っている。
すでに夕日は落ちていて、周りは薄暗い状態になっていた。
最後にここで会ったのはいつだろう。
記憶をたどると、彼と会ったのは5月で最後だった。
私が彼にカレシができたことを告白した時だ。
あの時から私たちは全く会っていなかった。
ということは約1年がたっている。
私は公園を見渡す。
昔はこの公園で彼を待つのは安心感があって嫌いじゃなかった。
でも今は彼がちゃんとここにきてくれるのか、私たちはちゃんと話すことができるのか。
不安でいっぱいだった。
まるで知り合ったことのない人と初めて会うかのような感覚だった。
緊張で心臓の鼓動がだんだんと早くなってくる。
私は手足をそわそわさせ、彼を待っていた。
時間を見ると、すでに10分経っているが、その10分が物凄く長く感じた。
私は突然逃げ出したくなる感情に駆られる。
どうやら私は彼と会うのを怖がっているようだった。
カレシにフラれたことで彼に拒絶されるのではないか。
私たちの関係性が昔と変わってしまって、受け入れてもらえないのではないか。
そういう不安に襲われる。
でも、彼に返事を送ってしまったし、逃げ出すわけにもいかない。
私はじっと堪えて顔を下に向けて待っていると、公園内の砂を踏んで歩いてくる足音が聞こえてくる。
私は思わず顔を上げる。
辺りは真っ暗で近づいてくる相手の顔を認識することができなかった。
でも私は彼がきたと、第六感がそう告げていた。
彼の足音が近づき、すぐそこまでくると砂を踏む音が止んだ。
「…久しぶり」
彼から発せられる声。
その声を聴いただけで私はさっきまでの不安や恐怖が綺麗に消え去った。
「…うん。久しぶり」
約1年ぶりの彼との再会だった。
そのあと、私たちは近くにあるレストランに寄って、この1年間の彼との空白の時間を埋めるように話し込んだ。
その際、パートナー関連の話題は一切出なかった。
パートナーと別れた話とかそういうのは面と向かって話すには私たちには堪える話題だった。
私たちがいつも一緒にいた時のような心が平穏でいられる空間にしたかった。
私は確かな安心感、幸せを噛みしめる。
あぁ、私たちはいつもこんな感じだったなと目に見えない居心地の良さを全身で感じ取る。
傷ついた心は修復不可能だけど、私の心にジワっと火がともるような温かいものを彼から感じられた。
レストランを出る頃には私たちは今までのような自然な関係性に戻りつつあった。
それから一緒に夜道を歩いていた。
光が通らない真っ暗闇な夜道を私たちは他愛ない話をしながら歩いていた。
まだ4月での夜の時間帯はとても冷えていた。
手がかじかむ。
寒い手を彼の手の方へ私は伸ばしていった。
ゆっくりと彼の手に触れる。
触れた瞬間、心臓に強い鼓動が1つ鳴った。
彼の手も冷えていて決して温かいわけではなかったけど、かすかに彼からの体温を感じられた。
正直拒まれたらどうしようと思ったが、彼は受け入れ手をつないでくれた。
私はホッとした。
私たちは手をつなぎ、夜道を歩いていく。
私は彼と手をつないだ時から心臓が強く鳴り続けていた。
あぁ、私は彼と一緒にいることがとてつもなく幸せに感じられた。
きっと私は彼のことが好きなのだ。
私は彼に対して恋愛感情があるのを認識すると、その瞬間、私の心に強いリミッターがかかった。
そういう感情を出してはいけないと私の心の中で警鐘を鳴らしていた。
たぶん、元カレとのことなのだろう。
カレシとうまくいかなかったんだから、今回もきっとそう長く関係が続くことはない。
私たちが恋愛関係になったら、今みたいな不変性の幸せな関係はきっとなくなってしまう。
お互いそういう関係になれたとしても、それは一時のモノであっていつかは離れてしまう。
そんなことを予感させた。
私はそれが怖い。
元カレと恋愛をして、いつまでもパートナーと一緒にいられるわけではないということを私は痛いほど実感として味わってしまっていた。
今、となりで一緒に歩いている彼が離れてしまうことを考えたくなかった。
そういうことを受け入れることが私にはできなかった。
そうであるなら今の関係性のままでいい。
いつまでもこうして私は彼と一緒にいたい。
私は彼の歩くとなりでそう願っていた。
久しぶりに僕は彼女と再会を果たした。
1年前まであった自分たちの安心していられる空間が今も確かにそこにあったことを僕は密かに嬉しく思っていた。
彼女と別れて自分の部屋にたどりつく。
僕は月明かりが差し込む部屋で電気をつけずに壁に寄りかかって座っていた。
今日、彼女と会って僕は彼女のことが好きなのだということを初めて理解した。
今までは彼女のことを異性としてあまり意識していなかったが、今日、彼女の存在が自分にとってとても大きな存在であることを認識した。
正直、今日彼女と別れることが名残惜しかった。
いつまでも一緒にいたいと思った。
でも、これ以上彼女と距離を近づける気がしなかった。
僕は生まれて初めてカノジョができて、相性がいいと思っていた相手が、実は表面的なところでしかお互いのことを見れていなくて実際の相性はかなり悪かった。
その経験によって、僕にとっての恋愛はうまくいくものではないということを実感として覚えてしまっていた。
今一緒にいる彼女も今の関係性だからうまくいっているのであって、もし仮にパートナーとして付き合えたとしても僕たちはうまくいかないだろう。
元カノのように、付き合ってみたら見えていなかったものが色々見えてしまって、相性が悪いという可能性はありえることだった。
そして、そうなってしまったらまた心に傷を負う。
しかも、他の異性とは違って彼女は自分にとって幼馴染で近しい人だった。
その関係性が壊れて彼女の存在を失うことが自分はとても怖かった。
離れずいつまでもこうして彼女の近くにいたいと思った。
年月がたち、僕たちは高校を卒業した。
僕と彼女は大学生になってもお互い都内で一人暮らしを始め、定期的に会っていた。
大学生の時も、大学を卒業して社会人になっても僕たちの関係性は変わらなかった。
僕は心に傷を負ってしまって、いつまでもそれを忘れられずにいる。
きっと彼女もそうなのだと思う。
僕の住んでるマンションに彼女はよく訪れていた。
彼女は僕と一緒に過ごし、手料理を振舞ってくれる。
それだけを見たら、確かに幸せそうに見えるかもしれない。
でも、僕たちの関係は何かが致命的だった。
鳥かごの中にいるような閉塞的な世界で生きてしまっている。
何かに囚われたように不自由なところにいる。
ずっと僕たちは足踏みをしてしまっている。
いつかは変わらなければいけない。
僕も、彼女との関係性も。
でも、このままでいたいと思ってしまっている自分もいる。
その葛藤に最近はひどく苛まされている。
自分たちはどこに進むべきなのだろう。
今日の夜も判断がつかないまま、1日が過ぎる。
ーー今でも僕たちは友達だった。
今でも僕たちは友達だった。 スズヤ @key-suzuya
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