転生したはいいがまだ卵の中のようです

葉气

第1話 過勉死ともいう

 俺の名前は梅宮宗一郎、現在大学三年生


 今の時代に似つかわしくない名前が唯一のコンプレックスだ。


 そして今の時代で表すならば、俺は今まさに限界大学生というやつで、卒業は愚か進級すら叶うか分からない状態だ。


 高校ではどちらかと言えば理系だったのだが、大学で忙しいという声を耳にして無理やり文系の学部へと進学した。


 当然ながらほとんどの文系科目が苦手で、大学では教授の話していることなどひとつも理解できない。


 このままでは、たとえ卒業できたとしても就職で地獄を見ると思った俺は、宅建士の資格を取ろうと考えた。


 思いつきからすぐさま行動できるのは俺の長所とも言えるが、進級すら危ういやつがこの期に及んで資格勉強だとか、無謀にも程があると今の俺なら思うだろう。


 大学の課題レポートの提出期限が重なった10月のとある日。

 宅建士試験の申し込みを済ませ、すでに試験料まで払い済。


 レポート提出期限日の翌日が試験当日となった前日、レポート課題を全て提出し終え大学を出ながら参考書に注視しながら歩いていた時に俺は車にはねられた。


 即死だ。

 痛みもなにも覚えていないのだから、一秒足らずでを去ったのだろう。


『なんて、過去を振り返るだけ虚しくなるだけだよな……』


 今現在、死んだはずの俺はこの暗闇の空間で意識が復活した。


 冷静に考えてみると、俺の生き様とは実に面白いものである。


 最後までやりたいことも見つからずに無惨にも事故死したのだから。


 実際のところ、試験当日を迎えていても合格は難しかっただろう。


『さてと……それでここは何処なんだろうか』


 声を発することができているのかすら分からないが、自らの意識は確かにここにある。


 ただ、身体の四肢の感覚や五感といったもの全てが無い。


 とてもだが生きているという実感はない。死んだのだから、ここはあの世か来世なのだろう。


『転生したということも有り得るのか……?』


 その場合なら、あんな世界ではなくもっと幻想に満ち溢れた世界がいいな。


 単位だとか就職だとか、勉強はもうウンザリだよ。


 ファンタジーっぽく、綺麗な空を優雅に飛べたら最高だろうな。


『……───因子を確認……』


『な、なんだ!?』


 突然頭の中で俺のではない別の声が聞こえてきた。


『なぁ、俺以外にも誰かいるのか?』


 話しかけてみるよう試みるも、返答はない。


 しかし、変化はあった。


『見える……何か見えるぞ』


 真っ暗闇だった空間に僅かに光が差し掛かった。


『視覚を正常に確認しました。全ての五感をフル稼働させます』


 またしても聞こえる声とともに、信じられない感覚に陥る。


「これは……風の音……、聞こえる、俺の声も聞こえる」


 少し声が高いようにも感じるが、確かに俺が喋りその声を俺の耳で拾うことができている。


 僅かな風に当てられる感覚、はっきりと漂う土の匂い、味わう感覚……は分からないが、明らかに感覚が戻った。


 今目の前に見えているのは、草むらだろうか。緑が多く、目線はかなり下の方、というよりすぐそこに地面がある。


「俺、地面に落ちているのか……?」


 土の匂いを間近で感じられるのは、俺が地面に落ちているからに他ならないだろう。


 しかし地面に顔が横倒れているとはどういう状況だろうか。


『今のマスターに顔はまだ存在していません』


「えぇ!?……って、どういうこと?」


 頭に直接響く誰かの声。女性の声か、それとも男性の声かの判別はつかない。


 淡々とした口調でどこか機械臭い声の主はいったい誰だ?


『私はマスターの因子から生まれたスキルです』


「スキル……?」


 ゲームではよくあるものだが、チュートリアルでの説明を全飛ばしすると後々困るやつだ。


『説明します。スキルとはその者が切に願った能力が顕現したものであり、この世界では誰しもが持っています』


「え、でも俺なにも願った覚えないよ?」


 ファンタジーのような世界に転生できたらいい、とは思ったが願ったほどじゃない。


 それが俺の願いだとしたら、もうすでにファンタジーの世界であろうここにいる時点でスキルとして成り立つのだろうか。


「あー、えっと、それで君は誰なんだ?」


 一番気になることを先ず聞かねばならない。


『私は──…■■の意思』


 なんだ……?


「もう一回言って」


『はい、私は───……■■▲意思。マスターの因子から生まれたスキルです』


 やっぱり同じところで変なノイズのような雑音が混じってなんて言っているのか聞き取れない。


 ○○の意思……なんだろうか。


 マスターはおそらく俺の事、であるならば俺の因子とは何か。


 全くもって俺の願いから生まれたものとは考え難いような……


『そんなことはありません。正確にマスターの願いから生まれました』


「あぁ……そう」


 ゲームなんかで言うと、これは案内役とかそういった類のスキルなのだろう。


 下手な攻撃モンとかよりも一番助かる系だな。


「あーそうだ。それでさ、俺は今どんな状況でいるのかな」


 未だに土の匂いだけが鼻をくすぐるように漂う。


 こいつの言う顔がまだ存在しないという発言にもすごい興味がある。


 何せ、そんなことを言われたら俺が人間じゃない何かに転生したということじゃないか。


『その通りです』


「えぇ!?ままままじで!?」


 じゃあ何だ、虫か何かにでも転生したのか。


 いや、虫でさえも顔はしっかりとあるからな。顔が無いとなると……まさか植物──


『それは違います。マスターの現状は未だ孵化する前の卵の中です』


「へ……?たまごのなか…………???」


『はい。卵が地面に置き去りにされているため土の香りがするのだと思われます』


 あらゆる生物を想定したが、流石のそれには理解がしばらく及ばない。


 え、じゃあ俺は今卵の殻の内側にいて、孵化する前だと。


 いやでも土の匂いがするということは殻も含めて俺の一部ということになるのか?


 そもそも殻に鼻はあるのか?というか顔がなまだ無いと言われてなぜ視覚聴覚嗅覚を感じるのか。


 ていうか孵化する前の生物に自我って芽生えるんだ。


『諦めてください。考えても意味がありません』


「あっ、そうですよね」


 考えるのはやめた。


「それなら、俺はこれから何に孵化するんだ?」


 次に聞くべきはこの質問だろう。


 俺が卵ということはよく分かった。……少しだけ分かった。


 ならばこの後どんな生物となるのかはとても知りたいことだ。


『マスターは孵化後、■■となります。ですがそれも成長段階の幼き■■です』


「あーーー!!もう分かったよ、どうせ教えられないんだろ。ウザったいなー」


 どうやら俺の種族について何かしらの制限がかかっていると見える。


 これから俺のステータスは種族:不明でいくしかない。

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