慎重にずずずっと音を立てて飲むロングブラックはすっかり冷めてたけど、砂糖とミルクをたっぷり入れたおかげでおいしく飲めた。もう1口飲むとコーヒーの香りがフワッと感じられて、更にもう1口飲むと視界がスッキリした気がする。あ。


「うぷっ。」

「はいはーい、落ち着いて~。深呼吸しよ~。」


なんども繰り返した1年間の記憶が一瞬に流れ込んできて、私の脳をぎゅーっと圧迫してる。由加さんの言うとおり、今は落ち着かないと。頭を使うべきじゃ無い。深呼吸。深呼吸して、落ち着く。


「あの、由加さん。」

「なあに?」

「なんで私、タイムスリップなんてしちゃうんでしょう。」

「時間が戻ってるのは、エミちゃんだけじゃないけどね。」


そっか。真未も、学校のみんなも、この街に居る人みんなの時間が戻ってて、でも、この街にいる人は誰もそのことに気付いてない。私が知る限り、私と由加さん以外。あれ、そういえば。


「そういえば、どうやって由加さんはタイムスリップに気付いたんですか?」

「あそこに貼っといたメモのお陰だよ。」


そう言って由加さんは性急にお店の隅っこにあるこの席から対角線の反対端にあるレジまで飛んでいき、ピッと付箋メモを剥がして戻ってきて、私に見せてくれた。


2024年4月7日 エミちゃんの入学式。必ず!タイムスリップに気付かせる。


「どうしてこんな、メモが残ってるんですか?」

「なんでだろうね。難しいミステリだね。」

「ミステリーというより、ゴシックっぽいですけど・・・。」

「あは、そうかもね。」


由加さんが席を立ったタイミングで、ちょうどお客さんが来た。常連のマダムさん2人組。休日にはいつも、お昼時を少し過ぎた時間に来てくれてる。いらっしゃいませと、セーラー服のままで挨拶した。


「エミちゃんのセーラー服なんて新鮮だわ」

「そのお洋服、かわいらしいわね」

「ありがとうございます。」


従業員の制服に着替えて、メニューパッドを持ち、ホールに出て注文を聞く。といってもどうせ2人とも「いつもの」なので私がオーダーを聞いた瞬間には、由加さんが紅茶とパンケーキとレタスのサラダのプレートを机に置いてた。


「それじゃエミちゃん、お給金は12時から17時の分までで出しておくから、今日はしっかり休んでね。まだ気持ちの整理とか、いろいろ必要だと思うし。」

「あ、はい。ありがとうございます。」


私はもう要らないらしい。従業員服を真っ白いセーラーに着替え直して、マダムさんたちと由加さんに一言挨拶をしてから喫茶店を出た。そして、私は日常の海原へと出発する。


https://kakuyomu.jp/works/16818093077253453127/episodes/16818093077519583081

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