春学期
1週間続いた休校もついに終わり、春学期が始まった。欠航が解除され、空港周辺のホテルで数日足止めを食らっていた同期の仲間も、無事に寮に戻ってきた。交通網が再開し、週末に突入。疲れた体を休め、週明け春学期の最初の授業が始まった。
路肩にかき分けられた雪はまだひざ下くらいまで積もっていて解けていない。大雪後の快晴の日は、決まって氷点下で凍てつく寒さである。早朝の道路は凍結していて、車も徒歩も滑って危ない。私は気を付けながら歩いてカフェテリアに朝食を食べに行くことにした。
部屋を出ると、冷たい空気が頬を刺すように感じた。息を吐くと白い息が広がり、早朝の静けさの中に微かに氷の砕ける音が響いた。道路の表面は凍りついており、慎重に一歩一歩を踏みしめながら進んだ。足元に注意を払いながら、ゆっくりと進む。
周囲にはまだ多くの雪が残っており、路肩に積み上げられた雪の山は膝下まであった。雪かきの跡が随所に見られたが、それでも道は滑りやすく、転倒しないように気を付ける必要があった。
カフェテリアに辿り着くと、温かい空気が出迎えてくれた。カフェテリアの中はすでに多くの学生で賑わっており、みんな久しぶりの朝食を楽しんでいる様子だった。私はトレーを手に取り、温かいコーヒーとトースト、スクランブルエッグを選んだ。席を見つけて腰を下ろし、ホッと一息ついた。
窓の外を見ると、太陽が輝いているものの、まだ雪景色が広がっていた。陽射しは明るくても、外の寒さは厳しく、氷点下の気温が続いているのを感じた。そんな中、カフェテリアの温かさと食事が心地よく、春学期の新たなスタートに向けてのエネルギーを補充しているようだった。
朝食を終え、再び外に出ると、冷たい空気が再び肌に触れた。雪と氷の道を注意深く歩きながら、これから始まる新しい学期に思いを馳せた。真紀や仲間たちとの再会、そして新たなチャレンジが待っている。そんな期待と不安を胸に、春学期の最初の授業へと向かった。
秋学期もまだESLを取っているが、1クラスだけ専攻のクラスを取ることを許された。同期の多くは、数学や経済学を取っている人が多かった。大学の数学と言っても、アメリカの大学の1年生向けの数学は、日本で言う中学レベルで、日本人ならAが取れるという噂のクラスだったからだ。専攻のクラスというのは、後半になるにつれて難しくなりAを取りにくくなるので、最初にAを取れるクラスを取っておくというのが先輩方からのアドバイスだった。私も同じアドバイスを受けて、数学か経済学か迷っていた。
先輩方のアドバイスはいつも的確で、彼らからの助言には信頼を寄せていた。誰もが、既に多くのクラスを経験しており、どのクラスが取りやすいか、どの教授が良いかなど、具体的な情報を提供してくれた。私は、多くの先輩方の意見耳を傾けた結果、最終的に選んだのは、自分の専攻学科でもある心理学101だった。
心理学101の初日、教室に入ると既に多くの学生が席に着いていた。教授が前に立ち、授業の概要を説明し始めた。内容は興味深く、私が心理学を専攻として選んだ理由を再確認させてくれるものだった。
授業が進むにつれ、心の中で少しずつ不安が解消されていった。教授の話はわかりやすく、私の興味を引くものであり、ESLのクラスとは異なる新鮮な刺激を受けていた。アメリカに来る前は、アメリカの大学ではディスカッションのような参加型の授業が主体になるため、発言ができない学生の評価が良くないと聞いていたが、実際のところ、質問する生徒は必ず数名居るものの、ディスカッションと呼ばれるようなものが毎回あるかと言えば、そうでもなかった。全体的に教授の話を聞くクラスではあるが、「ここまでで質問がある人?」という問いには、必ず誰かが発言するクラスと言う方がより正確だった。
何よりも大変だったのが、次のクラスまでに読んでくる教科書の範囲だった。その量は驚くべきもので、そもそも教科書自体が百科事典並みの厚みがあった。ページをめくるたびに、その分厚さに圧倒され、頭の中で「どうやってこんなに読めるんだ?」という不安が大きくなった。1学期中にこれをすべて網羅するのだ。どれだけ時間があっても足りない。
授業後、教科書を開いて宿題に取り掛かろうとするが、その文字数の多さと専門的な内容に圧倒され、気が遠くなることがしばしばあった。文章は難解で、何度読んでも理解が追いつかないことも多い。ページをめくる度に、新たな概念や理論が次々と現れ、頭の中は混乱の渦に巻き込まれるようだった。
毎晩、図書館の静かな一角に座り、必死で教科書と格闘する日々が続いた。真紀や他の友人たちと過ごす時間も減り、図書館の机の上に広げた教科書とノートが私の唯一の仲間となった。時間が過ぎるのが早く感じる一方で、進まないページに焦りと不安が募る。
「これで本当に学期末までに全部読めるのだろうか?」という疑問が頭から離れない。教授の言葉が耳に残り、「予習を怠ると授業についていけなくなる」というプレッシャーが重くのしかかる。毎晩、眠りに就く前に、次のクラスの準備が終わっていないことを思い出し、ベッドの中で冷や汗をかくこともあった。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。心理学を専攻として選んだ以上、努力を惜しんではならない。自分自身にそう言い聞かせ、日々の課題に取り組んでいった。やがて、この厳しい状況を乗り越えることができるだろうと信じて。
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