期末

 初めての秋学期期末試験を迎える。ESLのクラスは正直、日本で受験英語の勉強をしてきた私からすると退屈だったが、論文提出は容易にはいかない。論文の構成の仕方は何度も叩き込まれたものの、なかなかいい結果を得られないでいた。まだ慣れなかったのは、参考文献を読み、引用を用いて、そのリファレンスを書いていくこと。このやり方は、論文を書く上では至極当たり前のことではあるが、その当たり前が自分の行動パターンに沁みついていなければ、しんどい作業になる。

 期末試験は1週間の間に全ての教科が行われる。その数週間前から、遊び倒していたアメリカ人の学生たちが、試験勉強モードに切り替わる。驚くくらいにメリハリのある文化だと感心させられた。彼らは試験期間が近づくと、図書館やカフェで長時間勉強し、グループスタディを行う。まるでスイッチを切り替えるように、集中力を発揮する姿は、新鮮で驚かされる。

 毎日、クラスの後の日課は図書館へ行き、宿題と予習をすることだった。しかし、この時期には、論文用の文献も読まなければならない作業が追加された。日本の書籍ですら速読ができないのに、英語の文献を速読など、まずできるはずもなく、読んでは忘れを繰り返す負のループが続いた。

 図書館では、毎日決まった席に座り、分厚い英語の本を広げていた。最初の数ページを読むのに時間がかかり、理解しようと努めるが、すぐに内容を忘れてしまう。この繰り返しに、次第に焦りと苛立ちが募った。日本の受験勉強で身につけた知識が、ここでは通用しないように感じられ、自信を失うこともあった。

 周りのアメリカ人学生たちは、文献をスラスラと読み進め、ノートにまとめている姿が見受けられた。彼らの速読力と理解力に圧倒され、自己嫌悪に陥ることも少なくなかった。それでも、諦めずに一文一文を読み解き、少しずつではあるが理解を深めていった。

 私の読書スタイルは、最初はゆっくりと全文を読むことから始めた。しかし、時間が足りないことに気づき、次第に効率的な読み方を模索するようになった。重要な部分にマーカーを引き、要点をノートにまとめ、繰り返し読み返すことで記憶に定着させる努力を続けた。

 図書館の閉館時間まで粘り強く勉強し、家に帰ってからも復習を欠かさなかった。その努力は、少しずつ成果を見せ始めた。論文の構成がまとまり始め、参考文献の引用もスムーズにできるようになった。初めての秋学期期末試験を乗り越えるための準備は、確実に進んでいた。

 今では恥ずかしい話だが、ESLの論文は長くはないため、一旦紙に手書きで書いて、それをコンピュータセンターでタイプし、印刷して提出するという流れが多かった。まだブラインドタッチができなかった時代の話だ。そもそも、PCでタイプをしていない環境から、2ヶ月後に渡米となると、追いつく訓練もできなかった。というよりも、当時、渡米への準備で英語の知識以外のことが頭に思い浮かぶはずもなかった。

 コンピュータセンターは常に賑わっており、特に試験期間中は、利用者が増えて席を確保するのも一苦労だった。タイプに慣れていない私は、キーボードを見ながら慎重に一文字ずつ入力していた。その間、周りの学生たちはキーボードを見ずに高速でタイプをしているのを横目で見て、焦りと劣等感を感じていた。

 手書きの原稿を持ち込み、カタカタとキーボードを叩く音が鳴り響く中、タイプミスを繰り返しながらも、なんとか完成させた論文を印刷するたびに、小さな達成感を感じた。しかし、その達成感もつかの間、提出後に教授からフィードバックを受け取ると、まだまだ改善の余地が多いことに気づかされた。

 PCスキルの未熟さに加えて、論文の構成や引用の仕方にも課題が多かった。教授からの赤ペンで書かれたコメントは厳しく、読み返すたびに胸が痛んだ。それでも、そのフィードバックを元に次の課題に取り組むことで、少しずつ成長している自分を感じることができた。

 今振り返ると、その苦労も全てが学びであり、貴重な経験だったと感じる。ブラインドタッチができるようになり、論文の書き方や引用の仕方に慣れていくことで、次第に自信を持って課題に取り組むことができるようになった。初めての秋学期期末試験を迎えた頃の私には、まだまだ多くの課題があったが、その経験が後の成長の糧となったのは間違いない。

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