疲労
前のバンドが最後の曲、「Thunder Echoes」を披露する中、自分を除くメンバーたちは口数も少なく、明らかに緊張しているのがわかる。彼らには高校の学園祭で演奏する経験はあっても、ライブハウスでの経験はほぼない。私だけが、高校時代に月に数回は複数のバンドでライブをしていた。その頃を思い出しながら、プロとしてステージに立つ決意を新たにしていた。友人や家族を頼りにするのではなく、純粋に音楽で勝負するつもりだった。
アメリカでの最初のステージは、私のドラムのフィルで始まり、「Frostbite Serenade」という北欧メタル調の曲からスタートする。何度もリハーサルを重ねたかいあって、テンポの乱れはなく、ベースとドラムの進行はしっかりとタイミングが合っていた。問題はステージ側のモニターアンプから、ベース以外の音が上がってこないことだ。これはライブでありがちな問題で、ステージ上ではほとんど何も聞こえない状態だった。
ボーカルも英語でのMCは考えられない状態だったので、私たちはMCなしで次の曲へと移行する。間髪を入れずに進め、曲間でチューニングしたり、無駄にしらけさせることを避けるためだった。私が高校の時のライブで客側に立って感じた冷めた瞬間を避けたかったからだ。
持ち時間30分で6曲を終え、SEのスピーカーからはメタルの曲が流れ始める。アメリカでの最初のステージはそうして幕を閉じた。私の自己評価では50点。赤点は免れたが、自分が客側で見たくないシーンを多く見せてしまったことは反省点だ。
しかし、機材を片付け始めると、予想外の現象が起こった。観客の数名が私に近づき、「ドラム、凄いタイトでよかったよ」と褒めてくれた。アメリカ人とすれ違うたびに「タイトな演奏で驚いたよ。どこ出身なの?」と声をかけてくれる。これは日本の社交辞令とは違い、社交辞令も含めた本心からの言葉だった。アメリカでは、本当に評価していなければハッキリと「下手だ」と言う人たちが多いから、彼らの言葉は特に心に残る。
機材を車に積んだ後、オーナーが精算できるまでの間を待つ。その間、極度の緊張から解放されたメンバーたちは、ライブを回想しながら放心状態にあった。今日の経験が、彼らにとっても私にとっても、これからの人生に大きな糧となるだろう。
このステージを終えて、胸の中にわだかまる思いは、単なる初ライブの緊張や失敗への恐怖だけではない。それは、音楽という枠を超えて、人生そのものへの挑戦とも言える。なぜなら、この経験が今後の人生において何度も直面するであろう、大きな壁や挑戦に立ち向かう自信を、同時にもたらすか、奪うかの岐路に立っているからだ。私は自分の目標が「Think Big」過ぎると感じつつも、それがどれほど大きなことか、この瞬間に深く理解している。
音楽活動を通じて学んだこの厳しさは、音楽界だけに留まらない普遍的な真実である。企業の世界であれ、どんな分野でも、大きなプロジェクトやプレゼンにおいては、このライブで味わったプレッシャーと同じか、それ以上のものを感じるだろう。人生は、常に選択と決断の連続であり、その一つ一つが自我を形作り、未来を塗り替えていく。
私の心の中では、この経験がただの失敗ではなく、成功への道標となることを望んでいる。全ての失敗を「成功までの過程」と位置づけ、それを乗り越えることで、本当の意味での成功を掴みたいと考えている。私が21歳の今、持つべき思いは、たとえ目標が大き過ぎると感じても、その大きな夢に向かって恐れずに進む勇気だ。それが私にとっての「人生の糧」となる理由であり、これからの自分自身を形成する重要な要素であると確信している。
夜中の1時を過ぎ、メンバー一人一人を寮の前で降ろす中、静寂が車内を包んでいた。疲れと充実感が入り混じる表情のメンバーたちが、各自の思いを胸に抱えている様子だった。最後に真紀と二人きりになると、私は彼女に向けて声をかけた。
「今日のライブ、どうだった?」
と、私はドライブ中に尋ねる。窓の外を流れる街の光が、車内に静かに反射していた。真紀は少し間を置いてから、
「緊張したけど、楽しかったよ。ドラム、本当にカッコよかった。客からの反応も良かったし。私がやってきたバンドは学園祭レベル、レベルが全然違うと思った。」
と応える。彼女の口調からは、興奮が冷めやらぬ様子が伝わってきた。
「ありがとう。キーボードも安定してた。それにしても、毎回こんな時間までやるのはきついかもしれないね」
と私が苦笑いを浮かべながら付け加えた。真紀は
「うん、でもこれがバンドやるってことだよね。慣れるしかないか」
と肩をすくめて見せた。その後、少し考えるようにしてから、
「そうだ、明日のドラム返却、何時にする?」
と切り替えて聞いてきた。
「そうだね、午前中に済ませたいな。10時には楽器屋に行けたらいいかな。それで大丈夫?」
と提案する。真紀は頷き、
「OK、それでいいよ。10時に車の前で」
と確認し、お互いに了解した。
真紀は一番最後に私の寮の前で車を停め、私に
「お疲れさま。明日またね」
と言って別れた。私も
「お疲れさま。ありがとう」
と笑顔で応えて別れた。車から降りたとき、夜風が肌に心地よく感じられ、ライブの疲れが少し和らいだ気がした。この経験が次へのステップとなることを願いながら、私は寮のドアを開けた。
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