本格的な旅の始まり
バンド活動は週末ごとの練習だけだが、それが週のハイライトであり、何かを生み出す喜びがそこにあった。練習スタジオは決して安全とは言えない地域にあるが、それでも週末が待ち遠しい。だが、キャンパスでの生活は一方で退屈と不安が入り混じっていた。昼間の暇さと、夜の銃声や危険な状況が続くことによって、精神的にも疲れ果てていた。英語の壁も相変わらず大きく、コミュニケーションの困難が孤独感を募らせる一因となっていた。
バンドではカバー曲のレパートリーが徐々に増え、ついにライブができるレベルまで来ていた。ただ、ボーカルの問題が大きな壁となって立ちはだかっていた。私たちの選曲は日本のバンドが多く、英語を話す他国の人には難しいものがあった。そして、ひとりだけボーカルの候補がいたものの、彼はカラオケが多少上手いだけで、自慢好きでナルシストな性格。一緒に音楽を作り上げていくには人間性も大事だと考えていた私にとって、彼と一緒にステージに立つことに躊躇があった。しかし、他に候補が見当たらず、ライブを実現させたい一心で、彼を迎え入れるべきか真剣に悩んでいた。
この状況は、音楽への情熱と人間関係のジレンマが交錯する葛藤を生んでおり、どちらを取るべきかの選択に苦しんでいた。ライブをするためには彼を受け入れるべきか、それとも理想のチームを作るためにもう少し待つべきか。この選択が、今後のバンド活動の方向性を大きく左右することになるだろう。
シリコンバレーの若き起業家が直面するような選択肢――開始するか、それとも完璧なタイミングを待つか。この状況での私の答えは、既に決まっていた。迷うことなく、前に進むのだ。日本人であり、限られた曲の嗜好の非統一感、さらにはプロとしての志向を持っているのは私だけ。これらの点を考慮すると、このバンドが永続することは難しいと明確に見えていた。
それでも、その時は来たら考えればいい。何が起こるかは、やってみなければ分からない。今は市場に出ることが最優先だ。目標に向かいながら、途中で必要な調整を加えるしかない――これが現実的なアプローチだ。まずは、クラブのブッキングマネージャーに私たちの存在を知ってもらい、ステージに立つ機会を確保することが重要。そう考えていた。それが、バンドとして成功への第一歩であり、自分たちの音楽を広める手始めだと信じて疑わなかった。
その時の私は、ベースとドラムの一体感に自信を持っていた。これらはバンドの骨格であり、私たちがしっかりと前進できるだけの基盤を築いていた。一方で、ギター、キーボード、ボーカルはまるで人間の服装のようなもの。ファッションが人を引き寄せるように、バンドのこれらの要素がファンを惹きつける。
しかし、アーチストの魅力――その「服装」部分にこそファンは群がる。この魅力を高めなければ、フォロワーを増やすのは難しい。皮肉なことに、プロとしての志向を持つ私自身が、自分で磨き上げることができない部分にこそ、フォロワーがついてくるという現実に、心底歯がゆさを感じていた。
この葛藤は、時間とともにスピードを増して私の中で渦巻いていた。ドラムとベースがしっかりと機能しているのに、それだけでは観客を惹きつけるには不十分だというジレンマ。このバンドが成功するためには、外見の魅力、つまりギター、キーボード、ボーカルの部分がカギを握っている。それをどう充実させるかが、今後の大きな課題となっていた。
バンドの中でのケミストリーは、単なる連帯感を超え、生死を分ける要素となる。この化学反応がうまくいけば、創造性が爆発し、一体感から生まれる力強い楽曲が世に出る。一方で、モチベーションが連続的に高まり、持続的な創作活動が可能となる。成功する商品一つがあれば、その流れを確立させることができれば、人に依存しない持続可能な売り上げが見込める。
しかし、アーチストの世界はこれだけでは済まされない。アーチストという存在は、フォロワーが曲という商品に注目するだけでなく、その曲を生み出すアーティスト自身にも熱狂的な関心を寄せる。それは直接的に人気となり、市場での成功に直結する。企業が開発する製品の場合、それを誰が作ったかはしばしば二の次で、ブランドや製品自体が前面に出る。しかし、アーチストにおいては、そのパフォーマンス、その一瞬一瞬の表現がフォロワーを惹きつけ、彼らを熱狂させるのだ。
工場で製造される製品と違い、ライブで奏でられる音楽は毎回異なる味わいを持ち、その微妙な変化を楽しむことができる。ファンはアーチストのライブごとに変わる表現の仕方に酔いしれる。これがアーチストの真髄であり、それが直接的にフォロワーを生み出し、その数がアーチストの市場価値や将来への期待を形作る。
だからこそ、私はバンドメンバーそれぞれの魅力が如何に重要かを理解している。それがフォロワーを増やし、我々の音楽を市場で成功させる鍵となる。このプレッシャーと期待の中で、私たちの表現がどのように受け入れられるかは、まさにスリルと挑戦の連続である。
心の奥底で、未完成のケミストリーを持って市場に踏み出すことへの不安が渦巻いていた。しかし、行動しないことには何も始まらない―このシンプルな真実が、私の決断を後押ししていた。根拠のない自信かもしれないが、それが私を前進させる燃料となる。今こそ、迷いを捨てて、自らの音楽を市場に放つ準備に取り掛かる時だ。
レコーディングスタジオを探す過程で、練習スタジオの奥に隠れていたあのスタジオが気になった。そこは何度か足を運んでいる場所だが、今回の目的は異なる。オーナーとの交渉は、緊張と興奮の綱引きのようだった。提示された半額のパッケージ料金は、初心者の私にとっては予想外の恩恵だった。この機会を逃すわけにはいかない。レコーディングの準備を始めると決めた瞬間、心の中で何かが解放されたような感覚があった。
今、この不安と希望が交錯する中で、私たちの音楽を形にしていく。それはただのCDではなく、私たちの情熱と汗と涙の結晶だ。この一歩が、未来への大きな跳躍となるかもしれないという期待が、私の心を高鳴らせて止まない。このスリリングな旅路の始まりに、胸が熱くなるのを感じる。
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