青灰色のピアス


 リン――


 開けたドアの先に広がるのは一見パブのバーカウンターを思わせる内装。

 天井まで伸びる陳列棚には酒瓶以外にも、変わらず雑多に物が陳列されている。

 

 カウンターに頬杖をついた人物がこちらを見ていたのが分かると、アランは自分でも分かるほどに口角が上がった。


「やぁ、遅かったね」


 その憎たらしい妖精は、いつも通りカウンターの奥に居て、蝶はルルシュカにとまる前に姿を消した。

 

「確かに、待たせたな。……ようやく返しに来たぜ」

「すっかり待ちくたびれたよ」


 久しぶりに見るマゼンタの瞳は、酷く優しい色に見えた。

 

 いつもの椅子に座ったアランは、青灰色あおはいろのピアスと、鋏をカウンターへと置く。


「すっかり色褪せちゃって」

「言っとくけど、俺のとこに来た時にはもうそうなってたからな」


 難癖つけられてはたまらないと、アランは自分に非はないと主張する。

 

「別に攻めてなんてないよ。これは、私がオリヴァーのカントリーハウスの敷地内か、アトリエのどこかで無くしたんだ。きっとその間に陽に焼かれたんだろうね」

 

 久しぶりに手元に戻ってきたピアスを嬉しそうに眺めるルルシュカ。

 元は赤い宝石のスタッドピアスは、濁った青へと様変わりしている。


「俺が言うのもなんだけど、そんなに大切なものだったのか?」

「これはね、私が初めて作った魔法道具なんだよ」

「……当たり前なんだろうけど、あんたにもそんな時期があるんだな」


 言えば、「それはそうでしょ」とルルシュカは笑った。


「あんたの計画はこれで終わりでいいんだよな?」


 アランの問いに、ルルシュカは静かに口角をあげた。


「お終いだよ。犯人はいなかったけど、この物語は楽しめたかな? 主人公くん」

「黒幕がよく言うぜ」

「黒幕とは失礼だな。 キミにとって私は救世主だよ」


 ムッと口を尖らせる妖精に、ポツリと「……悪かったな。昔、酷い事言って」と、アランは素直に過去の自分が放った暴言について詫びた。


「……言っておくけど、私はだからね。間違えないでよ。にしても、あの時のクソ餓鬼が、今も変わらずクソ餓鬼のままとなると、トムが可哀想だ」


 悪魔だとなじられたのを、ルルシュカは忘れてはいなかった。

 わざとらしく、シクシクと泣き真似をしてトムのこれからの苦労を哀れむ。

 

「俺はもう二十歳だ、餓鬼じゃねぇし、クソでもない。つーか、あんたに言いたい事がめちゃくちゃにある! ピアスの返却の件も有ったけど……。俺はむしろそれを言いに来た」


 今にも吠え出しそうなアランの口を、ルルシュカは指を横にスライドさせて強制的に閉ざした。


「はいはい。その前に、キミの故郷の事は興味ないかい? アラン少年」


 アランの苦情を聞く気は一ミリもない。

 ぬぬぬ、と口の開かないアランは、いーーーっとイライラを爆発させて落ち着きを取り戻すと、諦めてコクリと頷いた。

 

 ルルシュカはアランの口を開放すると、当時の惨状を伝える。

 

 一方的な虐殺だった事。ラウルス人はどうにか絶滅まではしなかった事。今は跡地に慰霊碑が建っており、街の復興も終わっている事など、順を追ってアランに説明していった。


「ついでに言うと、キミのそのピアスは、両親が生まれた子供に贈る祝福だそうだ。モチーフは月桂樹だったかな。まぁその辺りはトムに聞いてよ。今言ったのはトムから聞いた話しだし」


 ラウルス人の古くからの風習で、生まれた子供の健やかな成長を祈り、月桂樹のモチーフが彫られたピアスを一つ贈る。という習慣があるのだと、ルルシュカはトムから雑談として聞いていた。


「キミの耳にあるものは、両親から贈られた愛情の一つだって事さ。良かったじゃない」


 アランは黙って左耳のピアスに触れた。


「なぁ、その時の皇帝はどうなったんだ?」

「結局、悪業が妖精によってバラされて批判が殺到。すぐに地位は剥奪された。魔術も使えないようにされて、寝る事も、休む事も許されず、死ぬ事も出来ずに今も何処かで働かされ続けているよ。計画に加担した関係者もみんな同じだ」


 魔法や魔術があるからこその罰なのか。

 やった事から考えれば当然なのだろうが、結構なエグい内容にアランは言葉が続かなかった。


「因みに風の妖精シルフがそこに定期的に遊びに行ってるみたいだけど、近況聞きたい?」

「……しなくていい」


 流石と言うか、なんと言うか。ウキウキで様子を伺いにいくシルフの姿が目に浮かぶ。


「なぁ、オリヴァーとはなんで知り合ったんだ?」

「そうだね。その話の前に、まずはネタばらしをしようか」


 先にルルシュカは、アランに施した魔法を伝えた。


 指輪はアランの考え通り、店に来れる目印であり言語補助の効果をもたらしていた事。

 オリヴァーの自画像に記憶が戻る魔法を掛けていた事。

 指輪に息を吹きかけた時に、ルルシュカかの店に行ける目印をアランに付けた事。


 ルルシュカは順にアランに説明をした。

 

「は? じゃぁいつも通りノック四回でここに来れたのか?」

「そういう事になるね」

 

 何度か試そうかと思ったが、アランの中で結果は分かりきっており、余計に落ち込みたくなかったので実践しないでいたが、わざわざ蝶を飛ばさなくてもよかったらしい。


 アランはガックリと肩を落とした。

 

「どうしようもなくなったら、きっとキミは怒りに任せてドアを叩くと思ってね。探し物のセットが残ってたから、不要だったみたいだね」

「……。俺がオリヴァーの自画像を見なかったらどーしてたんだよ」

「さぁ? でも、あの双子ちゃんの所にキミがいる限り、絶対に観ると思ってたから。でも、私はオリヴァーの顔を忘れかけてたから、久しぶりに観れてよかったよ。キミのお陰だ、ありがと」


 オリヴァーの考えとは裏腹に、ルルシュカは各年代のオリヴァーの自画像を観に、当日展示されていた美術館を訪れていた。

 懐かしくも、見知らぬ歳を重ねたその顔を、ルルシュカはジッと眺めていた。

 

(わざとピアスを探さなかったのに……。連絡は寄越さないし、面倒な事を遺して逝くし……)

 

 オリヴァーを思い起こしたルルシュカは寂しそうに、ふっと笑った。


「因みに、双子ちゃんにはこちらの予想以上の協力をしてくれたし、ファンサービスって事でフィタを贈ったんだ。今頃大喜びしてるといいんだけど」


 シルフの報告書で知ったヘイス家の双子。なんて今回の計画におあつらえ向きなんだとルルシュカは歓喜した。

 しかも、どうやら自分のファンらしい。一か八か、抽選会を開くらしいその時期に合わせて、幸運のフィタをお礼に贈る事にしていた。

 

「……そういや、今日が抽選会か」

「そうだよ。あとはオリヴァーとの出会いね」

 

 「あの日は、初めてアンティークマーケットに行ったんだ」と、ルルシュカはオリヴァーとの思い出を話し始めた。


 初めて見る巨大なマーケットを楽しんでいると突然声を掛けられた。


『あの! 突然すみません。その……僕の絵のモデルになってくれませんか?!』


 そこにはギュッと両手を握り、顔を真っ赤にした身なりのいい少年がいた。

 それがオリヴァーだった。


 妖精を見なくなったアルウェウスで、ルルシュカはオリヴァーが初めて見た妖精だった。

 だが、狼の目の事など信じてもいなかったオリヴァーは、こんなに美しい人は初めて見た。と、ルルシュカを人間だと思っていたと言う。


「驚いたよ。当時の私は、狼の祝福の事なんて知らなかったから。でもオリヴァーの瞳を見て、この子には見えてるなって分かった」

「へぇ。それで、絵のモデルを受けたんだ」

「最終的にはそうだね。でも初めは勿論断ったよ。面倒だからね」


『……いや。無理だね』


 決死の声掛けも虚しく、バッサリと断られたオリヴァーだが諦めなかった。

 ルルシュカの手を強引に引いたオリヴァーは、その後どうにか聞き出した、「初めて来た」と言うルルシュカの言葉に、一生懸命にマーケットを案内した。


 すっかり日が暮れると、『今度は景色が凄く綺麗なところがあるんだ! そこをルルに見せたい!』と、オリヴァーは次の約束を取るのに必死で、それがあまりにも面白くて、ルルシュカは適当に約束を交わすとオリヴァーと別れた。


「行ったのか?」

「行ったよ。でも、当日になって思い出したんだ。店が暇だったから見に行ったら、約束の時間から三時間も経ってるのに、オリヴァーはそこに居た」


 雨が降って来て、オリヴァーはずぶ濡れになっていた。ルルシュカはその時の事を思い出し、「凄い面白いでしょ」と、クスクスと笑う。

 

「……ひでぇ」

「キミには言われたく無い」


 それでもそこを動かないオリヴァーに、ルルシュカはなんだか可笑しくなって姿を現してやった。


「そこから仲良くなったんだ」


 ルルシュカが妖精だと分かると、オリヴァーは妖精の世界に行きたいと言い始めた。


 もちろんダメに決まっていたが、当時受けていた依頼があまりにも面倒で、ちょうど狼の目を持つオリヴァーが役に立つと思い立ったルルシュカは、こっそり依頼の手伝いをさせる事にした。

 

 依頼の手伝いの傍ら、時間があればオリヴァーは風景画やルルシュカの肖像画をスケッチする。

 そんな生活が一年続き、依頼完了後にルルシュカが正式にアトリエに趣き、ルベライトの乙女が制作された。


 その途中で、ピアスを片方失くし、オリヴァーに見つけたら連絡が欲しいと連絡用の魔法紙を渡して別れたのが最後となってしまった。

 

「あの爺さんって、当主だったよな? そんな暇あったのか?」

「オリヴァーは三男だったんだよ。放蕩息子として遊びたい放題だったけど、その後、隣国とアルウェウスは戦争を始めてね。オリヴァーの兄は二人、騎士として参加したけど、骨の一つも戻らなかったって聞いてる」


 結果としては、戦争には勝ったみたいだよ。とルルシュカはその話を締め括った。

 

「じゃ次ね。魔術協会からだ。今後キミは、今まで通りに〈魔法のない世界〉で暮らしていくか、〈魔法のある世界〉で暮らしたいか。アランが〈魔法のある世界〉を選ぶなら、手厚くバックアップするって言う話しだけど、どーしたい?」

「俺は……今みたいに行き来出来るならそうしたい。あの二人にまだ何も言ってないし、これからも……会いたい。それにこの事をジャックにも報告したい。けど、魔術にも興味はあるし、トムがいいならまた一緒に暮らしたい」


 プーカの依頼が入った時に、ルルシュカはトムに報告をしていた。

 その際に、いつかはこの話題が出るのは容易に想像出来たが、アランは〈魔法のある世界〉の事を殆ど知らず、〈魔法のない世界〉でも一人ぼっちだった事をトムは憂いた。


 その状態でアランは何を選べばいいのかと。


 ルルシュカは店を通じてほんの少しだが、魔法の世界をアランに見せ、自分の願いを叶えていく中で、アランが人との交流が少しでも出来たらと考えた。

 

 グレアムとエレノアとの出会いが最悪だった事は、流石の妖精達も頭を抱えたが、挽回して友人になったのは嬉しい誤算だった。


「俺はまだあんたみたいに、好きな事とか、出来る事が何かとか分からないから。色々とやってみたいし」

「そう言うと思ったよ。それは協会との話し合いになる。今日トムが来るはずだから、それからだね」


 あれだけ楽しみにしていたトムは、結局黒のローブをどこにしまったか忘れたらしく、朝から家中を探している様だ。

 まだ来てないとなると、テンパって魔法を使うのを忘れて探しているのだろう。

 

「俺が来るって分かってたのか?」

「さぁ、どうだろうね」


 相変わらず意地の悪い笑い方をする妖精に、あの絵画は別の妖精なんじゃないかとアランは疑いたくなる。

 それに、こういう時はもうパターンは決まっている。

 

「おい! シルフ!」


 アランがその名を呼べば、店内で風が吹き妖精が姿を現した。

 

「はいはぁい。って、もう! そんな乱暴にシルフちゃんを呼ばないでくれる?」


 むぅ、と頬を膨らませ、苦言を呈する妖精は、リチャードの時と何も変わっていない。


「久しぶりじゃない、アルっち。トムならようやくローブを見つけて、こっちに向かってるわ」

「彼、また人の姿で来るけど、違うだなんて酷い事言っちゃダメよ?」

「……言わねぇよ」


(マジでなんでも知ってんな……)

 

 アランはシルフが今、自分が社交界でなんと呼ばれているのかを、ここで言わないかが心配になった。

 確かめたくもないが、どうせ知ってるんだろう。出来る事なら知らないでいて欲しい。


「って、私は今それどころじゃないの! またデートしましょーね、アルっち。ばいばーい」

「忙しそうだな」

「新しいお気に入りを見つけたみたいなんだ」


 シルフに気に入られた人か妖精かは不明だが、アランは心の中で可哀想に……と、十字を切った。

 

「それじゃ、最後だ」

「……なんだよ?」


 アランはその言葉に無意識に体に力が入る。


「私はアランにご褒美をあげないといけないらしくてね。キミは何がいい?」

「ご褒美? あんたが、俺に?」

「そう。私が、キミに。ねぇ、わざとやってる?」

「……たまたまだ」


 あの夜、トムはアランを。ルルシュカはピアスを回収しに行ったのだが、二人の目的は達成されなかった。

 

 あの日から今日まで、ピアスをのだが、そのピアスは、とても良い気を纏って戻って来た。

 オリヴァーもアランも、あのピアスをとても大切にしてくれていたらしい。


 仕方がないから、貸しはそれで帳消しにしてやるとする。

 

「オリヴァーが遺した手紙には、『ピアスを預かってくれている少年がいる。預かってくれているんだから、ちゃんとご褒美をあげて欲しい』と書いてあったからね」

「……なんでもいいのか?」

「私に叶えられる事ならね。先に言っておくけど、キミ好みの美女は紹介できないよ」

「それは忘れろ!」


 ニヤニヤと笑うルルシュカに、アランは恥ずかしさに大声を出した。

 

(俺はこいつにギャフンと言わせるまで、絶っっ対に諦めない! 爺さん、最後の最後までありがとう!)

 

 予想だにしなったルルシュカの言葉に、アランはオリヴァーに改めて感謝した。

 

「なら、俺はここであんたの助手として働きたい」


 アランが得意げにそう言えば、ルルシュカの顔から感情がたちまち消えて、整った顔はもの凄く嫌そうに歪む。


 リンッとベルが鳴り、自然と二人の視線がそちらへ向いた。


 来店したのは胸白の毛が特徴的な黒猫、トムだ。


 嫌な予感がしたアランがルルシュカをチラと横目で確認すると、心底軽蔑した目が見えた……気がする。


 アランは大急ぎで席を立つと、「トーマス! 会いたかったんだ」とトムの元まで駆け寄る。

 最高の友人を抱き上げ、幼い頃に果たせなかった再会を喜んだ。




 ――アルフレッドが本を出版し、ルルシュカの手に渡るのも、ディアドラがルルシュカとの約束を果たすのはもう少し先の話し。

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アランと魔法のピアス なつよし @cuddles

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