2007年2月27日 恵美13歳

「良いから!あなたが捨てに行きなさい!!」


一年五組の担任教師である斎藤千代子は、

怒りながら荒い口調で恵美にそう言い放った。



斎藤は五十代の女性教師。

長年教員をしていてたくさんの生徒と関わってきた。

この中学校には今年配属された。


そんな斎藤を恵美は心の中で密かに「千代子ババア」と呼んでいた。

もちろん口には出さず普段は「斎藤先生」と言う。



斎藤先生の呼び方は生徒によって違っていた。

所謂スクールカーストが関係していると恵美は感じていた。

スクールカーストの下の方は「斎藤先生」。

中くらいになると「千代子先生」が混ざってくる。

そして上の方になると「ちよちゃん」。


先生はどう呼ばれても特に注意はしなかった。

むしろ嬉しそうだった。

スクールカースト上位の、見た目が派手だったりオシャレな子たちに「ちよちゃん」と呼ばれると「千代子先生でしょ」と優しく軽く言うものの明らかにその表情は喜んでいた。


恵美はというと入学式の日から、最早あと数週間で学年が上がるという時期になってもずっと変わらず「斎藤先生」と呼んでいた。

恵美はオシャレでもなければ成績が優秀な訳でもない。


先生には好きな生徒と嫌いな生徒がいる。

段々とそう感じることが増えてきた。

恵美に対する口調と表情は無関心にも感じた。

意地悪されたことは無いが優しくされたこともなかった。今日までは。


放課後教壇の周りで先生と、先生のお気に入りの子たちが何やら話をして盛り上がっていた。

恵美は帰り支度をしていた。

雪は降っていないが外は寒くて、早く帰りたい気持ちと教室を出るのが少し億劫な気持ちが行ったり来たりしていた。


その時だった。

「恵美さん、あなたゴミを捨ててきてちょうだい」

急に教壇にいる先生から話しかけられた。


意味が分からなかった。

この学校では各クラスのゴミを、放課後ゴミ箱ごと校舎の端にあるゴミ捨て場まで持って捨てにいかなければならない。

それは知ってる。

ただこのクラスでその役割は日直の仕事になっていた。

今日の日直は恵美ではない。

なぜ私がやらなきゃいけないのか。

純粋に疑問だった。

恵美は普段授業で発言をしない、質問もしない。

斎藤先生は元々苦手な人物だが、あと数週間で学年が上がる。

マンモス校と呼ばれるこの中学校は8クラスもあるためきっと先生も変わる。

寒くてやりたくない気持ちも上乗せされたのか、恵美は珍しく先生に言い返した。


「斎藤先生、私は今日は日直ではありません。」


すると先生は少し驚いてこう言った。


「良いから、恵美さんやりなさい。」


良いからとは?

何が良いのだろうか。

疑問が深まった。

恵美はその疑問を先生に伝えた。


「先生、私は日直ではないです。なんで私がやらなきゃいけないんですか?」


先生の周りにいるクラスメイトは、私と先生のやり取りを静かに見ていた。

先生は段々と険しい表情になってきていた。

鋭い眼差しが恵美に向けられている。


「良いから。やりなさい」


「先生、良いからってどう」


「良いから!あなたが捨てに行きなさい!!」


恵美の言葉は遮られた。

先生はとても強い声でそう告げた。


恵美は何も言わず立ち上がり、ゴミ箱を持ち上げて廊下へ出た。

廊下へ出たとたん教室から先生と、先生のお気に入りの子たちの声が聞こえてきた。

楽しそうな笑い声。


校舎の端まで歩く間、さっきの光景を反芻していた。

よく思い出したら教壇のところにいたお気に入り集団の子が、今日の日直だったな。

千代子ババア、顔真っ赤にして怒鳴ってたな。

色々と考えているうちにゴミ捨て場に着いた。


ゴミ置き場の蓋を開ける。

一人で担ぐには重いゴミ箱を少し持ち上げる。

ひっくり返して中身を捨てた。


中身が無くなって軽くなったゴミ箱をまた抱えた。


私はなぜ怒られたのだろう。

空は暗くなってきていてどんよりしている。

雪は降らないがとても寒い。


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         【2007.2.27 22:14】

寒かった。

今日は雪は降らなかった。

疲れた。

ずっと寝ていたい。目が覚めなきゃ良いのに。


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