2007年4月19日 恵美13歳

好きな人が出来た。

彼とはチャットサイトで出会った。


恵美は中学一年生の三月から学校へ行かなくなった。

学校へ行かない間、自宅にあるパソコンで様々なサイトにアクセスしていた。

動画を見てコメントをしたり、小説を読んだり、ブログを読んだり、パソコンの中の世界に毎日のめり込んでいた。


そしてある時ふとしたきっかけでチャットサイトを知ることになった。

そのチャットサイトは、仮想世界を味わうことができた。

自分のキャラクターを作成して自分の部屋を作る。自分の部屋に誰かを招くことも出来るし、誰かの部屋で集まったり、広場と呼ばれる場所で知らない人たちと文字での会話をすることが出来る。


インターネット上には危ないサイトがあることをぼんやりと知っていた恵美は、最初はこのサイトは安全なんだろうかと恐る恐る開いたものの、一度登録してしまえばその楽しい世界に魅了されていた。


自分の分身であるキャラクター。

名前や顔や髪型を恵美なりにこだわって作成した。

課金は親が許さないと思うしやり方も分からないので無料で使えるものを使用する。

それでも恵美にとっては可愛い存在になった。


そうして生みだした自分の分身を使い、広場へ行って不特定多数の人たちと会話をしているうちに、自然とグループができた。

そしてグループ内の一人の部屋で集まるようになった。

恵美以外に6人の男女。

音楽が好きという共通点はあるものの音楽の話はあまりしない。

それぞれの性別は把握していて、年齢はなんとなく分かるものの、現実世界で何をしてる人たちなのかは誰も知らない。

誰も聞かないし聞こうともしない。

集まる約束もしない。

集まれる時に集まった人で会話をする。

たまに変なコメントをする荒らしと呼ばれる人が部屋に入ってくることがあっても、反応しないで退室させるだけ。



そんな空間が恵美にとってはとても居心地が良かった。

干渉されないし否定をされない。

でも無関心じゃない。


誰かがこんなことがあったよと発言すれば、

「悲しいね」「嬉しいね」「面白いね」「大丈夫?」などその話題に寄り添ってみんなが返事をする。

反応しない人がいても「反応しないなんて」と怒る人はいないし、話題の途中で部屋から出なきゃいけない人がいても「話の途中なのに」と責める人もしない。


誰かが部屋に来たら「おかえりー」と迎えて、誰かが出ていくときは「いってらっしゃい」「いってらー」と送り出す。



現実世界は疲れるし変える事はできない。

でもこの世界はとてもあたたかい。

恵美はそう感じていた。



ある日、休日の午前中にログインすると彼だけが部屋にいた。

「おはようございます」と送ると

「おはよー」と返事が来た。

その後もなんてことはない、それでも恵美にとっては居心地の良い会話を楽しんだ。


それからも時々彼と二人だけの時があった。

それは主に午前中の時間帯だった。


恵美は平日休日問わず引きこもり状態だったのでいつでもアクセスすることができた。

彼はなんの仕事をしてるのだろうと疑問に思うときもあったが特に尋ねることはしなかった。



二人の関係が進んだのは数週間後だった。

その日も午前中に部屋へ行くと彼がいた。

ここ数週間三日に一回は会っている。


彼が「良かったら僕の部屋で話さない?」と送ってきた。

彼の部屋は鍵部屋だった。

鍵部屋とはその部屋の主が許可した人しか入れない設定をしてある部屋のことである。


特に断る理由は無かった。

むしろ恵美は嬉しかった。

二人で話す頻度が増えて好意を寄せていた。

彼がいない日は、今日は来ないのかなと気になるようになっていた。



それからは彼の部屋で時間を決めて話すようになった。

そこで彼が自分の事を詳しく話してくれた。

彼の本名は葵(あおい)という名前で東京都在住の26歳。知人とバンドを組んでいて、普段は接客業のバイトをしているらしい。

恵美も自分の情報を教えた。

グループのみんなには中学生で東北在住とだけ教えていたが、彼には中学一年生で宮城県に住んでいて今は不登校だと伝えた。

本名だけはまだ怖くて秘密にした。

彼は恵美が言いたくないことを無理やり聞いたりはしなかった。


いつの間にか4月になった。

学年が上がり担任も変わりクラスも変わった。


親に学校へ行くように言われて恵美は渋々通うようになった。

帰宅したら彼と話せる。

その楽しみだけで学校へ行った。


いつも午前中にアクセスしていた恵美だが、彼に学校へ通うようになったと伝えると、待ち合わせは夜の時間帯になった。

彼は今まで主に夜の時間帯にバイトをしていたようだが、恵美に合わせて日中のシフトに変えてくれた。


学校は退屈。

でも彼は優しくて自分の嫌なことはしないし変なことで怒らない。

なんて素敵な人なんだろう。



恵美は顔の見えない相手のことで頭がいっぱいだった。



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【2007.4.19 23:42】

今日も葵くんとお話した。

今度ライブがあるから作曲してるんだって。

葵くんはすごいなぁ…

あとは一緒に住んでるねこちゃんのことも教えてくれた!

『みみ』って名前なんだって。

まだ子ねこだから毛がふわふわで小さくてかわいいんだって。

私もさわってみたいな~。

明日の夜また会う約束をした。

明後日は休みだし夜遅くまでしゃべれる~!

楽しみだな♪

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