君との夏が終わり週明けから新学期

 あっという間に夏休みは最終日を迎えてしまった。例年通りであれば八月の三十一日が最終日だが、二〇〇七年は三十一日が金曜日になるので、二日間されている。九月の三日が新学期の始まりだ。

「ああああああああああああああああああああああああ」

 一冊の本を読み終えてから現実に引き戻され、文月はうめいていた。この神に与えられた土曜日と日曜日で、夏休みの宿題をすべて終わらせなくてはならない。

『こんなことになるのなら、初日からスケジュールを組んでおけばよかった』

「本当にそう」

『そこでオレのせいにする?』

「……してないよお」

 もふもふさんのせいにしたくもなる。なお、妹の環菜には水泳のレッスンがあり、何の習い事もしていない文月より忙しい日々を送っていた。にもかかわらず、きちんと宿題は終わらせている。

「もふもふさんのおすすめしてくれた本、面白かった」

 まずは読書感想文である。感想文を書くには、本を読み終えなくてはならない。学校からの課題図書として、六年生向けに三つのタイトルが挙げられていたが、このラストの二日間で読了できるような本ではなかった。速読ができる人間ならできるかもしれないが、文月にはできない。

『それはよかった』

 学校で配られたプリントには、この課題図書のうちの一冊で感想文を書くように、とは指定されていなかった。となれば、とりあえず何かしらの本を読んで、その感想文を書いて、新学期に提出すれば問題ない。

「でも、読書感想文向きではないよね?」

 もふもふさんは文月と代わって、文月の集中力が途切れない分量、かつ、面白く最後まで読めそうな本、を図書館で借りてきた。星新一のショートショートである。

『気に入った話はなかった?』

「全部面白かった」

『全部面白かったのなら、そのタイトル順に並べて、どこがどう面白かったかを書いていけばいいんじゃないすかね。もしくは、主人公はこうしたけど、自分ならこうする、みたいな』

「それでいいの?」

『この読書感想文を、読書感想文のコンクールに出して、入賞を狙う! のなら、構成を考えるけれども、夏休みの最後になんとか書いて原稿用紙を埋めて間に合わせる、ってだけなら、思ったことを並べておけばいい』

「そうかな……」

『真面目に取り組みたかったのなら、もっと早く着手するべき』

「そうかも……」

 正論である。読書感想文の次は、自由研究が待っている。

『ほら、わかったのなら手を動かす』

「うん……」

 自由研究のテーマは決めていた。文月は五月の運動会で、有名私立校からのスカウトを受けている“韋駄天いだてん”こと児玉こだまひかりに徒競走で勝利している。四月にもふもふさんと出会って、貴虎からの誘いを断ってから、早起きして特訓、学校が終わってからも特訓――とにかく速く、百メートルで一位になるためにタコさん公園で練習していた。練習方法や走りのフォーム、運動会での作戦までをレポートとしてまとめる。

 練習中にデジカメを使って撮影していた映像を活用すれば『速く走りたい』けれども『どうすればいいかわからない』人に向けてのよい指南書になるだろう。

「日記、どうしよう」

 最後の難関は日記である。他の宿題はほとんど手つかずだった文月だが、日記だけは、毎日最低でも一行ずつは書いていた。これまでの経験上、日記を最終日にまとめて書くのは至難の業であるとわかっていたからだ。

 仮面バトラーフォワードの劇場版を観に行った日や、貴虎と夏祭りを回った日などは書いている量は多い。そのほか、もふもふさんに料理を教えてもらった日は、その料理のレシピを書き残している。

『まだ思い出せない?』

「うん」

 七月三十一日。文月の誕生日。

『写真も見たのに?』

 もふもふさんと環菜とが選んで買ってきた誕生日プレゼントが、環菜から文月へと渡される写真を文月の父親は撮影していた。仮面バトラーフォワードのベルト(のオモチャ)である。文月の部屋に飾られている。

「もふもふさんじゃないの?」

『なんでオレが文月として文月の誕生日を祝われなきゃならないんすか。オレは誕生日会が始まる直前で抜けた』

「ほんとうに?」

 もふもふさんが文月の身体を借りているあいだ、文月の記憶はなくなる。もふもふさんの証言では、文月の身体を借りたのは『朝』から『文月の誕生日会が始まる直前まで』だという。鏡家の一家総出で文月の誕生日を祝ったのに、文月はまるっきり覚えていない。もふもふさんを疑っている。

『文月、ひょっとして貴虎のおじいさんに何かされた?』

「桐生くんのおじいちゃんが?」

『文月の記憶では、三十日に寝て、三十一日が抜けて、八月一日に貴虎のおじいさんとファミリーレストランにいたんすよね? 怪しくない?』

「桐生くんのおじいちゃんは悪い人じゃないよ? 桐生くんと一緒に、誕生日をお祝いしてくれたもの」

『だって、八月一日の文月は朝からだるそうで、おばあちゃんに病院へ連れて行ってもらう、って言って、家を出て行った』

「そうなの?」

『オレは文月の言うことを信じた。小児科に行くのならオレは絶対についていけないし』

「もし小児科に行ったら、周りが体調の悪い子どもばかりだから、迷惑だものね」

 もふもふさんは子どもにしか見えない。そういう不思議なオオカミである。事情の知らない子どもたちがもふもふさんに驚いて大人に伝えても、大人からは見えない。子どもに幻覚が見えているとして騒ぎになってしまうかもしれない。

『そうそう。だから、文月を一人で行かせたのに、帰ってきた文月は貴虎のおじいさんと貴虎の三人で誕生日パーティーしたあ、って。何?』

「……怒っている?」

『今度、貴虎のおじいさんと話がしたい』

「わかった。今度ね。桐生くんに聞いてみる」

 七月三十一日の内容は、もふもふさんの言葉を書き起こした。もふもふさんの言うように、貴虎の祖父が何らかの手がかりを持っているかもしれない。

『貴虎にか?』

「うん。桐生くんのおじいさんは桐生くんのおじいさんで、わたしのおじいちゃんじゃないもの。誕生日は祝ってもらえたけど、のおじいちゃんだよ?」

『ん……まあ、そうか』

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