仮面バトラーフォワードの映画を観に行こう

 文月は劇場版『仮面バトラーフォワード』の初日舞台挨拶のチケットを手に入れていた。

「もふもふさんは連れて行かないからね?」

『行かない』

 チケットの枚数は二枚。抽選販売に当選した母親は絶対に行くとして、残りの一枚の行方は文月と環菜による仁義なきジャンケンにより決定した。姉妹間の熾烈しれつな争いがあったので、もふもふさんとは代わりたくない。

 文月はカレンダーに印を付けて、今日の今日まで楽しみにしていた。大人からは見えないとはいえ、映画館に犬(オオカミ)を連れ込んではいけない。

「えっ。そんなあ……」

『ごねると思った?』

「うん」

 仮面バトラーシリーズは、年に二本の劇場版が作られている。一本目は“夏映画”といって、夏休み期間中に公開され、毎年“今後のテレビシリーズに登場する新フォーム”や“新たな仮面バトラー”が先行登場するのが通例だ。

 二本目の“冬映画”は、テレビシリーズの総括という意味合いが強い。エンドロールのあとに、次の仮面バトラーが登場する。

『環菜と仲良くお留守番しておく』

「うん。よろしくね」

 鏡家から初日舞台挨拶の開催される映画館までは電車で三十分ほど。母親と二人で出かけるのは久しぶりの――少なくとも、もふもふさんが鏡家にやってきてからは一度もなかった――出来事である。移動中は、文月のクラスメイトにして、唯一、鏡家への出入りを許された少年、桐生きりゅう貴虎きとらとのが話題が中心となった。母親目線では、もはや貴虎と文月は恋人関係であるらしい。文月はちっとも恋人とは思っていない。

 まだ、仲の良い異性止まりである。

「本当に覚えていないのね?」

「うん」

「文月ちゃんから誘ったのではなくて?」

「そうかな……」

 文月は今年の誕生日の前日から当日までの記憶がない。気付けば誕生日の次の日、何故か貴虎の祖父とファミリーレストランにいた。もふもふさんと代わっていたのなら可能性としてはあり得るが、母親も環菜も、そして父親も、文月の誕生日を「当日に祝った」と話している。どうやらケーキがあったらしい。文月の主観では食べていない。もふもふさんは『環菜と一緒にハンバーグを作った』と話している。環菜は水泳のレッスンに忙しく、台所に立つのは年に一度。友だちに配るためのチョコレートを手作りする時だけだ。妹の手料理を食べたかった。

 全員が全員とも、異口同音に「食べていた」と言っている。けれども、文月にはその記憶はない。覚えている三人プラス一体vs覚えていない一人では勝ち目がなく、文月は白旗を振った。降参である。

「桐生くんのおじいさまにお会いする機会があれば、きちんとお礼を言わないとだわ」

「うん。いっぱいごちそうになっちゃったから」

 ファミレスでは、貴虎の祖父である悟朗から「気にすることはない。好きなものを頼んでいいのじゃよ?」という言葉を添えて、メニューを見せられた。そう言われても、文月は家族でファミレスに来たときには頼まないような高値のものを選べるような性格をしていない。メニューを端から端まで見て、ライトミールのラインナップからオムライスを選んだ。

 そのあと、貴虎が「じいちゃん! ……あれ、鏡も!?」という驚きとともに合流する。悟朗から「文月ちゃんの誕生日祝いじゃよ」と言われて、貴虎は納得したようだった。

 それから、貴虎は何の見境もなく食べたいものを食べたいだけ頼み、テーブルが混雑する。最後にささやかな誕生日プレートをファミレス側が用意して、文月は悟朗と貴虎から十二歳の誕生日を祝われた。

 当日の記憶は戻ってきていない。

「映画館で映画を観るのも、なんだか久しぶりだねえ」

 映画館に到着し、席に着く。そもそも映画という娯楽に触れるのが、テレビ番組ぐらいな鏡家である。この『仮面バトラーフォワード』は、家族で毎週見ているからこそ、劇場版にも興味が出てきた。そこから初日舞台挨拶の抽選に応募し、当選している。

「このチケット、桐生くんに渡せばよかったかしら?」

「桐生くんとは、また別の日に観に行くよお……」

「そうなの?」

「うん。約束したから」

「あらあら」

 夏休みに入ってしまってから、平日に教室で話せなくなっている。そのぶん、貴虎から毎晩電話がかかってきていた。昨日も二時間ほどしゃべっている。

「環菜も観に行きたいよね。三人で行ける日がいいかなあ?」

「どうかしら。二人に挟まれる環菜ちゃん……」

「桐生くん、環菜のことは知っているから大丈夫だよお。環菜も桐生くんとはお話ししたことあるって言っていたよ?」

「まあ、そうねえ」

「子どもが三人で映画館に行くのが心配なら、桐生くんのおじいちゃんについていってもらうのもいいと思う。桐生くんのおじいちゃんもフォワードを見ているらしいから」

「うーん……そうねえ……」

 自分の娘ながら手強い。貴虎と二人きりで映画を観よう、とは考えていないご様子。

「あっ。そろそろ始まるのかな?」

 ステージの下手しもて側に、女性アナウンサーが登場する。一礼すると、拍手が沸き起こった。

「お待たせしました! 劇場版、仮面バトラーフォワード『ハイスクールオブムジカ』の初日舞台挨拶を始めさせていただきたいと思います。司会はわたくし、薬師寺やくしじ優子です」

 再びの拍手。薬師寺が台本を広げた。

「さて、さっそくキャストのみなさまにご登壇いただきましょう! まず、望月もちづき勝利しょうり役のさきがけ泰斗たいとさん!」

 ステージの上手かみてから、ブレザータイプの制服姿の泰斗が現れる。文月と母親の座っている席は中央の列の五列目になるが、右の列の前方から黄色い悲鳴が上がった。泰斗がその右の列へ向かって手を振る。

「ママ。わたしも『キャー』って言ったほうがいいの?」

「いいや、どちらでも?」

「続いて、望月勝風しょうぶ役の近衛このえ将史まさしさん!」

 今度は男性の声援が大きい。野太い声に対して、将史は右手を拳銃の形にし『パーン』と一発、弾を撃つ動きをした。勝風が変身する仮面バトラーリベロの武器が『リベロヴァルカン』という銃であることにちなんだものだろう。

「おにいちゃんは制服じゃないんだねえ?」

 勝利と勝風は兄弟である。勝風は本編と同じく『Quoteクオート』のエンブレムがついたウインドブレーカーを羽織っていた。

鷲崎わしざきタクト役の楠木くすのき大成たいせいさん!」

 割れんばかりの拍手に迎えられて、左右にお辞儀しながらステージを小走りし、大成が将史の隣に立つ。劇中衣装ではない、赤い執事服を着ていた。メガネはテレビシリーズのものとは異なるデザインのものをかけている。

「お嬢様、イーグレット役の雨量うりょうカノンさん!」

 名前を呼ばれて「かのしいー!」「今日もかわいいよー!」と、カノンのファンが叫んだ。カノンは三人組のアイドルグループ『みすてぃーず』のリーダーであり、環菜の推しである。

「制服だあ」

 フォワードの“お嬢様”として、テレビシリーズではゴシックロリータだったりパンツスーツだったりと、話の展開に合わせて衣装が変わっているが、今回はブレザータイプの制服姿だ。泰斗が男子の制服、カノンが女子の制服か。

「最後に、知川ともかわ朱未あけみ役の明智あけちかけるさん!」

 泰斗と同じ型の制服を着た翔が、満面の笑みを浮かべてステージ上を横断し、泰斗の右側に立った。将史に引っ張られてカノンの隣へと移動させられる。

「さて、いいですか?」

 劇場内に笑いが起こった。スタッフからマイクを渡された泰斗が、翔に目配せし、キャストがリハーサル通り横並びになったのを確認する。

「いい、みたいです」

「仮面バトラーフォワードのメインキャストのみなさまです! 魁さんのほうから、自己紹介を」

「えー、仮面バトラーフォワードに変身する、望月勝利役の魁泰斗です!」

「勝利の兄貴、望月勝風役の近衛将史です」

「勝利の上司、鷲崎タクト役の楠木大成です」

「勝利の……えーっと、お嬢、様? 雨量カノンです」

「え、え。俺、何? 勝利の何?」

「あかんなあ朱未くん」

「ちょっと! みんな、リハーサル通りやってもらえませんか!?」

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