かつて存在し、今となっては消失した世界の果て【後編】

「人類は、によって滅亡したわよ」

 オレの問いかけに答えてくれたのが、だった。

 想像とは違う答えに、オレは「そうすか」と気の抜けた返事をする。人間は人間同士の争いだとか、疫病だとか、自業自得で滅んだものだとばかり思っていたから。

「具体的には2012年の12月21日。空から恐怖の大王が降りてきた」

「似たようなワードを聞いたことがあるんすけど」

 2012年ではなく『99年7の月』だったか。世の中は“1999年の七月”と解釈して、騒ぎになった。99年ってのがよかったんだろう。年が明けたらキリがいい数字になる。

 結局、何も起こらない。騒ぐだけ騒いで、終わり。恐怖の大王は降りてこなかった。アンゴルモアの大王も蘇らせていない。マルスの前後というのが具体的に何を指していたのかもわからずじまいで、一瞬の熱に浮かされた人々の記憶から消えていった。

「あら、博識ね。世には『ノストラダムスの大予言』と言われていたものよ」

「十三年後の冬にずれこんだんすか?」

「そうよ。……信じられないって顔をしているわね。地上へ見に行く?」

 女神サマが右腕を一振りするとオレの拘束を外れる。まるで、指揮者が指揮棒を振るうような軽い一振りだった。

「魔法使いすか」

「そんな味気ない職業名より、と呼んではくれないかしら?」

 ようやくオレは、オレを救い出した『女神サマ』の顔を見る。ラウンドボブに、アーモンド大の瞳と、ほのかに紅潮した頬、厚めの唇。を自称しても差し支えないような、見目麗しい女性。この薄暗い地下で、女神サマは輝いていた。

 ただ、しっかりと前のボタンを留めた白衣に、黒いストッキングとハイヒールといった服装をしていたのにはしぶい顔になってしまう。ココにいた人間たちを思い出すから。

「人類が滅亡したって、女神サマは人間ではないんすか?」

わたくしは、人間の歴史を俯瞰ふかんする者――女として、この『人類が滅亡した世界』からあなたをに来た。さあ」

 さあ、と差し伸べられた右手を握る。握った瞬間に、地下から地上へとオレと女神サマのからだが移動した。女神サマもまた、オレの不死身と同じく、不思議な力を持っている。

「ああ」


 何もない。

 オレが最後に見た地上は、まっさらではなかった。何もない。そこには人間がいて、人間の作り出した建物があって、様々な道具があって、人間以外の生き物もいた。今は、まっさらだ。地面は土の色をしていない。白い。地平線の先が見える。真っ平らで、何もない。


「この地球に、再びの生命が繁栄することはない、とされている。この未来を回避すべく、これからあなたを2007年に送り込むから、2012年の12月21日までに、侵略者を倒してほしい」

 

 真っ先に頭の中に浮かんだのは、この頼みを断ることだった。冗談じゃない。オレはオレを利用しようとしていた人類が滅んでくれて、。ざまあみろと思っている。侵略者とやらにめちゃくちゃにされても、文句は言えないようなことを、人間たちはしていた。

 あのまま地下にひとりぼっちかと思いきや、この世界には女神サマがいる。オレは孤独ではない。

「2007年にいるかがみ文月ふづきという女の子が、この未来を変えるためのキーパーソン。あなたは、鏡文月を補佐するの。姿でね」

 説明が続く。女神サマが人差し指をくるくると回すと、オレの身体に変化が訪れた。指先がツメへと変わって、白い毛がもしゃもしゃと手の甲を覆っていく。足が、手と同じような形状になっていき、身体を二本では支えられなくなった。手、いや、前足となってしまった両手を、地面につく。

「まだ受けるとは言っていない!」

 オレは抗議した。鼻がむずむずとする。前足で頭に触れると、耳の位置が動いていた。

「あなたが善行ぜんこうを重ねていけば、元の姿に戻れるわ」

「は……?」

「善行よ。イイコトをしなさい。人助けをし、人間に尽くしなさい。あなたは罪を償い、真に人間となるのです」

 罪。

「罰として、オレをオオカミに変えようって?」

「あなたは無辜むこの人々を傷つけ、苦しめた。小さき命を奪い、もてあそんだ。そのよ」

 女神サマはなんでも知っている。人間たちを、どっかから監視していたからか。オレが捕まる前に、何をしていたかもお見通し、と。

「オレに拒否権は?」

「デメリットより、メリットのほうが多いんじゃないかしら。あなたが真面目に取り組めば、人間として人生をやり直せるわ」

 女神サマが朗々と語る。この何もない世界にふたりきりよりは、その鏡文月とかいうガキと世界を救ったほうが、トータルで考えてメリットのほうが多いか。ものは考えようすね。

「ただし、善行が足りない現状では、あなたの姿は子どもたちにしか見えない」

「へえ?」

「過去のあなたと会ってしまうと、歴史が大きく変動する危険性があるから」

「タイムパラドックスってやつすかね」

 女神サマは真剣な表情を浮かべてうなずく。過去の自分と協力できたほうがよさそうなんすけど、女神サマがそう言うのなら仕方ないすね。善行を積むしかない。

「鏡文月の肉体を間借りすれば『鏡文月』として行動ができるわ。けれども、過去のあなたが『鏡文月』から話しかけられて首を縦に振るかは疑問よね」

 オレの行動を予測されている。女神サマって暇なんすかね。オレに興味津々じゃないすか。

「鏡文月の肉体を借り続けると、鏡文月の肉体から出られなくなるから、借りすぎには注意してほしいわ」

「オレがオレの姿で人生をやり直す、ってのができなくなるんすね」

「そう。物わかりがよくて助かる」

 物わかりがよいというか、どうしてもやらねばならないミッションを押しつけられて、最低限のルールは理解しておきたいというか。オレはオレとして生きていたいから、女の子として生きるルートは考えたくない。

「他に質問がなければ、2007年に送り込むわ」

 最低限のルール説明だけか。期限は2012年12月21日。倒すべき敵は、侵略者。おそらくは、鏡文月にもオレや女神サマのような何らかの不思議な力があるんだろう。

「2012年ではなく、2007年?」

 今すぐ侵略者を討ち滅ぼすのであれば、その2012年に直行させればいい。五年前に飛ばさなくてもいい。

「善行を積む時間が必要でしょう」

「そんなにかかると思われてるんすね?」

「罪の重さを自覚していないのね。不安になるわ」

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