第16話

 タコさん公園から橋を渡ってさらに歩いた場所に、三階建てのショッピングセンターがある。もふもふさんのお目当ては併設のスーパーだが、一階の入り口にはフードコートが広がっていた。

「ラーメン……フライドポテト……たこやき……」

 おぼつかない足取りで、文月はフードコートの一角にあるファーストフード店の『ポッポ』に向かっていく。体育会系のもふもふさんによる熱血指導により初日からへとへとの文月には、すべてのメニューからのお誘いの言葉が聞こえていた。

『ダメに決まっているじゃないすか。昨日の夜にピザを食べているのに、ここで高カロリーな料理を食べたら、先ほどの頑張りで消費したカロリーがプラスマイナスゼロどころか、プラスのほうが大きくなる』

 その幻聴をもふもふさんの声がかき消していく。無論、もふもふさんの姿は周りの大人たちには見えていないので、文月は言い返せない。この場所ではもふもふさんの言いたい放題となってしまう。

「せめてソフトクリームだけでも!」

 文月はレジの待機列の一番後ろに並んだ。もふもふさんの説得は聞かなかったことにする。

『はぁ……』

 お昼時の、しかも土曜日のフードコート。天助小学校の児童がいる可能性も高い。なので、あまり気は進まないが、ここは心を鬼にするしかない。もふもふさんは許可を取らずに文月と入れ替わった。聞き入れてくれない文月が悪い。

「まったくもう」

 しれっと待機列から離れて、フロアマップに従ってスーパーへと向かう。スーパーでは焼きそばの材料を買い揃えた。焼きそばは焼きそばでも食べ慣れたソース味ではなく、シーフードミックスを使用した塩焼きそばとする。

 母親と環菜はダンスクラブの活動の後に昼食も食べてくるというから、材料は一人分あればいい。一人分を用意するとなるとかえって割高になってしまうのだけど、シーフードミックスや蒸し麺は冷凍庫で保存しておけばいい。

 ついでに仮面バトラーフォワードのフィッシュソーセージをカゴに入れて、これを『ポッポ』と相殺してもらおうと画策する。フィッシュソーセージなら刻んで塩焼きそばに入れても味がケンカしない。フィッシュソーセージ限定の仮面バトラーフォワードのカードが付いていてお得。

「あっ」

 いざお会計となり、文月のウエストバッグから財布を取り出そうとして、気付いた。タコさん公園にデジカメを忘れている。

「?」

「あ、いえ、すみません」

 レジで立ち尽くしている場合ではない。並んでいる人もいる。千円札と小銭をちょうどになるように出し、レシートを受け取って、早急にレジ袋へと詰め込んだ。タコさん公園に戻らなくてはならない。

「……む」

 橋を渡ると、例の不審者の件もあって文月の特訓中には人っ子一人寄り付かなかったタコさん公園に人影が見えた。まさにその“腕が六本ある人”の可能性を考慮して、慎重に近付こうとする。場合によってはタコさん公園に直行する前に交番に寄らなければならない。もふもふさんの見解としては『子どもの見間違い』だが、もし本当になんらかのバケモノであったのなら警察官で太刀打ちできるのか。

「おっ!」

 十分に警戒して進んでいたのに、公園のほうにいる男の子のほうから声をかけられてしまった。文月もふもふさんはその声に聞き覚えがあったので、忍び足をやめる。

「なんだ。貴虎か」

「鏡は、おつかい帰り?」

 レジ袋を見ての問いかけだろう。貴虎には耳が見えているので、今は文月ではなくもふもふさんと話している、とは理解しているはずだ。

「買い物して、そこのベンチに置き忘れていったデジカメを回収しにきた」

 貴虎たちが来るまでには誰も来なかったのか、デジカメは置きっぱなしになっていた。貴虎のそばにいた老人がそのデジカメを拾い上げ、こちらまで持ってくる。

「これじゃな?」

 貴虎とは似ても似つかぬオールバックにした白髪に、赤い瞳のおじいさん。やわらかく、優しそうな声をしている。

「ありがとうございます」

「へへへっ。おれのじいちゃんだぜ。今日は、タコさん公園の怪人をやっつけに来たぜ!」

 文月と貴虎による仮面バトラーフォワード談義の中で、たまに『じいちゃん』の存在を挙げていた。貴虎にとっての自慢の祖父である。

「どうも、鏡文月です。桐生くんとはクラスメイトで、仲良くさせてもらっています」

 大人にはもふもふさんの姿が見えないため、もふもふさんはいったん、文月のていで自己紹介する。大人にもふもふさんとしての特性は説明しづらい。母親にすら説明していないのに、この翁に説明する必要があるかは謎である。

「ふむ。貴虎の友か」

 デジカメを渡したときのにこやかな表情から一変して、なんだか険しい顔つきをされてしまう。

「そうだぜ?」

「なんだか、いやしないかの?」

 鋭い。亀の甲より年の功とはよく言ったものだ。経験から来るものか、生まれつきの第六感か。これが発明家として活動していくのに重要な『ひらめき』につながっているのか。

「じいちゃん、しばしお待ちを」

 貴虎は文月と祖父に割って入ると、文月の背中を押して祖父から距離を取る。作戦タイムだ。

「……もふもふさんのことって、みんなにはヒミツ?」

「ヒミツというか、子どもには見えても大人にはオレの姿は見えないから」

「トトロ?」

「まあ、あんな感じ?」

「うーん……じゃあ、じいちゃんにはなんて言えばいいんだぜ?」

 身近な家族ではなく、第三者。異性の同級生の、祖父。もふもふさんの活動に対して、脅威になるとは考えにくいポジション。

「決してオレは悪いものではないから、そこは否定して、守護霊ぐらいの扱いにしてほしいかな。ほら、仮面バトラーフォワードにもいるって話してたじゃないすか、お助けゴート?」

「はいはいはい!」

「オレは山羊ゴートじゃなくてオオカミすけどね」

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