第13話

 文月と貴虎は仮面バトラーフォワードの話で盛り上がり、もふもふさんが『今日は泊まるつもりか?』と横やりを入れるまで続いた。まだ話し足りないふたりだが、窓の外を見れば太陽が沈み始めている。

「うおっ!」

「五時半の放送、聞こえなかったね?」

「確かに。それだけ熱中して話し込んでたってことだぜ」

 深川地区では、子どもたちの帰宅を促すチャイムが鳴り響く。地域によっては自動音声付きだが、深川地区ではチャイムのみである。時間は、春から夏にかけては五時半、秋から冬にかけては五時。

「じゃあ、また月曜」

「おう!」

 泊まる気はないようだ。貴虎は自分の黒いランドセルを背負って、あっさりと帰り支度を済ませる。

「月曜に、第五話の話、しよう」

「そうだな! ……いやー、先週のラストから、どうなるのか気になっちゃうぜ」

「わかる」

 深くうなずく文月。フォワードは仮面バトラーシリーズとしては四作目にあたる。文月は他のタイトルを見ていないので、他のタイトルについても詳しい貴虎の話は非常に興味深く、タメになった。

 貴虎もあれもこれもと知識をひけらかしはしていない。メインはフォワードのこれまでの名シーンや名ゼリフの話をしていた。変身ポーズをマネしたり、劇中に登場するアイテムの考察をしたり。

 貴虎は仮面バトラーシリーズ全体ではなく、あくまでフォワードの話をしたい文月に合わせる形でやりとりしている。最初は聞き耳を立てていたもふもふさんだったが、途中から心配無用と思い、休息を取った。オオカミの肉体は人間であった頃より体力の消耗が激しい。

「おばさん、おじゃましました!」

 部屋の外にいた文月の母親に深々とおじぎをして、あとから部屋を出てきた文月にも「また学校で!」と手を振る。

「お菓子、出せなくてごめんなさいね」

「いえいえ! お気になさらず!」

「いつでもいらっしゃいね!」

 まただ。貴虎に対しては、母親が歓迎してくれている。

「今度は夕飯を食べて帰ってもいいのよ? 昨日は文月ちゃんがお料理を作ってくれてね」

「鏡がですか!」

 貴虎は文月の腕前を知っている。なぜなら、家庭科は通常の教室ではなく被服室や調理室に移動しての授業になるのだが、通常の教室だと不定期に行われる“席替え”というイベントは発生しない。したがって、桐生貴虎と鏡文月は同じ班になっていた。一年間、班の組み替えがされないので、調理実習でのを間近で見ている。

「とっても美味しかったから、桐生くんもぜひ」

「あっ、はい……」

「遠慮しなくてもいいのよ?」

 母親はこの貴虎の反応をと解釈してくれた。そうではない。文月に火を使わせるのは危険だとわかっているからこその反応である。

『今日は作らないよ。ふたりが思っていたよりも話し込んじまったしなあ。昨日が肉だったから、今日は魚を買いに行きたかったのに』

 もふもふさんが毒づく。ほんとうは文月が帰宅してから、身体を借りて、区民スポーツセンターへの道中で見かけたスーパーへ行こうと考えていた。オオカミの肉体のままでは、モノを掴めず、働いている大人たちはもふもふさんを見られないので助けを求められない。文月が貴虎を連れ帰ってきたので、予定をしぶしぶ変更しなくてはならなかった。ついでに、文月以外の人間の身体は乗っ取れないと判明してしまっている。今後の活動に影響を及ぼすだろう。

「前向きに検討します! それじゃ!」

 そう言って、貴虎が帰路につき、文月が鏡家の扉のカギをかけた直後に、家のインターホンは鳴る。下のエントランスからの呼び出しである。

「はいはーい」

 母親がパタパタと歩いて行き『通話』ボタンを押した。

「はい、おねがいしまーす」

 とても機嫌がいい。怒っているよりはニコニコしているほうがいいとはいえ、なんだか違和感を感じて、文月はもじもじしてしまう。

 程なくして、カギが開いた。

 ダンスクラブでの活動を終えた環菜の帰宅と、宅配ピザの到着。

「ピザ、ウチだったんだ!」

 ピザの配達人が母親にピザとレシートを渡してから、環菜は喜んでいた。同じエレベーターで上がってきて、廊下をいっしょに歩いてきてしまったらしい。届け先を間違えているのではないかと思いながら歩いていた。というのも、鏡家でピザを注文する機会は滅多にない。母親が体調不良でまったく動けなかった時以来となる。

「てっきり今日も文月ちゃんが作ってくれるとばかり思っていたけれども、文月ちゃんは文月ちゃんで今日は忙しかったものね。だから、ピザを頼んじゃいました」

「おねえが、忙しい?」

「ふふふ。ピザを食べながら、話を聞かせてもらいましょうね」

「おねえが、何したの?」

 環菜もまた、母親の機嫌の良さから何かを怪しんでいる。文月は正直に答えることにした。

「実は、さっきまで、桐生くんが家に来ていて」

「桐生くん……って、おねえの同級生の? 下であいさつしてくれたよ?」

 ちょうど入れ違いになっていたようだ。環菜も環菜で、水泳関連で表彰されるような有名人だ。直接の交流はなくても顔に見覚えがあって、貴虎から声をかけてきたのだろう。

「えっ、待って、家に?」

 環菜が何度も母親に断られている、家族以外の他人を家に上がらせる行為。文月には許されたのだとすれば、環菜としては面白くないだろう。正直に答えてしまってから、まずかったのではないかとすぐさま後悔する文月だったが、環菜の表情は明るい。

「イメチェン成功じゃん!」

「え?」

 イメージチェンジは、髪型を変え(られ)たぶん、昨日より周りからの視線を集めていた。この視線を、文月は物珍しさと思い込むことにしてやりすごしていたが、環菜が言うには“成功”とみなすようだ。

「もう、おねえってばにぶすぎ!」

「にぶい……そうかな……」

 自分が鈍感か否かを考えたことはなかった。環菜が毎日のように通っていた水泳教室をすっぱりと辞めてしまった理由を看破できなかったので、にぶいといえばにぶいのかもしれない。

「ピザ、あたたかいうちに食べましょう」

「はーい!」

 ダイニングの母親に呼びかけられて、返事をして、洗面台で手を洗い、向かっていく環菜。首を傾げたまま、おなかは空いているので移動していく文月。環菜に続いて手を洗う。

『ピザ?』

 高カロリーの代名詞。文月のためには栄養バランスを考えた食事を提供したいもふもふさんにとっては悪魔の作る爆弾のようなものだ。これから風呂に入って寝るだけの夕食に、ピザ。明日以降でどうにかつじつまを合わせていくしかない。一日の暴食を打ち消すために、一週間で組み立てていけばいい。

「大きいのを頼んじゃったけど、食べきれるかしら」

「いけるいける!」

「うん、まあ」

「じゃ、いただきます」

「「いただきます!」」

「で、桐生くんとはどこか出かけないのかしら?」

 いただきますをした直後に質問が飛んでくる。ピザに手を付けていない。環菜も身を乗り出した。

「ほら、出かけるのだとしたら、交通費やら、場所によってはチケット代やらがかかるじゃない? 母親として、気になるのよね」

「妹としても気になる!」

 出かける。部屋で話していたとき、仮面バトラーフォワードのロケ地の話はした。そこに行ってみようとまでは話していない。

「ああ、ウォータースライダーのあるプールに誘われた」

「「プール!」」

 一緒に行こうという話なら、これしかない。タワーマンションからウォータースライダーの話になった。

「泳げないからって断った」

「おねえ!」

 母親はあ然としてしまい、環菜が突っ込んだ。文月のカナヅチはふたりともよくわかっている。が。

「泳ぎならあたしが教えるから!」

「でも、断っちゃったからな……」

「おねえー!」

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