第2話 積もる想い


「お頭…いやクラマス!あのババァてんで言う事聞きやしねぇ!見てくれこの銀貨」

「チッ!あのババァ!銅貨3枚でいいといつも言ってんのに!たかがパイに銀貨を払う馬鹿はあのババァだけだ!」

「なんでも『パンだけぢゃなく世話も焼いて貰ってるからねぇ』だそうです」

「うめぇ事言いやがってあのババァ!………ミッキィ、取るぞハーベストムーン」

「へい!」



 


 商店街の一角にある広場で品評会が開かれていて、そこには大きな大きなパンを担ぐジャムとミッキィ、そして主催者がいた。


「ジャムさん。確かにこの大きさ、かなりのインパクトがあるけどこの味じゃあエントリーは難しいよ」

「なんだとテメェ!俺らの努力をコケにしてんのか!」

「やめねぇかミッキィ!!!情けねぇ真似してんじゃねぇ」

「店と同じく大変美味しいんだけどねぇ。ハーベストムーンはいつもと同じじゃダメなんだよ」

「わかった。出直してくる…」


 肩を落としクランハウスへ戻るジャム、心配そうな顔を浮かべるミッキィ。ハウスに辿り着くと店番をしてたメンバーが声を掛けてきた。


「頭、おかえりなせぇ。どうでしたか?」

「ダメだ。計画の練り直しだ。パンだけにな」

「残念です。だけど俺たちのパンなら必ず世界に通じるはずですぜ!気を持ち直しましょう!」

「ああ。そうだな」



「いつもなら頭と呼ぶんじゃねぇ!って叱られんのに…結構堪えてんな頭…」

「ああ。なんせ最初で最後のチャンスなんだ。仕方ねぇさ」


 ジャムが奥に消え残ったミッキィとクランメンバーが会話する。


 ハーベストムーン。それは大陸中の美食家が集う"月に捧げる収穫祭"にて行われる料理コンテストである。そして今回はトガリィースが主催地であり、なんといっても目玉の優勝賞品が"魔法鞄マジックバック"である。この鞄、冒険者や大商人には喉から手が出る程のものであり、それが料理コンテストの賞品に上がるなど最初で最後だろうと言われている。ジャムもこの機会に心血を注いでいた。



 日は沈み夜が深け周りが静まった頃。ジャムは自室にて酒の瓶を煽り塞がっていた。


「時間がねぇ…」


 ポツリと呟き、また酒を煽る。そんな事を繰り返していた。


「クロワのババァ…縦ロールなんて似合わねぇ真似しやがって…それにパイに銀貨だと…舐めた真似しやがって……こちとらハーベストムーンに賭けてるのによ…酒も美味くねぇ…」


 酒の瓶を見つめ今日という日を振り返っていると………


 頭にガツンときた!!!


 ジャムは勢いよく自室を飛び出しミッキィやクランメンバー達を叩き起こし指示を出す


「おいてめぇら!パイ生地を作れ!あと木の棒を細く丸く作れ!いいか材質は柔らかく生地を傷つけねぇ優しい木でやれ!いいか!死ぬ気で優しくやれ!天下取るぞ!!!」

「「「お、応っ!!!」」」


 ジャムの咆哮にも似た指示に寝ぼけ眼の者達も目が覚めた。


「頭ぁっ!準備出来ましたぜ!」

「このボンクラがぁっ!頭って呼ぶんじゃねぇっ!」

「よ、良かったいつもの頭だ…」

「あん?なんか言ったか?!」

「なんでもねぇです」

「よし!明日の午後までに仕込むぞ!」


 こうしてジャム達一行は気炎を背負い天下を取るため、新作のパンと闘う。生地を練りバターをそれで包み木の棒で伸ばし、それを畳んでは伸ばす。それを幾度も幾度も繰り返し、その果てに三日月型に整えられた、それは貴族の婦女子がよくするロールの様にも見える幾重にも重ねられたパイ生地があった。

日が丁度真上に差し掛かった頃にそれは焼き上がった。


「てめぇらっ…一斉に喰らうぞ…覚悟はいいな?」


 芳醇なバターの香りを漂わせ、繊細な肌を崩す事なくこんがりと重ねるその姿に皆がゴクリと唾を飲み込んだ。手で慎重に持つ手は震えていた。


「せぇーーのっ」














「「「「う、うめぇ!!!!」」」」


「か、頭!頭ぁあ!」

「やりましたよ!頭!これなら天下取れやすぜ!」

「馬鹿野郎どもがぁ!まだ決まった訳じゃねぇ!大の漢が泣くんじゃねぇよ!みっともねぇだろうが!」


 あまりの美味さに興奮冷めあらず泣く者までいる始末。叱りつけるジャムも目頭が熱い。そのままの勢いで今回のハーベストムーンを取り仕切る責任者の家へと飛び込んだ。

ノックも早々に扉を開け放つ。


「えれぇもんが出来ちまった!食ってくれっ!!」

「のわぁぁああーーっ!!!」


 優雅な昼時に突如現れた屈強な悪人ヅラの面々に腰を抜かすちょび髭ダンディな責任者であった。文句をつけようとしたが何やら芳醇な香りが漂ってきて気が気じゃ無い。


「ジャムさん。これは…三日月のような形。ハーベストムーンの出品ですな?」

「ごちゃごちゃ言わず食ってくれ。それで全て解る。いや…解らされる。」

「そこまでですか…いやこの香り…」


 そして手を伸ばした責任者。掴むとパリッと音がして表面がいともたやすく割れる。あっ…と声を漏らし間違えようの無い予感が脊髄を駆け巡る。そして口にした途端、バリリと先ほどよりも大きな音が響く……


「う、う、美味すぎっごふぉーごほっ!!」


 美味しさのあまり口に物を入れながら喋るという紳士にあるまじき失態を犯し極薄のパイ生地が仇となった責任者。やがて落ち着くと


「ジャ、ジャムさんやりましたね!これなら優勝。充分に狙えますな!それにムーンを象っているこの形といい、紅茶との相性も抜群ときた。貴族にもウケる事、間違いない。いや貴方。とんでもないもの作りましたね」

「だから言ったろう。えれぇもんが出来ちまったって。それに俺だけの力ぢゃねぇ。言うならこの街の"トガリィース"の力だ」

「してジャムさん。このパンの名前は?」




色んなもんが積み重なった

     

こいつの名前はなぁ


"クロワッサン"だ。




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Desperado れみまるロック @remi-maru

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