第5話 栄華は誇り盛者は驕る
「うわぁ……」
家の中に入るとその絢爛に感嘆とドン引きの叫びが漏れ出る。
内装は外見よりは多少落ち着いた配色にはなっているものの、上を見るとシャンデリアがあったり壁にはなんだか高そうな絵があったりで身が縮まる思いだ。映画くらいでしかこんなの見たことない。
そしてその広さと壮大さに比べて、この家はあまりにも静かだった。大きい家なんてそんなものかもしれないけど、それにしても人の気配がない。今日は休日だというのに。
「……ご家族は?」
「家族?いないよーそんなの。この前ペットの金魚も死んじゃったし。あ、でもお手伝いさんならいるよ。今日は来ない日だけど。」
廊下の数歩先を歩いていたカナエは後ろに手を組んでくるりとこちらを振り返すと、日差しの中を舞うように頰を釣り上げた。
いつも通りの飄々とした様子ではあったが、どこか毛色が違うように見えたのはこの家の静かさのせいか。
「じゃあ、実質一人暮らし?」
「まあね。こんなに広い家なんだから、友達はたくさん呼ばないとね。」
言葉の切れ目と同時にカナエは足を止めて、廊下の右隣にある部屋の扉を開けた。
「ここがわたしの部屋だよ。まあ全部わたしの部屋なんだけど、自室ってやつ。」
「………………」
別に大した話でもないんだろうけど、他人のプライベート空間に入るのって緊張するな。
小学生の頃はよく友達の家に遊びに行ってたものだったけど、それなりの歳になれば自分の部屋をあまり見られたくなるものだ。私が他人に興味をなくしていったせいもあるかもしれないけど。
まあどちらにせよこの女は割と例外的にそれを良しとするタイプだろうから関係ないか。
遠慮しつつ中に入り込むとやっぱりその内部も口を開かせられるほどのものだった。
デカいベッドに大きな本棚、なんか高そうなランプが置いてある机にクローゼットまで。やろうと思えばキッチンも風呂も入れられるくらいには広々としている。
「すっご。」
「ふふん、そうでしょそうでしょ。リカなら分かってくれると思ってたよ。」
自慢げに鼻を高くしているけど、私じゃなくても感心しない人はいないと思う。
とはいえ、この家の背景を考えると、ちょっと違和感を感じる面もあった。
「…………でもさ。なんか、詰め込みすぎじゃない?」
「ん?どゆこと?」
「いや、こんなに生活要素入れ込んでたら、他の部屋の使い道ないんじゃないかなって。」
お金持ちの感覚はわからないが、基本的にカナエの生活はこの部屋の内部で完結しそうに感じる。となると、他の部屋の用途はどうなっているのだろうか。
「んーー。実はあんまり使ってないんだよね。大きい家は好きだけど、流石に大きくしすぎたかなぁってちょっと後悔してたりなんかもする。」
「大きくしすぎた………?」
どういう意味だろうか。
ここはカナエの家であることには違いないだろうが、家を建てたのは家族なんだろう?じゃあ大きくしすぎたって?
「あ、言い忘れてたけど、この家ってわたしがこの前立てたやつなんだ。だから割と新築。」
「…………は!?だってこの前資産家の娘っだって。」
「あれ嘘。」
…………………!?
え、まさかこの建物ってカナエが自腹で払って建てたの?
いやいや、資産家の娘って話が嘘だとしたら尚更ありえないだろそんなこと。一体いくらかかるんだこれ建てるのに。
「………強盗した?」
「まさか!あはは、ほんとにリカは面白いこと言うね。」
カナエは楽しそうにしてるけど、その歳でこの家をぽんと建てられる人間なんかいるか?世界は広いからいるのかもしれないけど、少なくとも何かしら表に出ている人間だけだろう。少なくともただの浪人生が小遣い稼ぎ程度の感覚で稼げるものではない。
「じゃあ……」
「おっと。家の話はもういいじゃん。せっかくなんだからリカの話も聞きたいな。でもその前に、お茶用意するからちょっと待ってて。」
動きが止まらないカナエはさっさと部屋を出ていってしまい、私が一人ポツンと部屋の真ん中に残される。
………遮られたよね、今。
カナエは何か大きな秘密を隠しているのは間違い無いだろう。こんなに大きな家を自分で建てられるだけの資産をもっていることは明らかに普通ではないし、その話に踏み入ってほしくないと意思を示すように話を切られたこともなんだか怪しい。そもそも本人の性格からしてすでに不審者の塊みたいな存在だし。
「別の生き物みたいだ。」
何もかもが異質で全てが謎なカナエ。
何もかもが平凡で全てに対して流される私。
そんな二人がこの広い空間に共に位置していることが既に世界の不安定さを示していた。
〜〜〜
カナエが戻ってきたあとは、二人で特に何もすることもなく会話をしているだけだった。と言っても向こうが振ってくる話になんとか私が答えるだけの一方的なものでもあったが。
「なんか、リカって普通の女の子って感じがしていいね。」
いよいよ私から語られるエピソードの倉庫が空になりかけてきた時、そんなことを言われた。
なんか嫌味みたいな言葉だな。
どうせカナエと比べたら私なんか普通の女の子そのものなんだけどさ。
でも、カナエは本当に私を褒め称えるようにそう言う。そう見えるだけかもしれないけど。
それで思うことがあって、珍しく自分から声をかけてみたりした。
「カナエってさ。なんにせよすごいお金持ちだよね。大学に行かなかくったって、仕事なんかしなくたって生きていけるくらいには。なんでわざわざ受験生なんてやってるの?」
実のところ、私はカナエのことが結構気に入っている節がある。実のところって言葉はいらないかもしれないけど。
だから、この人の求めているものがなんなのかを知りたい。
時間を共有しているのだからこれくらいは聞いても誰も文句は言わないはずだ。
私とは絶対的に違う世界にいるような存在だとわかっていても、一歩踏み出したいと思った。
私が自分から手を伸ばそうとするなんて、何年ぶりだろうか。
でも、やっぱりその手は明後日の方向に向いていた。次元そのものが違うから仕方がないのかもしれないけどさ。
「楽しそうだから。」
いつもの濁りない笑顔で当たり前のようにそう言った。
「きっと大学にはたくさん知らない人がいる。その先の社会にはもっとたくさん知らない人がいる。そういう人たちと未来を創造していくって最高に楽しいことだと思うんだ。」
その爽やかな笑顔は私にはあまりにも遠すぎた。
私が彼女の進む道にある一つの石ころでしかないと分かった瞬間だった。
カナエは、拾った石をみんなピカピカに磨いて、それで満足して放り投げていく人間だった。
私は捨てられたくない、と思ってしまったのは、この時点で私自身も磨かれていたからだろう。
ここまで完全に理解できたのはもう少し後、全部が終わってからだった。
夏の出会いに運命を 佐古橋トーラ @sakohashitora
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