再び逢うために(中編)

やはり、そこに住んでいたからだろう。有珠は西地区についてとても詳しかった。

 それは有珠の言葉だけでその時どのような環境だったのかが容易に想像できるほどだった。

 そのおかげで着々と予定が組まれていく。

 ただ、有珠が言葉を詰まらせることがよくあった。なにかトラウマになっているところがあるのだろう。

 だから5分くらいの休憩を何回かとった。

 明らかに無理をしていた。

 碧海は西地区に行ったことがないから全くわからないのは当たり前だったが、そんな有珠を見ながらなにもできないでいるのはあまりにも心苦しかった。

 やがて、ただ相槌を打つだけになっていた。

 『有珠に頼ってばかりで、なにもできていない。

 何か少しでも有珠の力になりたい。』

 碧海はそう考えていた。

 2,3時間もしないうちに大体の計画が立った。

 計画が立った、ということは深禽を助けに行ける時間が早くなる。

 もちろん碧海にとって飛び上がるほど嬉しいことだった。

 しかし碧海の心の中で、

 『私は何もできていない。せめて有珠の手を煩わせないようにしなければ。』

 そんな焦る気持ちが湧き始めていた。

「よし......こんな感じかな。碧海、よくわからなかったところとかある?」

「ううん、特には。ところで有珠は大丈夫?」

「ん?なにが?」

 有珠が無理に笑顔を作る。

「いや、なんでもない。ありがと。」

 わざわざトラウマのことを掘り下げるような心無いことはしない。

 今日は碧海の家に泊まることは有珠のためにもやめてもらうことにした。

 いや、碧海自身のためかもしれない。

 自分のために無理をしてくれている有珠にもっと自分の我儘を聞いてもらうことはしたくなかった。

 それが有珠の希望であったとしてもだ。一度碧海は有珠と距離を置きたかった。

 もちろん有珠のことが嫌いになったわけではない。

 ただ、碧海のために有珠の体を削るようなことはしてほしくなかった。


「また明日。じゃあね。」

「うん。」

 有珠が実家に戻る。

 久しぶりの独りだ。

 さて、時間は日没近くとなってしまったが、碧海はまだやるべきことが残っている。

 まずは人気のない、大きな音が鳴っても気づかれない山奥へと移動する。

 絶対に有珠にばれてはいけない。

 有珠が帰途についてから少し時間を置く。

 

 約10分後。

 そろそろいいだろうか。

 一度外の様子を見てみる。

「いませんようにー......」

 幸いにも有珠はいなかったが、辺りはだいぶ暗くなってきていた。

 完全に日が落ちると警察の巡回が始まる。

 巡回が始まるまでに山に入ればいいと思っていたが、思っていたより日没が速かった。

 今の時間帯はリスクが高い。

 今日は諦めて明日朝早く出発することにしよう。

 そう考えた碧海は家の中に戻り夕食の準備を始めた。

 

 ーー翌日、早朝。

 予定通り碧海は早めに起きることができた。

 警察の巡回は午前2時には終了しているので特に警戒せずに外に出た。

「ふぅ......」

 大きく深呼吸をする。まだ日は出ておらず、辺りは真っ暗。でも夜とはまた違う空気だ。

 少し歩いて近くの山に入る。

 山に入ってから大体2kmくらいは歩いただろうか。

 もういいだろう。

 碧海はショルダーバッグから銃を取り出した。

「やっぱり重いな」

 そうだ。銃の練習だ。

 予定上では初めての練習が本番となっているが、そんなことをすれば足を引っ張ってしまうことは明確だ。

 少しでも練習をしておいた方が有珠にも迷惑はかからないだろう。

 碧海は動画サイトで銃の撃ち方のレクチャーを見ながら近くの木に向かって銃口を向けた。

 トリガーに指をかけ、セーフティを下に押し下げる。

 トリガーを引く。

 大きな音と共に大きな衝撃が碧海に伝わる。

「うわっ!?」

 思いもよらないピストルの反動を抑えきれず、手から離れ、ピストルがおでこのあたりに当たってしまった。

「やばっ」

 びっくりした碧海は急いでピストルを探す。

 ピストル自体が黒いので探しにくかったが、なんとか見つけた。

 思っていた数倍反動が大きかった。

 銃ってこんなに危ないものなのか。

 これが練習でよかった。本番では驚きと恐怖で戦意を喪失していただろう。

 もう一度やってみようとまたピストルを構えようとする。

「いっ.......った!?」

 肩を動かした瞬間、肩に激痛が走る。

 思わずまたピストルを落としてしまった。

 どうやら肩を外してしまったらしい。

 まずい。どうにか戻さなければ。

 この時間帯はまだ病院はやっていないし、自分でどうにかするしかない。

 この時碧海はパニックになっていた。

 無理矢理戻そうとする。

「痛い痛い痛い痛い......!!」

 ただ感じたこともないほどの痛みが体中を駆け巡り続ける。

 気づけば痛みに耐えかねてか、碧海の目から涙が溢れていた。

 ただその努力も虚しく、少しでも肩を動かせば激痛が走った。

 自分では治せない。家に戻る前に病院に行って治してもらおう。

 近くの木にもたれ、座り込む。

 山の土はまだ濡れていた。

 動かせない肩を気にしながらぼーっと明るくなり始めた空を眺める。

 すると後ろの方から草を掻き分けながら近づいてくる音が聞こえてきた。

 今は早朝と言うには早い時間帯だ。この山の中に人がいるわけがない。

 だとしたら、動物か何かだろう。ピストルは手に届かない位置にある。

 ただ運命を受け入れるしかない。

 覚悟を決めて後ろを向くと見覚えのある人が目に飛び込んできた。

「え。」

 確かに見覚えがあった。この薄暗い山の中でも誰かがすぐにわかった。

 なぜなら、昨日一日中その人と居たから。

 「なんで有珠がここにいるの?」

 思わず、そう問いかける。

「やっぱり、いるよね。碧海は優しいから」

 相手は元々会う目的で来ていたらしい。

「はぁ......昨日無理言って泊めさせてもらうんだった」

 相手はすっかり状況は読めているようだった。

 碧海が呆気にとられていると、

「ちゃんとした構えもせずにワルサーなんか撃つから脱臼するんだよ......」

 有珠が何か文句を言っている。

 内容はよくわからなかったが、ポジティブなものではないことはわかった。

 銃を有珠の鞄にしまった後、碧海の方を向く。

「碧海、病院行くよ。立って」

「え、う、うん」

 2人しかいないはずなのに山全体の空気が重い気がする。

 有珠は少し怒っているようにさえ見えた。

 ここは従った方がよい、と直感が判断した。

 そうやって有珠と山を下り、夜間診療をしている病院へと向かった。

 

 病院に着いた後、症状が脱臼ということもあり他の患者が優先され、2人は待合室へと移動した。

 待合室では有珠と碧海の2人だけだった。

 気まずい空気が流れる。

 「銃って素人が一人で撃っていいものだと思ってたの?」

 有珠がそう問いかける。

 言い訳がない。完全に怒っているようだ。

「ごめん。」

「......なんであんなことしたの?」

「えっ......と、ちょっとでも上手くなっておけば有珠も楽かなって思たンゴw」

「そっか。」

 碧海は当然有珠に怒られると思っていたが、何も言われなかった。

 怒られるようなことをした時に何も言われなかった時が一番怖い。

 有珠は怒っているし、碧海は下手なことを言って余計有珠を怒らせたくない。

 椅子しかない待合室で碧海の残されたやることは、ただ時計の針が進んでいくのを見ることだけだった。

 分針がやっと10周目くらいに入った頃。

 看護師に診察室に入るように呼ばれた。

 やっと話し相手ができた。まぁ相手は医者になるのだが。

 あの気まずい時間を過ごすよりかは何倍もよかった。

 自然と足取りも軽くなる。

 そんな楽観的なこと考えていた碧海だった。

 しかし、少し考えればわかることだった。

「まず、なんで脱臼したの?」

「えっと、今朝近くの山を息抜きに登っていたら木の根っこに足をとられてしまって。その時の手のつき方が悪かったみたいです。」

「そっか。あるあるな原因だね。」

 脱臼した経緯を事細かに聞かれた。

 話し相手ができたのはいいいが、話題が良くない。

 もちろん銃を撃ったことを言えば問答無用で警察行きなのでそこは避けた。

 ただ、どんなに話を濁したとしても有珠には筒抜けだ。

 碧海から見て有珠は左斜め後ろの方に座っていた。

 だから碧海の視界には有珠はなかった。

 でも雰囲気が重くなっていく。

 それだけはわかった。

 碧海はある程度の口頭での質疑応答をしてからX線検査をした。

 X線検査自体そこまで時間はかからなかった。

 診断してから出てからが一番時間かかった。

 腕を回したりしてから脱臼が治ったか確認するためにまたX線検査を受ける。

 それを2回くらいした後、固定するためにギプスをしてもらった。

 やっと病院からの拘束から解放されると外の太陽はまだまだ高かった。

 待つ時間が長かったせいか、感覚的にはもう夕方あたりだ、と勘違いしていた。

 いざ帰ろう、とすると受付にいた看護師に引き止められた。

 まだ診療が残っているのかと嫌々振り向くと、看護師から一切れの紙をもらった。有珠からだった。

 『待合室で気まずくしてごめんね。いっかい気持ちを落ち着かせる少し時間をもらうね。ごめんね』

 こう書いてあった。

 有珠は何も悪くない。話をして誤解を解かなければ、そう思った。

 しかし、碧海は有珠の家を知らかなった。

 今日は諦めて明日ちゃんと話そう。そう思い、今日はおとなしく家に戻ることにした。

 家に帰ってからというもの、片腕の使えない生活は大変だった。

 料理もしにくいし、何といっても風呂が一番面倒くさかった。

 わざわざギプスにカバーをかけないといけないし、風呂から上がったらドライヤーなどで乾かさなければいけない。

 それらを一人だけで行うのは至難の業だった。

 どうにか寝る準備までを終わらせることができた。

 今日は朝早く山に登ったり、病院に行ったりと色々忙しかった。

 明日は有珠に謝らければ。

 そう思いながら一日の疲れと一緒に闇の中に意識を沈ませた。


 次に目を覚ますときにはすでに外は明るくなっていた。

 この時間帯になればいつもなら有珠が家にやってくるはずなのだが......

 来ない。

 まぁだいたい予想はついていた。

 あんな紙切れを寄越しておいてが本当にである時はないだろう。

 もちろん有珠の家を探すことも考えたが、こんな自分に非がある怪我ばかをしている状態で自分の身になにかトラブルが起きてからでは洒落にならない。

 おとなしく家で昨日立てた計画の復習をしたりして有珠を待っていた。

 だいたい内容が頭に入ってきた頃。

 有珠が帰ってきた。

 碧海としては今すぐにでも駆け出して迎えに行きたかったが、気まずさが勝った。

 そのまま座って机と向かい続けていた。

「......碧海、大丈夫だった?」

「うん、おかげさまで。」

「......練習するときは言ってね。」

 会話はそれだけだった。

 気まずい。最近気まずい雰囲気になることが多い気がする。

 なぜなのか。有珠と碧海の相性が合っていないのか?はたまた良いからこその賜物なのか。

 碧海がいらない心配をしているとさすがに耐えられなくなったのか有珠が席をはずそうとした。

「あっ有珠の家......!」

 咄嗟に声が出た。

 今朝のようにいつ有珠に会えるのかわからない不安が命令したのだろう。

 しかしすぐに理性が引き止めた。

 一度距離を置かれ、久しぶりに会った直後に家の場所を聞くのは流石に気味が悪い。

 有珠の耳に入らなかったことを願う。

「知りたいの?」

 聞こえていた。聞き返されることもなく聞こえていた。

「えっいや、なんでもない!いってらっしゃい!」

 どうにか誤魔化そうとする。

「いいよ。書いておくね」

 近くに置いてあった紙に書いて家を出て行った。

 すんなり教えてくれた。

 あまりにも寛容すぎではないだろうか。

 しばらく呆気に取られて動きが固まってしまった。

 違うどこかてきとうな家の場所を書かれたのかとすら考えてしまった。

 そのくらい簡単には教えてくれるものだとは思っていなかった。

 教えてくれたはいいものの、流石に家凸をすることはしなかった。

 そうやってどちらも距離を置いて会うことも話すこともない時間が過ぎて行った。

 いつのまにか計画上の作戦実行日になっていた。

 まぁ、有珠にも愛想を尽かされた、まではいかなかったとしても一緒に命まで懸けてはくれないとほぼ諦めかけていた。

 深禽への情はどこへいったのか、また少し落ち着いたら行けばいいだろうと考えていた。

 そろそろ寝ようか、と考えていた時家の扉が開く音がした。

 有珠だった。

 大きな荷物をしょっている。

「え?深禽さんのとこ行くよ。準備して!」

 寝ようとしている碧海に向かって当たり前のように言ってきた。

「え、行ってくれるの?」

 慌ててベッドから出る。

「いつ行かないって言ったよ......自分が言ったことは流石に守るからね?」

 10分くらいで準備をして2人は家を出た。

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欠けた色と他の色の組み合わせ kar1neko @kar1neko

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