再び逢うために(前編)
2人が公園に着くと木の下で立って待っている人が何人かいた。
有珠がその人たちに少し足早で近づいていく。
「お久しぶりです。今回は...ありがとうございます」
「久しぶり。前は世話になったからね。恩返しみたいなものだよ」
少し遠くで碧海がこちらを見ているのに気づく。
「......あの人が?」
有珠が碧海の方を振り返る。
「あ、はい。そうですね。あの子が碧海です。前に伝えた通りの」
公園で待っていた人の中で代表のような人が碧海に近づいていく。
「こんにちは」
「......こんにちは。あなたは?」
碧海は警戒してからか、すこし後ずさりをした。
「多分聞いてると思うけど、有珠と所縁のある佐久間と言います。安心して。情報だけ渡してすぐ帰るよ」
「じゃあ、少し話を聞かせてくれない?」
「......わかりました」
碧海は深禽のことを話すのに結構な抵抗があるのだろう。
結構間が開いてしまったのだろう。佐久間の方が質問をしようとしたのか口を開いた時。碧海が喋りだした。
「私には姉が居ます」
碧海は前日有珠に話した内容を深禽の名前も含め、話し始めた。
「そっか。1回調べてみる。ちょっと時間をもらうね」
そうやって佐久間は一緒に来ていた仲間のような人と紙を広げ始めた。
有珠と碧海は近くのベンチに座ってその様子をただ見ていた。
ただ、碧海はどうも落ち着かないようだった。
有珠はそれに気づいていたが、碧海の気が立っていると察したのか何も話さなかった。
紙を広げてからだいたい30分が立ち始めたころ。
碧海の不安が頂点に達したのか立ち上がった。
「碧海、もうちょっと。」
有珠が
「......」
おとなしく碧海がまたベンチに座る。
また数分後。
「......よし。大体わかったよ」
佐久間が有珠達の方を見る。
「わかってると思うけど、このことは他には話さないでね」
「わかってます」
「それで、私が働いてるここから西地区への検問所の通行履歴を持ち出してて」
佐久間が少し言葉を詰まらせる。
「照らし合わせてみたんだけど、あなたのお姉さんの名前があったんだ」
「でも西地区は広いは広いから探すのは困難が伴うと思う」
「まぁ、そんなこと言っても大体場所はわかってるんだけどね」
佐久間と一緒にいた人が喋りだす。
「どこか教えてもらえますか?」
「待って。行くつもり?死ぬよ?」
「はい。行きます。......姉に会えるのなら」
「まぁ......止めはしないけど。じゃ、後で地図送っておくね」
「ありがとうございます」
「いや
有珠が割って入る。
「いやまぁ最後に判断するのは本人だし......」
少し気まずそうにする。
「......では、私はこれで。情報の提供感謝します」
碧海が早々に立ち去ろうとする。
「待って碧海。よくわかってる?死ぬかもしれないんだよ?死ぬってわかってるよね?」
有珠が止めに入る。
「わかってる。わかってるよ。もともと何が何でもお姉ちゃんを助けるって決めてた。それがどこにいようが変わらない」
碧海が振り向きもせずにこたえる。
有珠が一瞬碧海を追いかけようとしたが、足を止め、佐久間の方を見た。
「情報ありがとうございます。すみませんが、これにて失礼させてもらいます」
「有珠、碧海さんと仲が良いんだね。話すときに堅苦しさがない」
去ろうとする有珠に佐久間が話しかける。
「しかも人の命のことを考えるだなんて。人って変わるもんだね」
「......そうですか?」
「うん」
佐久間が少し微笑んで答える。
「ひとつ聞きたいんですが、碧海の姉の名前、自分で聞きだしましたよね?なんでその後名前で呼ばなかったんですか?」
「最初に話しかけたときに完全に警戒していたのが分かったからね。深禽って名前を安易に出すと余計警戒されるかなって思ったんだ。」
「相変わらず、洞察力がすごいですね」
「ありがと。有珠も碧海さんのこと早く追いかけたほうがいいんじゃない?引き止めちゃってごめんね」
佐久間が碧海が歩いて行った方に目を向ける。
「......そうですね。ではこれで」
「うん、じゃあね」
有珠が走り去っていく。
佐久間がしばらく有珠と碧海が去っていった方をぼーっと見続ける。
「さて、私たちも戻ろうか」
そうやって昼前の太陽が隠された空の下、公園での会話は数分ほどで終わり、解散した。
一方、有珠は行くとすれば碧海の家へと向かっていた。
有珠がドアに手をかける。鍵はかかっていなかった。
家に入ると、乱雑に脱がれた碧海の靴が放置されていた。
「碧海、大丈夫?」
家の中に語り掛ける。
「......」
返答は帰ってこなかった。靴があるのだから一応家に帰ってきてはいるはずだ。
有珠がリビングに行ってみると既に碧海は荷造りを始めていた。
「碧海、ほんとに行くつもり?」
「さっき公園で言ったじゃん。私はどこにいようがお姉ちゃんを助けに行くって」
「碧海、1回落ち着いて。まずは計画を立てるべきだよ」
有珠が碧海の手を掴む。
「西に行くには許可証も必要だし、西に行った後どうやって深禽さんを助け出すの?話し合いで解決できると思ってんの?」
有珠の口調が強くなる。
「......」
碧海が黙り込む。
「急ぐ気持ちはわかるけど、急ぎ過ぎても碧海が死ぬだけだよ」
「わかった。ごめん。」
リュックに雑に入れられた服を二人で片付ける。
一通り片付け終わった後。
「私は今からご飯を作るけど有珠はどうする?」
碧海が話しかける。
「うーん......さすがに帰ろうかな。迷惑だろうし」
「......うん。」
碧海の声が小さくなる。
「......やっぱり、ご馳走になろうかな。いい?」
有珠が察したように言った。
「......うん」
碧海の声の大きさが元通りになる。
そうやってまた有珠と碧海は仲良く夜を過ごした。
ーー翌日。
天候は久しぶりの雨だった。予報を見ると今日一日はずっと降っているらしい。だから、今日はずっと紙と画面を睨み続けることになるだろう。
有珠と碧海の二人は碧海が作った朝食を食べながら深禽の救出に向けての計画を練り始めていた。
「第一の問題は、西地区にはどうやって行くのかだよ。東と西を隔てるフェンスがあるらしいけど」
碧海がスマホで地図を見ながら呟く。
「実は......あるだけで結構壊れてるんだけどね。そこから行けば解決じゃない?」
有珠が当たり前のように答える。
「え?そうなの?」
碧海がびっくりしたように聞き返す。
「うん。私たちはそこを使って逃げてきたんだし」
「じゃあ、わかってるんならこの会話いらなかったじゃん」
「まぁ......そうだね。エンタメみたいなもんじゃん?」
「なにがよ......」
碧海が呆れる。
「解決したからいいじゃん。ところで、深禽さんの場所は結局分かったの?」
「うん、ちゃんと送られてきたよ。結構ちゃんとしてた」
碧海がトーク履歴を見せる。
「ほんとだ。じゃあ、それを参考にすればいいかな」
「これが本当に信用できる情報ならばだけどね」
「まだ信用してないの?」
「だって.....そんな取引もなしにポンって情報渡されたら怪しむでしょ。普通」
「恩人みたいなものだから少しは信用してほしいんだけどね」
有珠が不満そうに言う。
「ごめん、やっぱりあんまり信用できてない」
「でも行くんでしょ?」
「少しでも希望があれば行くよ」
碧海が被せ気味に言う。
有珠は不満そうだった。確かに、相手にはデメリットしかないのは事実だったが、相手は有珠と縁が深い。
そこが引っかかっているのだろう。
「次の話題に進んでいい?」
「.......うん」
もちろん、碧海は有珠の気持ちを理解していた。しかし内容が内容だ。信用できないものはできない。そこは食い下がれなかった。
「最後は武器をどうするのか、だね」
「それなら現地調達でいいと思うけど、生身で西には行きたくないね」
「そうだし、西地区に行くには武器の所持が義務付けられてるでしょ?」
碧海がスマホで検問所の通過規則を読む。
「そんなの守る気?どうせ通るわけじゃないからいいでしょ」
「それはそうだけど.......」
少し抵抗があるみたいだった。やはり碧海は優等生だ。
「武器はどうしようもないね。仕方ない、素手で行こう」
有珠は少し素手でも戦えるようだったがそういう意味で温室育ちの碧海には経験がなかった。
そのことを有珠に伝えると少し驚いたような顔をされた。
すると有珠は立ち上がって、
「ちょっと家に忘れ物」
とだけ言って一度外に出た。
碧海も碧海で時間を忘れていた。
気分転換でも、と思ってどんよりした暗い雨雲を避けるために閉めたカーテンを開ける。
即座にまるで目を潰すかのように白い太陽の光が体を包んだ。
思いもよらない出来事に思わずしゃがみこんで目を強く瞑る。
時間がたつにつれ段々光にも慣れてきた。
改めて外を見ると、雨はいつの間にかあがっていて、地面にできたいくつもの水たまりが太陽の光をこれでもかと反射していた。
あの刺激は苦手だが、やはり冬の日の光は好きだ。
そんなことを考えながら外を眺めていると段々瞼が重くなってくる。
抗おうとしてもその気持ちよさに抗うことはできず、眠りの中に入っていった。
次に目が覚めるともう外は橙色になっていた。
慌てて時計を見ると長針の針は3を少し超えたくらいだった。
結構寝てしまっていたが、まだ.......許せる範囲だ。
冬の日没は早い。早すぎる。いつまでも夏の感覚でいるとこうやって焦ることが増えてしまう。
「あ、起きた?」
声のする方に振り向くと座っている有珠が本から碧海の方へと目を移してこちらを見た。
「いつの間に......」
碧海がまだ寝ぼけた声で聞くと、
「いつって、私が忘れ物を取りに行ってから5,6時間は経ってるからね?」
前言撤回。やはり相当寝てしまっていたようだ。
「あぁ、それで何を持ってきたの?」
段々寝る前の記憶が蘇ってくる。
「それはね......」
有珠の近くに置いてあった大きなリュックから何か物を取り出そうとする。
その時、家のインターホンが鳴った。
おかしい。ここのインターホンを鳴らす人は有珠か深禽しかいないはずだ。
もしかして深禽が帰ってきたのか。急に胸が高鳴る。
「あ、やべ。ちょっと......私出てくるね」
有珠に話しかけようとすると、有珠がそう言った。
理由を聞こうと思った時にはもう有珠は玄関に行っていた。
実を言うと、この辺りから既に有珠の違和感は感じ取っていた。
気になって碧海も後からついていった。
有珠がドアを開くとそこには警察官が居た。
内容を聞くと、近くで警官2人が何者かによって殴られて気を失って倒れていたそうだ。
有珠は何も知らないと驚いたようにしていたが、どうも白々しい。
警察官が去って行った後。
「有珠、殴った?」
「いや?知らない。やっぱりここもなんだかんだ治安良くないんだね」
有珠はそう答えたがどうも違和感がある。いつもの有珠じゃない。
わざわざ1から聞きただすのもめんどくさかったので、殴った
「なんで殴っちゃうの?流石に関わりのない人を殴るのは駄目でしょ」
「待って。なんで殴った体で話が進んでるの?殴ってないって」
焦ったように有珠が話す。少し早口だ。
そんな有珠を見ていると大体原因がわかってきていた。
碧海の考えはこうだ。
『有珠が言っていた"忘れ物"はなにかしら危ないもので、それが偶然近くにいた警察官にばれかけた。
それから無理矢理逃げるために殴った。』
その仮説を証明するためにまずはリュックの中身から知らねばならない。
「それで、結局そのリュックの中身はなんなの?」
「あ、えーと。念のためカーテン閉めない?」
「......分かった」
ここでもう外部に見られてはいけないものだ。ほぼ確定で黒だろう。
とりあえず碧海はおとなしくカーテンを閉めた。
有珠がリュックから取り出したものは銃だった。
碧海達が住んでいる地区では基本的に銃の製造、所持が禁止されている。
ほら、予想通り。
少し察しがよくなったせいか碧海は嬉しくなっていた。
碧海の家に銃が持ち込まれている時点で碧海が共犯になっていることは完全に頭から飛んでいた。
そのことを有珠から知らされて思わず有珠から銃を取り上げて窓の外に投げてしまって二人ともパニックになってしまったのはまた後の話だ。
「絶対殴ったじゃん。銃持ってることがバレかけたんでしょ?」
ここまで核心をついたことを言うと有珠も流石に認めた。
まぁ今回ばかりは仕方ない。銃の所持がバレるなんてことがあれば年齢性別問わず即刻刑務所行きだ。
それに有珠の助言無しでは深禽を助け出すことが一気に難化してしまう。
碧海としてもそれは避けたかった。
有珠に軽い説教をした後、碧海は簡単なレクチャーを受けた。
実際に撃つと音で一瞬でばれてしまうのでそれはできなかった。
要するに初めての練習は本番というなんとも理不尽なことになる。
それは仕方のないことだった。
そうやって主に有珠が問題を解決しながら着々と深禽の救出に向けて準備を進めていった。
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