第2章 端緒を掴む為に

「もう知ってるだろうけど、今私は実姉にあたる深禽姉ちゃんを探してる」

 そうやって碧海が有珠に説明を始める。

「私はお姉ちゃんの働いてる場所すら知らないから手探りしかないと思って、無謀なのは分かったうえで段々範囲を広げる形で探してる」

「そっか...でも時間がかかりすぎるね。最悪の形として拉致誘拐されたと考えるとその行動は意味がない。」

 有珠が、碧海が考えたくなくてわざと避けていたこと事を言い出す。

「...それは」

「あっごめん...なさい...」

 有珠が下を向いて弱々しく謝る。

「えっ違う!脅したいわけじゃ...なくて。こっちこそごめん」

 碧海が驚いた声で謝る。どうしても触れられたくなかった深禽の話題に警戒心が高まって口調がどうしても強くなってしまっているらしい。

 碧海自身に自覚はなかったのだ。

「大丈夫。さっき守ってって言ったこと以外をやらなきゃ怒んないから。ごめんね」

「大丈夫...ありがと...」

 こんな間柄でまともに話し合いができるのかと思うだろう。

 できるわけがない。 そんなことを言っても有珠以外に助けを求めれる人がいない。

 今頃有珠に降りてくれと言うことなんてできない。

 躓きつつもやるしかないのだ。

「とりあえず深禽さんについて知ってること名前から全部教えてくれない?」

「...わかった。」

 少しの沈黙の後に碧海が口を開く。

「...名前は梵 深禽。私の姉。身長は私より大体10cm高いくらい。誕生日は6月の3日」

「基本的に社交的で、人当たりはいい方。でも自分のことは基本的に明かさないかな」

「実際に私にすらお姉ちゃんのことほぼ知らないし」

「あと知ってることと言えば、押しに弱いってことかな。強く迫られると断れなくなっちゃうんだよね。優しいともいえるけど、どっちかって言うと難点だと思う。私がお姉ちゃんに知ってることはこんな感じかな」

「そっか。話してくれてありがと。私は深禽さんに会ったことないから顔も知らないけど、大体の人物像はできた。」

 有珠が少し自信有り、という風に言う。

「え、お姉ちゃんと会ったことなかったっけ。ちょっと前のだけど、これ見て。左が私で右がお姉ちゃん」

 碧海が携帯を開いて有珠に写真を見せる。

「思ったより背高いね。でも碧海より10cmくらい高いって言ったらそのくらいになっちゃうのか」

「有珠もほかの高校生と比べてもそんな低くは見えないよ?」

「私は私の背の話はしてないよ...心の中で碧海は私のこと背低いって思ってるんだ?」

「まぁ...有珠は私より背低いからね。」

「う...正論...だね...何も言えない...」

「まだ有珠も高校生じゃん、これから伸びるかもよ?」

 いつの間にか二人に今朝のような気まずさはなくなり、いつものように話すようになっていた。

「それフォローになってないからね?」

 有珠が不満そうに言う。

「話が脱線しちゃったから1回戻すね。多分できるだけ早めに作戦を決めて深禽さんを探し始めたいんだよね?」

「うん、そう。探すのに時間がかかるから早めに決めちゃいたい」

 碧海が食いついたように答える。

「さすがに私と碧海だけで探すってのは無謀だと思うんだよね。」

 碧海はそのこと重々分かっているつもりだった。分かったうえで早く行動しなければという気持ちが勝ってひたすら虱潰しに探し続ける、ということをしていたのだ。

「だから協力してくれる人をもっと増やしたいんだけど、まぁ....警察含め何も知らない赤の他人には教えたくないよね...」

「まぁそうだね...お姉ちゃん自身も他人に迷惑はかけたくない人だからできるだけ大事にはしたくない。それに警察はこの街の治安維持だけで手いっぱいだからまともに対応してくれなさそうだし...」

「...碧海、ここからは他の人に1回も話したことがない話で、絶対に他言無用にしてほしいんだけど、いい?」

「うん。わかった」

 1分ほど沈黙が続いた後、有珠が少し抑えた声で話し始めた。一度碧海に話す決心はしたが、まだ話すのをためらっているようだ。

「...私が転校生なのは知ってるよね?」

「うん、去年の秋の初めに来たよね」

「そう。」

「...それで、転校する前はどこにいたかっていうと、ここからずっと西のところなの」

「えっここから西の方ってちょっと前まで紛争の主戦場だったところだよね?」

 碧海が驚いたように聞き返す。

「そう、私はそこから逃げてきた身なの。」

「...」

 碧海が黙り込む。

 碧海達がいるここは少し前まで国家間規模の紛争をしていた。

 そのせいで国全体の治安が悪化している。

 この辺りの治安が悪いのはそのせいだ。

 その中でも有珠が住んでいたと言っている西側は長期間主な戦闘が行われた場所だ。

 結局はどちらも撤退して終わったのだが、両国とも軍需品をきれいに片づけて撤退したわけがなく、

 銃器、埋められた地雷、履帯破損や泥濘にはまった、などの原因から動けなくなったがまだ使える戦車などが放置されたままになっていた。

 これらの理由から紛争が終わった後も治安が悪化したままになっている。政府もその地帯の治安の回復を諦めたらしく、警察もほぼ機能していない。

 一時期は避難民の受け入れをしているところが多かったが、徐々に減っていき今は残っていない。

「...引いた?」

 有珠がなにか覚悟をしたような雰囲気で聞いた。

「そんなことないよ!全然。いてもおかしくはないから。それで、そのことがどうしたの?」

「うん...ほかにも一緒にこっちに逃げてきた人たちが居て、何人かどのあたりに住んでるか知ってる人がいるの」

「で、基本的にその人たちは表の仕事ができないから。なにか知ってるかも」

「表の仕事って何?」

 高校までの国語の成績はとてもよかったし、本もたくさん読んできた碧海でも知らなかったらしく、不思議そうに聞いた。

「碧海が思っているような仕事に就けないってことだよ。ここって受け入れしてないじゃん」

「そうじゃん。どうやって来たの?」

「まぁ...それは置いておいて...また今度話すから...」

「そういうわけで何か知ってるかもしれないから、明日聞いてみるね」

「...? わかった、でも1回その人たちに合わせてくれたりできない?会ったこともない人にあんまりお姉ちゃんのこと言いたくないかな...」

「まぁそれはそっか、話合わせとく。」

 有珠が携帯の画面に目を移す。今その"一緒に逃げてきた人"に連絡を取ろうとしているのだろう。

「うん、協力してくれるみたいだし、深禽さんのことを話す前に1回会ってくれるっぽい。待ち合わせ場所はあのいつもの公園になった」

「もちろん、深禽さんの名前は出してないからね?安心して」

 碧海の手から力が抜ける。やはり完全には有珠のことを信用しきれてないようだ。

 でも、有珠はちゃんと約束を守ってくれた。

 有珠も他の人に簡単には話さないようなことを私に話してくれた。

「じゃ、一通り話終わったし計画もなんだかんだ立ってきたね。そろそろ日が暮れるし私は帰ろうかな」

 有珠が立ち上がる。自分の荷物を片付け始めた。

「有珠...!」

 有珠が碧海を見る。

「嫌だったらいいんだけど...親御さんのこともあるだろうし...けど...今日...泊まっていかない?」

 碧海の目が段々下に下がっていき、最後はギリギリ聞き取れるような声だった。

 「...ちなみに理由を聞いていい?」

 有珠がまっすぐな気持ちで聞く。

「急にお姉ちゃんが居なくなって...この家にしばらく独りでさ...ちょっと...寂しい」

 有珠が安心したように小さく息を吐く。

「いいよ、1回家から物取ってくるね。それまで独りでいれる?」

「ほんと?そのくらいなら、待てる」

 碧海の目にほんの少しの涙が見えた。

「じゃ、1回行ってきます」

「いってらっしゃい。」

 有珠が一度家の外に出る。

 その後すぐに家のドアにもたれた。

 有珠が大きくため息をつく。

 さっきの碧海の涙を見た瞬間に一気に心が発熱するような感覚に襲われたのだ。

 有珠にとってこんな感覚は初めてだった。

 これから碧海と長く付き合っていくというのに、心をこんなに揺さぶられてしまってはまともに話しすらできやしない。

 一度落ち着くために瞼を閉じる。

「ふぅ...」

 そうやって心を撫で下ろす。

 やっと落ち着いた。せめて碧海の前では平常心を保たなければ。

 有珠はそう心を何度も落ち着かせながら寝具を取りに行った。

 有珠がいなくなった後、当たり前のことだが碧海は家に一人だけになった。

「...」

 待っていても何も起こらないし、なんの音も聞こえてこない。

 まるで空気のない部屋にいるみたいだ。

 凄まじい虚無感に襲われる。

 この空間に居続けていると、だんだん眠くなってくる感覚がある。

 そんな睡魔の住む真空の部屋の外から音がした。

「ただいま。碧海?生きてる?」

「有珠...?」

 有珠が碧海の名前を呼ぶ声で眠気から覚める。

「寝てたの?じゃ、今日はもう寝る?」

「いや...こんな時間に眠くなることなんてなかったんだけど...なんか今日は眠い...」

「まぁ日ごろからうまく寝れてなかったんじゃない?今日は寝よ。」

「うん...でもせめてシャワーだけは浴びてくる...」

 碧海が覚束ない足取りで浴室に行く。

 浴室のドアを開ける音が聞こえた。

 そのちょっと後にシャワーを流す音が聞こえてくる。

 有珠は気を紛らわせるために昨日碧海と図書館で借りてきた本に集中した。

 

 数分後。


 洗面所のところのドアが開いて碧海が元気になった様子で出てきた。

「有珠もシャワー浴びてきな?」

「ありがと。もう眠気は覚めたの?」

「うん。シャワー浴びてたら覚めちゃった」

「そっか。じゃ行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」

 有珠が浴室へと入っていく。

 碧海にとって聞き馴染みのある懐かしい音が聞こえてくる。

 久々に聞いた。そもそも深禽がシャワーを浴びるときに碧海が起きていることがまず休日しかなかったため、久しぶりだ。

 意外と有珠は早く上がってきた。

「はやいね。もっとゆっくりしててもよかったのに。それにしても有珠の、あんまり部屋着っぽくないね」

「そう?私はいつもこんな感じ。いつも通り。」

「そんなことより今日は早く寝よ。碧海も疲れてるでしょ?最近は特に深禽さんを毎日遅くまで探してたんだろうしあんまり寝れてないでしょ?」

 碧海が時計を見る。だいたい21時を回ったくらいだった。こんなに早くに寝るのはいつぶりだろうか。

「うん、そうする。泊まってって私から言っておいてなにもできなくてごめんね」

「全然大丈夫だよ」

 

 2人はいつも碧海と深禽が寝ている部屋へと移った。

「有珠はここで寝てね」

「えっ」

 碧海が指差したの先にはいつも深禽が寝ているベッドがあった。

 毎日碧海が手入れしているのかとても綺麗に敷かれている。

「これは...深禽さんの?私がここで寝ていいの?」

「うん、他に寝るところもないしね。私は寝慣れたベッドで寝たいし。」

 当たり前のことかのように碧海が淡々と話す。

 有珠にとっては驚きのことだった。まだまだ自分のことを信用されているとは思ってもいなかったからだ。

 今回泊まってくれ、と言ってきたのも碧海が単純に寂しかったのもあるだろうが、監視の意味もあると思っていた。

 情けないことに有珠が持ってきた荷物には多少の武器が入っているし、今も服の内に装備してあった。

 少し人のことを疑いすぎたらしい。

「じゃあ、今日はここで寝させてもらうね」

 精一杯の平常心を装った声で応えた。

 2人が布団にもぐった後も特に会話もなく碧海はすぐに眠りについていた。

「ごめんね、碧海。」

 本人には届かない声で有珠は謝った。

 そう言った後有珠は服の袖から隠しナイフを取り出して布団の下へと隠した。

 少しの金属音が鳴る。そこまで大きい音ではなかった。

 その後、有珠も眠りについていった。


 ――翌日。

 有珠が目を覚ました時には碧海はもう起きていた。

 本能のように昨晩寝る前に隠したナイフがあるかどうか布団の下へとこっそり手を入れる。

 有った。ひとまず安心だ。袖の中へとまたしまう。

 次に時計を見る。時間は7時過ぎだった。

 寝室から出て碧海がいるであろうリビングへと向かう。

 予想通り、碧海はリビングで朝食を作っていた。

「おはよ、有珠。朝食出来てるから食べてね。私は先食べちゃった」

「おはよ。わかった、作ってくれてありがと」

 今日は休日だ。学校がない。

 しかし、有珠が朝食を食べた後、2人は外出の準備をした。なぜなら、今日早速有珠が"一緒に逃げてきた人たち"と顔を合わせる。

 有珠が話を切り出してから実際に会うのが速いと感じるかもしれないが、碧海にとっては好都合だ。早く会えれば会えるほど深禽を探し始めれるようになるのが速くなる。

 2人は朝日を浴びながらいつもの公園へと向かった。

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