四品目 自由の使い方

「高萩君は彼女とかいたことあるの?」


  ない。いるわけがない。


「いやーまぁ・・・はぃ」


「え!あるの?!」


食いついてきた。


「ないです。」


この年になってくると、こう言うのが少し恥ずかしく感じる。


「よかった。あまり気をつかえないもんねー」


古河さんにそのまま、打ち返したくなった。いい人であることは認めている。そして信頼もできる。


だがこう、視野が狭いというのが適切だろうか。そういう点では、沙羅先輩のほうが大人であるといえるかもしれない。


大学の門を通り抜け理工学部棟に向かった。2階にあるコンピュータ室に入る。そして、古河さんは部屋の中でもだいぶ,いかついものを立ち上げた。


「これから座標を計算するんですか?」


「うん。でも、沙羅が来ないと私だけじゃ無理だから。」


 窓の外の空気は少し冷え、これから帰宅なのだろうか、人の数も少しだけ増えた気がした。人の流れを上から見ていると現実から離れられる。そして、他人の人生を覗くことができる。


だが今は、自分の人生に集中したい。今がこう、なんというか、たのしいのだ。


「すまない。またせたー。」


「あっ、沙羅、準備できてるから。」


「よしっ、早速はじめるかー」


 紙に条件を書き出していく。ディスプレイには風向きの予想、結婚式場周辺の地図、そして、なにやらアルファベットが羅列している。俺が何年かけても理解できないようなものだった。


「後輩君もぼーっとしてないで。上までもっていく方法を考えるんだ。」


バイトとして入ったわけだし、何かしなければならないという義務感はあった。だが、彼女たちのやっていることはあまりにも高度すぎて、ついていけない。店は放っておいて大丈夫なのだろうか。そんな疑問が浮かび上がったが、まずは目の前のことに集中しよう。少し離れた席に座り俺もパソコンを立ち上げた。彼女たちの目は本気だ。


 1時間ぐらい経っただろうか。個人的にはとても有効な時間だった。色々と調べることができたからだ。知らない世界を覗いてみることは刺激になる。


 空まで行く方法の一つに気球がある。偶然だろうか、うちの大学には熱気球部があり、さらには結婚式の日に活動を予定していた。


 あとは、ヨウ化銀を散布する時間と場所次第である。


 俺はここで報告をしておくことにした。先輩たちの集中はまだ途切れてない。その集中を切ってしまうことに、申し訳なく思ったが声をかけた。


 「沙羅先輩、調べてみましたよ。」


 「おー、どーだった?」


 「気球を使うなんてのはどうでしょうか?ちょうどその日うちの大学の熱気球部が活動を予定しているそうなんですよ。」


 「なるほど、そこでヨウ化銀を撒いてもらうってことか。それならコストもだいぶ抑えられるし、ナイスだ後輩くん!」


 「あとは、時間と場所が合えばいいんですけどね。」


 「こっちも、もう少しで終わりそうだ。あとちょっとだけ待っててくれ。」


 仕事を一つやり遂げだ。まだ小さなことだが、達成感があった。


 2人はさらに集中力を高めて、計算を進めた。改めてこの2人は本当に能力がある。ただ頭が良いのではなく、行動力を兼ね揃えた超人なのだ。


 2人の計算を待つために、また自分の席に座った。こんなに何かに熱中できたのは久々だ。


 よく、学生で宿題がだるい。やりたくない。などと言っている人がいる。実際、自分もそうだった。というか、ほとんどの人がそうなのではないのだろうか?


 しかし、やることが与えられるということはある意味幸せなのだ。


 これは最近になって感じたことなのだが、人間の本来の力が発揮されるのは自由を与えられた時である。俺には、いま、自由な時間がある。


 だが、自主的、能動的に行動していると自信をもって言えるだろうか。


 そんなことを考えていたら座標の特定が終わっていた。幸運なことにヨウ化銀を散布する座標は熱気球部の活動場所と近かったそうだ。依頼を受けた次の日にここまで進められたのは紛れもなく彼女たちのおかげである。



 「よし、今日はもうあがりだ。後輩くんは帰っていいぞー」


 背伸びをしながらそう言ってきた。


 「いや、でも•••」


 「あとは私たちがやっとくから!高萩君は帰っていいよ。」


 笑顔でそう言ってくる。そんなに俺が邪魔だったのだろうか。


 正直なところとても疲れていたので今にでも帰りたいとこだったが、古河さんにそんなことを言われると、抵抗したくなってきた。


 だが、自分の体を優先することにした。

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常盤喫茶・万屋 みやびき @miyabiki

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