三品目 わすれなぐさ

 わすれなぐさの花言葉をご存じだろうか。


 名の通り、私を忘れないでという「親愛」を表現する。見た目の儚さが純正であることをより際立てている。


 だが、これとは裏腹に「親愛」は悲しい話が由来となっている。





 「高萩君・・・」


 古河さんが歩みを寄せてきた。それに合わせて俺も一歩後ろに退いたが、後ろには直径40センチメートルぐらいの柱がありこれ以上、後ろに行くことはできない。


 古河さんは笑みを浮かべながら近づき、俺の顔横めがけて鋭い打撃を加えてきた。沈黙の中目を開けると、すぐ前には古河さん。


 どうやら拳は柱にあたり今にも壊れそうな悲鳴を上げていた。


 幻覚だろうか、彼女の右手からは白い煙が出ているように見えた。 


 「私、自衛隊にいたの。まぁ、すぐやめちゃったんだけどね。と、いうわけでそうゆうことだから。」


 美しい見た目からは想像できない一言だった。どうやら沙羅先輩の前で恥ずかしい思いをしたことに対しての怒りらしい。


 「き、気をつけます。」


 「わかればいいのよ。」


 そう言って、古河さんもパソコンを取りに行った。彼女のことを分かったつもりでいたが、実際はそう簡単ではなさそうだ。


 沙羅先輩はこのことを知っているのだろうか。そんな疑問を浮かべたまま、俺も買ったばかりのパソコンをなれない手で立ち上げた。


 「なんか、すごい音したけど、何かあったのか?」


 先輩が階段を下りながらそう言ってきた。


 「あっ、はい。なんとか。」


 古河さんとの接し方については色々と検討が必要だ。次同じようなことをするのはまさに自殺行為だ。


 「私は人工降雨の実例について調べるから二人は具体的な方法なんかを調べてくれー」


 「はい。わかりました」


 そう返事する。古河さんも席に座りパソコンを立ち上げた。


 ネット情報によるとヨウ化銀を用いた方法があるらしい。


 人工降雨。又は、クラウドシーティングと呼ばれ自然の雲にヨウ化銀やドライアイスなどまき散らし、水蒸気を下に落としやすくする技術だ。具体的な方法は航空機やミサイルを利用して物質をまき散らす、単純な方法だ。


 つまり、雨が降りやすいように化学の力を借りるということだ。


 「沙羅先輩、どうやらヨウ化銀?ってやつを使うそうですよ。」


 「ヨウ化銀。なるほど、あれは確か毒性があったはずだー。しかも結構金額もするはず。うーん・・・」


 さすが理系だ。先輩の言ったことはネットで調べた通りだった。


 「でも、そこまでの量を使わなっかたらいいんじゃないかな。ヨウ化銀だって実験室から盗めばいいんだし。」


 古河さんはさりげなく法律を破っていく。


 「あんまり時間もないし仕方ない。そうするかー。」


 納得してしまった。俺は規則などにどちらかというと厳しいタイプだ。


 しかし、ここは黙っておいた。一応俺のバイト代もかかっているのだ。


 「こっちも実例なんかを調べてみたんだが、2008年の北京オリンピックで人工降雨が使われたそうだ。正式な公開はないが、おそらく事実だろう。依頼のためにこの方法を使うとして、一番重要なのは空までの足だ。」


 沙羅先輩によると、雲の形成位置は上空2000メートルからだそうだ。


 高校の時の持久走を思い出す。確か4キロメートルだったか。2キロメートル。地上での距離にするとそこまで遠く感じないが、空までの距離となると急に遠く感じる。


 「私がヘリだそうか?」


 俺の感覚が捻じ曲げられてしまうような言葉だった。車出そうか、ではなくヘリコプターだった。どうやら自衛隊だったのは本当らしい。これに驚かない沙羅先輩もこのことを知っていたのだろう。


 「ヘリかー。でも飛行許可の申請が必要なんじゃないか?めんどくさいし10日で間に合わせるのも難しいと思うし・・・」


 「管制圏外なら必要ないから・・・でもヨウ化水素を散布する座標がわからないし・・・」


 急に話についていけなくなった。管制圏ってなんだ?そう思って調べた。


 管制圏とは、飛行の際に申請する必要があるエリアのこと。管制圏外は飛行開始場所から半径約9キロメートルでそのエリアでは申請なしでの飛行が可能というわけだ。


 少しずつ話を理解してきた。


 要は、結婚式の天気を晴れにするために、雨を早めに降らせきる。そのためにはヨウ化銀を空中で散布する。散布にヘリコプターを使いたいが、飛行距離に制限がある。だから、散布場所の座標を知りたいが、それがわからないという状況だ。


 あまり要約になっていない気がするが・・・そんなことは、置いておこう。


 難しいということだけが肌で感じられる。


 「方法は後にしてまずは散布場所を特定しないとなー」


 「そうだね。そうしないとプランを立てられないもんね。」


 そう言いながら先輩たちは、パソコンを片付けはじめた。


 「どこか行くんですか?」


「大学にね。このパソコンだと限界があるから。」


古河さんの怒りはすっかりと消えていた。そして何か楽しそうなことが始まろうとしていた。


「2人は先に行っててくれ。私は少し用事があるから。」


「わかりました。じゃあ、先行ってます!」


 隣には残念そうな顔をする古河さんがいたが、あまり気にしないでおこう。

そうして、店の外に出た。





「………………………………私は踊らされているのか………………………

                        いや、考えすぎかもしれない

犬養だったか。いい性格をしてるじゃないか。」



そう言って沙羅はカウンターに置いてあった「わすれなぐさ」を手に取った。


日がだいぶ傾いてきた。


「まぁいい。私も暇だったしな。」






時は中世。ドナウ川の岸辺に美しく咲く花があった。若い騎士とその恋人。2人は


その美しい花に目を奪われ、恋人は騎士に花を取ってほしいと頼んだ。花は、岸辺の


だいぶ先に咲いており、騎士はそれを取るのに苦戦した。花に手が届いた瞬間。風


のいたずらだろうか。騎士はバランスを崩し川に流され帰らぬ人となった。騎士は


最後の力を振り絞りその華奢な花を岸に向かって投げた。




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