二品目 ベトナム戦争にならって
家に帰ってからやることができた。それは常盤喫茶・万屋について調べることだ。
「結構前に有名 ・・・」
入店してきた人が言っていたそんな言葉が引っかかる。
自分の家に近づいてきた。道に散らばる石の数はさっきよりも少なく、なんとなく晴れ晴れとした気分だ。
「あれっ、鍵がない。財布に入れたはずなんだけど・・・」
カバンの中かもしれない。カバンを下に置き腰を曲げ探す。すると、股関節当たりのところに固いものがあった。
この現象は大学生あるあるの上位に入っていると俺は確信している。
これからも何度か同じように焦る時があるだろうか。
灯台下暗しという言葉があるように答えは意外と近くに眠っていることが多い。まずは、理想を追求することも大切なのだろうが、目の前の物事をしっかりとかたづける。そっちのほうが何倍も大切な気がする。
鍵を開け、荷物を置くと早速、なれないパソコンをさわり「常盤喫茶・万屋」について調べた。不思議なことに、何件か情報が消されていた。
ほかに気になることもいくつかあった。十年程前ほどに様々な依頼を解決したことで、一部称賛の声が上がっていたことや、二年前に情報が集中的に削除されていることなどである。
何か、踏み込んではいけない土地に足を踏み入れてしまった。そんな感覚だ。好奇心と不安が混ざるこの感覚。今日の朝感じたものとは似ているようで全く別物だ。
「明日また行ってみるか。」
「おー、朱里」
沙羅は店に入ってきた友人の古河朱里を出迎えた。
「えーと、沙羅、こちらは?」
「よろこべ朱里、久しぶりの依頼だ!」
「あ、ごめんなさい、犬養と申します。この度は依頼を引き受けていただきたくて参りました。」
「どうも、バイトの古河です。とりあえずお話を・・・」
そう言いながら、朱里は荷物を急いで片付け席に座った。店内の四人席で依頼についての話し合いが始まった。
カウンター側に沙羅たちが、その反対側に犬養が座っている。
「それで、依頼というのはどういった件で・・・」
「はい・・・それが、天気を変えることは可能でしょうか?」
一瞬沙羅たちはフリーズした。
「あ、えーと、天気か?」
「来週に娘の結婚式があるのだけど、天気があまりよくないみたいでね、それで何とか頼めないかと思って・・・」
結婚式は式の三から四か月ほど前から予約するのが一般的だ。そのため天気は運次第である。雨による延期は基本的になく、天候に合わせたマニュアルが存在する。
「でも、どうしてうちに依頼をしようと思ったのですか?」
朱里が質問した。
「十年ぐらい前の新聞にね、天気を変えた万屋ってのが載ってたんですよ。それがこの辺の店だったからもしかしてと思ってね・・・」
「知ってる?」
「いーや。」
「お代はこのくらいでどうかしら。」
犬養はケースから札束を机の上に出した。
「・・・いいぞー、引き受けるよ。」
沙羅はすんなり言ってしまった。
「本当ですか!助かります。きっと娘も喜ぶはずです。」
「ちょっと沙羅、天気なんて変えられるわけないでしょっ」
朱里は沙羅の耳元でささやく。
「だいじょーぶだよ、後輩君だっているんだし。あ、でもまだわからないけど。」
「後輩君? 誰それ、もしかしてさっき店から出て行った子?」
「そそ」
犬養は満面の笑みである。
「じゃ、よろしくね。式は十日後にあるから。」
そう言って、犬養は式のスケジュールや詳細を机の上に置いた。
「あっ、そうだ、ちょっと待って、この花も渡しとくわ。
期待してるわよ。」
そう言って青色の小さな花を置いた。そして店を後にした。
「ちょっと、どうすんのよ、さすがに私たちでも天気を変えるのは・・・うーん・・・
ていうか、依頼の引き受け再開しちゃってもいいの?私しらないからねっ。」
背もたれに首をかけ、天井を見つめる朱里の鼻を沙羅はつまんだ。
「そーゆーこと言ってるけどいつも手伝ってくれるじゃん。 休憩は終わり。ディナータイムの準備だー」
そう言って沙羅はキッチンへ向かった。
「もぉー!」
鼻を赤くした朱里も沙羅を追った。
「あの花、わすれなぐさの花言葉は確か、
真実の愛••••••••••由来は・・・なるほど、、、後輩くんたちには迷惑をかけないようにしないとな。」
「沙羅、なんか言った?」
「いーや、なんでも。それより早く食材を切ろう。間に合わなくなるぞー。」
今日は一限だけだった。俺は、早速昨日の喫茶店によることにした。まだ大学も始まったばかりなので授業は簡単だ。そして、後期で入った分、まだだいぶ余裕がある。昨日あんなに転がっていた石は見当たらない。誰かが掃除したのだろうか。そんなことを考えながら喫茶店のドアを開けた。
「こんにちはー」
小さな声だったが、挨拶ぐらいしたほうがいいと思った。
「いらっしゃいませ」
沙羅先輩よりも声の高い返答が返ってきた。
透き通るような声だった。そこにいたのは身長が百七十センチメートルぐらいで髪型はワンカールの内巻き、後ろは団子一つにまとめられ、大人っぽさをうまく表現する控えめなリボンがサイドについている。
いわゆる「美人」が机を拭いていた。服装もジーパンとシンプルなもので、身長をうまく生かしたコーデだった。
「あっ、沙羅先輩の友人の、俺、高萩浩っていいます。今年から鹿島大の心理学部に入りました。」
相手が美人だと一言しゃべるのにも緊張してしまう。
「あーぁ、昨日来てた子ね。私は古河朱里。工学部機械工学科の三年生。よろしくね。」
作業中だったがこちらを見て丁寧に対応してくれた。やはり
「おっ、来たか後輩君」
奥のほうから古河さんよりも低い声がした。今日も白衣を着ていた。
「古河さんは白衣着ないんですか?」
「私は研究室まだだからね。というよりきている方がおかしいと思うけど。」
そう言って沙羅の方は視線を飛ばす。
白衣はこの店の制服である説が頭の中にあったがそうではなさそうだ。
沙羅先輩が近づいてきた。
「後輩君はなんで朱里のことさんづけで呼ぶんだ?」
「いや、なんでって言われても・・・沙羅先輩よりも大人っぽいから?」
変なことを言っただろうか。沙羅先輩は目を細めこちらを睨んでくる。
「なれってのは怖いもんだ。昨日まで友達がいなくて困ってたくせに。」
笑みを浮かべながら挑発してくる。それを言われたらこちらは手も足も出ないのだ。
「でー、バイトはどーする?」
今日俺がここに来た目的を忘れるところだった。
「俺でよければ働かせてほしいです。」
「よし、決まりだな。あまり調子に乗ると解雇だから気を付けるよーに。」
俺がここのバイトを決めた理由は大きく分けて二つある。
一つ目は、距離的問題だ。これは本当にありがたいことである。
ほかでバイトを探そうとすると駅のほうまで行く必要がある。かなり距離があり、移動で時間を消費することは非常にもったいない。大学生活は時間をどう利用するかで充実度が変わってくる。
二つ目は、ここに何か秘密がありそうな気がして面白そうだったからだ。この理由が決め手になったといっても過言ではないだろう。
昨日ネットで探した情報もそうだが、店員・建物含め怪しい雰囲気をまとっている。今あったばかりの古河さんもなにかこう、ほかの人とは異なるオーラを放っている。それを、隠そうとしているが隠しきれてないように俺の目には映った。
小さいころから人の感情を読み取るのが得意だった。少し会話をすればその人の内面を俯瞰できる。これが原因だろうか。本当に気が合う人でないと一緒にいるのは苦痛だった。
でも、この二人となら気が合うと直感で思った。
そして、日常から少し離れた体験ができるのではないかと、そんな期待を膨らませていた。
「で、仕事は何やればいいんですか?」
「君はどうせ料理とかできないだろー?皿洗いでもやっててくれ。」
「俺がキッチン立ってたほうが味出ると思うんですけど・・・」
少し馬鹿にされたので、こちらも抵抗してみた。実際料理はそこまで得意ではない。
昨日のオムライスを思い出すと余計そう思えてくる。
この返答が気に障ったのか、沙羅先輩はこちらに腕を伸ばし鼻をつまんできた。
「痛って!」
「どうやら、私が子供っぽいことを強調したいそうだな。とりあえず、後輩君はバツとして外掃除だ。今は花粉がひどくてあまり外に出たくないからなー。」
そう言ってキッチンの方へかっていた。
すると次は横から視線を感じた。少し不機嫌そうな顔をした古河さんが近づいて、耳打ちをしてきた。
「沙羅・・・とらないでよね」
いつも二人だったところに俺が入って少し邪魔だったみたいだ。あまりに突然だったのでしっかりとした返事が返せなかったが、本人は言いたいことを言いきったような顔で自分の仕事に戻っていった。
三十分ぐらいたっただろうか。個人的に掃除は好きなのでこの仕事は別に苦痛でも何でもない。ただ先輩の言ったと通り、花粉がひどかった。鼻をすすりながら、このぐらいでいいかと思い店内に戻った。
二人はゆっくりとお茶をしながら何か話していた。
扉を開いて中に入るともう聞きなれたベルの音がした。
「先輩たち・・・今って営業中ですよね?」
「一応なー」
「あんまりお客さん来ないんですね。」
「そう。だから、後輩君のバイト代はちょっときついかもしれない。でも安心してくれ。昨日久しぶりの依頼が来たんだ。
「万屋のほうのやつですか?、確かサブって言ってましたよね。」
「あぁ、でも今回はだいぶ金になりそうな話でな、結構おいしい依頼だったんだよ。」
沙羅先輩はすでにお金が入ったかのような顔をしていたが、その隣にはため息をつく古河さんがいた。
「高萩くん、実はね・・・」
古河さんから昨日の話を聞いた。
「なるほど。天気を変える、ですか。なかなかの依頼ですね。」
「私はほとんど不可能に近いと思っているの。だから依頼を聞いたと、断ろうとしたら沙羅が・・・」
「でも不自然じゃないですか? それだけの金額を払うなら、式を別の日にしたほうが安く済むんじゃないですかねー?」
「私もそう思ったの。怪しいってのもあるし、やっぱりやめたほうがいいんじゃない?」
「沙羅先輩はどう思ってるんですか?」
「私かー、お金がもらえるんだし、いいじゃないか。でも、もしかしたらこれは私にとっての・・・ いやなんでもない。一度引き受けた依頼なんだし、依頼者のためにも最後まで頑張ろうじゃないか!」
沙羅先輩は立ち上がり、強気でそう言った。
俺は少し違和感をおぼえたが特に指摘はしなかった。
「高萩君、何か案とかないの?」
急に質問されても、だが古河さんの期待には応えたくなってしまう。とりあえず、頭の中にあった天気にかかわることを適当に出してみた。
「うーん。天気を変える、雨を晴れに変えるんですよね? 中学生の時に人工的に雨を降らす、みたいな本を読んだことがあるんですけど・・・。」
すると、沙羅先輩は自分の爪に固めた視線をこちらに移してきた。
「よく知ってるじゃないか。そーゆーの人工降雨っていうんだ。まぁ、そのまんまなんだけどな。」
「本当にあるの、沙羅?」
「あぁ、正式な公表はされてないが、二十世紀半ばにアメリカで開発され、ベトナム戦争で使われたという記録が残っているらしい。人工的に長期間雨を降らすことでアメリカは戦争を有利に進めることができたんだ。」
「そんなことがあったんですね! そういうコラム的な内容を授業に取り入れてほしいもんですよ!」
これは本心だ。今の学校の授業は本当に面白くない。科目の垣根を超えたこういう話が生徒を引き付ける。
もし自分が学校の先生になったら生徒にこの話をしてあげようと思った。
「でも、それじゃあ雨は降らせても晴れにすることはできないんじゃない?」
確かに古河さんの言う通りだ。
「朱里は頭が固いなー。雨が降れば、雲が形成される付近での水蒸気の絶対量は減るだろ? 後輩君は気づいていたようだな。」
なるほど逆転の発想か。俺は気づいていなかったが、あたかも気づいていたような顔をした。
そして、古河さんのほうを向いて得意げな顔をしてやった。
「じゃあ、さっそく調べるか。」
そう言って、沙羅先輩は二階にパソコンをとりに行った。
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